1976年、世界でもっとも知られるパンク・バンド、セックス・ピストルズが唯一のアルバム
「勝手にしやがれ金玉野郎 セックス・ピストルズ見参」
を発表します。
しかし日本国内ではピストルズよりも音楽的に幅があり、より暴力的な雰囲気を醸し出してた「ストラングラーズ」を支持する層の方が多かったとも聞いています。
アルバム「ノーモア・ヒーローズ」「ブラック・アンド・ホワイト」は、ストラングラースにとっても有意義がセールスでしたが、ロンドン・パンクという範疇でも大きな足跡を残しています。
僕もノーモア・ヒーローズは視聴したことがありますが
「もはや英雄など存在しない」
と訴えかけることに、当時の首都ロンドンで暮らすことの困難さ、パンクというのは格好良さではなく、単なる低所得者の希望という意味合いが、改めて伝わってきますし、今の日本も困窮者が増加しています。
森保一日本代表監督は、特定の選手、つまり英雄を作るのではなく、誰かがかけても戦力が落ちないことを軸に戦ってきた時点で、一定の完成度があると思います。
また、英雄というのは時代によって変化があり、アルゼンチンでは
1970年代のマリオ・ケンペス
1980年のディエゴ・マラドーナ
2010年代のレオ・メッシ
というように、世代間でその選手が一番かというある種の不毛議論が起きていると予想します。
ナポレオン・ボナパルトを英雄視していたバッハは、彼の所作に失望したという事例もありますし、英雄は今の時代の不必要かもしれませんね。