塚田盛彦のつれづれなるままにサッカー

世界中で親しまれているサッカー。このサッカーをフィルターとして、人間社会の構造に迫っていきたいと思います。

カンガルーレザーは今後どうなるでしょうか

2022-12-28 20:00:23 | 日記

 年々秋刀魚の漁獲量が減少しています。

 

 よく良質なタンパク質を確保できる魚として鯖が知られていますが、缶詰にしても秋刀魚は見かけませんが、鯖と鰯は店頭で簡単に購入できます。

 

 また日本では古来から「鯨」が食されており、今でも流通量が多くないものの「大和煮」として販売されています。

 

 それだけ日本だけでなく世界各地で魚の争奪戦、乱獲が絶えないということでしょうか。

 

 ではサッカースパイクに必要不可欠なカンガルーレザーも、今後は収穫が困難になるのかと考えてみました。

 

 現在カンガルーが絶滅種に認定されているわけではないようですし、象牙のようにあくどい商売のためにアフリカ象の命が奪われていくことが、人々の心に突き刺さりました。

 

 ワシントン条約という保護条約もありますし、例えば背広を誂える際、水牛ボタンが最高峰と言われる一方、水牛を殺さなければ水牛の「角」は採取できません。

 

 ですから僕はスーツを注文しても、水牛は外すようにしています。

 

 カンガルレザーのスパイクはサッカーでも野球でも、減少傾向にあることは間違いなく、致し方ない側面が強いと感じますね。

 

 ただ、カンガルーの生態に異常がなく、生産を続けられるのであれば、自然社会という彼らの世界を尊重した上で選手に提供してほしいものです。

 

 ニットアッパーが主流という現実が今後も続くことは間違いないでしょうが。

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人気漫画による競技普及は、日本独特の発想でしょうか

2022-12-28 19:19:48 | 日記

 1990年代前半、週刊少年マガジンでは「ハーレム・ビート」という、バスケットの3オン3を描く漫画が掲載されていました。

 

 当時はドリームチームの誕生だけでなく、マイケル・ジョーダンのすごさとナイキが手がけるエアー・ジョーダンの人気が、ある意味頂点に立つ時でした。

 

 米国では3オン3は見慣れた風景ですが日本ではまだ物珍しい代物でしたが、各ブランドは売り上げ拡大を含め一気に市場を形成しようと野心を見せます。

 

 その代表例がバッシュで

 

 ナイキはエア・レイド

 コンバースはターマックス

 リーボックはブラックトップ

 アシックスはジェレイション

 

 というように、アスファルトでも対応できる頑丈で安全面を考慮したバッシュを続々と発表し、「トマホーク・チョップ」に代表される人気バッシュのお店は大変な混雑でした。

 

 当時はJリーグが産声を挙げたころですが、当時のバスケットファンは日本でもバスケットがプロ化され、3オン3が五輪公式競技になるとは想像できなかったと思います。

 

 日本が独特なのか定かではありませんが、アマチュア競技が普及する事例として、上記のように漫画とテレビドラマの影響は相当強いのではないでしょうか。

 

 現在は野球、サッカー、バスケットボールに卓球と多くの競技がプロ化されていますし、バレーボールやスキー・ジャン王、テニスやゴルフも世界を転戦しています。

 

 しかし1960年代や70年代は大相撲か野球しか基本テレビ中継がなく、他の競技の愛好者たちは専門誌を読む一方で、子供たちは漫画に感化されていたと思うんですね。

 

 キャプテン翼はワールドカップや欧州選手権が日常である欧州でも素晴らしいと評価されていますが、今後は「外遊び」という習慣が途絶えていることが、多くの課題となるようです。

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日本式経営に感化される外国籍選手、いる様子です

2022-12-28 18:33:12 | 日記

 昨日は非番で外出しましたが、車を運転しながら様々な事を考えました。

 

 日本代表選手がプレミア・リーグ、もしくはハンガリー・リーグに新天地を求めるならば、車は日本同様右ハンドルであり、右側通行で変化はないですよね。

 

 しかし米国と欧州は左ハンドル、左通行が当然であり、ガソリン補給も店員が行うのではなく、自分で給油、支払いをしなくてはいけません。

 

 ブンデスリーガは世界屈指の観客動員を誇りますが、同時に「アウトバーン」と呼ばれる高速道路は、時速200キロ近い形で走行可能と聞きましたが、僕はそんな「おっかない」事はできません。

 

 車の運転だけでこれだけ違うわけですから、練習に参加、遠征をして試合をする、そして自宅に戻る、この中で新しい風習を学ぶ、ということは並大抵の苦労ではないと思います。

 

 ちなみに1993年、横浜フリューゲルスに在籍したブラジル代表のエドウ。

 

 彼はフリーキックの名手としても有名でしたが、1年という日本滞在期間中、日本式ガソリンスタンド経営に感銘を受け、ブラジルに帰国してから実際ガソリン・スタンドを経営したほどです。

 

 現在はどうかわかりませんが、彼が日本式の店員がきびきびした行動で、給油と窓ふき、そしてタイヤの空気圧確認、車内清掃に至るまでの仕事ぶり。

 

 これはエドウを多いに刺激したようです。(過去のナンバーにこの記事があったと記憶しています)

 

 この日本式給油、案外諸外国では求められているかもしれませんし、今後帰国した外国籍選手が宣伝する可能性があると感じます。

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昨日のブログにご意見が寄せられました

2022-12-28 18:20:43 | 日記

 先ほど、昨日お話した「かつて円が強かった時代」にご意見が寄せられました。

 

 ご意見を頂いだ「YATE」さん、どうもありがとうございます。

 

 僕としてはJリーグ創世記の1993年から95年ごろまでは、バブル経済の余韻もあり、外国籍選手と日本人選手に支払われる金額が、現在よりもはるかに高額であり、特にヴェルディ川崎が三浦知良に提示した

 

 「2億5千万円」

 

 は、1993年の欧州最優秀選手のロベルト・バッジョよりも高額提示だったのです。

 

 ですから「円が強い」ことで、南米と欧州問わず外国籍選手が来日を決意する要因になったと判断したんですね。

 

 当時はまだ統一通貨ユーロではなく、フランスはフラン、イタリアはリラ、スぺインはペセタ、ロシアはルーブルと各国で通過を所持しており、当然優位に立つのはドイツマルクでしたね。

 少なくともプロが出来たばかりの極東が、有名無名の外国籍選手に提示する金額は、やはり高めだったのではないでしょうか。

 

 ガンバ大阪 メトコフ ブルガリア代表

 浦和レッドダイヤモンズ ルル チェコ代表

 サンフレッチェ広島 イワン・ハシェック チェコ代表

 

 に代表される「通好み」の選手は、極東という未開の地に関心はあったと思いますが、報酬と諸条件も満足のいく提示だったに違いありません。

 

 という考えから、あの内容になった次第です。

 

 また呼んで頂けたら幸いです。

 

 本編に入ります。

 

 森保一日本代表監督の続投が正式決定し、現在会見が行われている模様ですが、2026年までの任期を真っ当すれば、8年間という日本代表監督としては未知の領域ですね。

 

 目標である8強に届かなったことを踏まえ、僕は続投はしないと想像していましたが、指揮官にはむしろ「やり残した」と思えたワールドカップだったのでしょう。

 

 ただ8強に届かなかったことの反省は、もっと踏まえた上での続投ならばもっとよかったと思います。

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