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塚田盛彦のつれづれなるままにサッカー

世界中で親しまれているサッカー。このサッカーをフィルターとして、人間社会の構造に迫っていきたいと思います。

恩師と愛弟子の存在を探る

2016-07-30 01:10:13 | 日記
 皆さんには恩師と呼べる方はいますか?

 僕は思い出に残る先生はいますが、恩師と慕う方はいませんし、年賀状を含む定期的な連絡を取りたいと思う気持ちもないのですが。

 一方で池波正太郎先生のように、師事したわけでもなく、一方的に作品を読んでこの方の読者でよかった、と思うわけですから不思議なものです。

 3週間前に、上田市の

 「池波正太郎記念館」

 を訪問し、愛用の衣類や絵の具を見た瞬間、ああ、これが先生の愛用品だったのだ、今生きておられたら、先生は何とおっしゃるだろうか、苦言が多いだろうなあ、と想像したものです。

 サッカーの世界でも

 恩師と愛弟子
 選手とスカウト

 のように、この人との出会いがカギを握ることがあります。

 最終的にユナイテッドに落ち着き、何ら驚きはありませんでしたが、イブラが移籍を決断したのは、輝かしい歴史に彩られたクラブだから、というよりもむしろ

 「モウリーニョが指揮官だから」

 だったことも大きく影響しています。

 少なくとも

 1・モイーズとファンハールならば、彼はユナイテッドを選択しなかったであろう
 2・インテルの1年が、彼には非常に濃密だった

 ということは間違いなくあるでしょう。

 一方で折り合いが悪い事で知られるグアルディオラとはダービーでぶつかります。

 シャビ、イニエスタなど、今でもバルセロナ出身の選手から敬意を集める彼も、万能ではないことがイブラの発言からも理解できますが、だからこそ僕たちは彼らの人間関係を注目するわけです、
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本職で勝負して批判されるならば

2016-07-30 00:54:43 | 日記
 本職のポジションで批判されることと、頭数を合わせるために指名されたポジションで批判されることは、まったく異なりますよね。

 僕はこれまで、幾度となく他の部署の欠員補助に駆り出されてきましたが、その手伝った部署の方が僕の仕事を応援してくれた、心からありがとう、と語ってくれたことは一度もない。

 そう感じています。

 僕がほしいのは、言葉でも手伝いでもなく、敬意の問題であり、コンバートや穴埋めはサッカーでも、選手の評判に直結しますからね。

 オシムの後を継ぐ形で発足した第2次岡田体制で、今でも納得できないのは、何時の試合だったか、本職が右のフルバックである加地亮を、左のフルバックで起用したことです。

 特にカード累積や体調不良の選手が存在した、という形では無かったはずです。

 つまりファンからすれば

 「彼が左で起用される意味がわからない」
 「これは戦術の幅を広げるためのものなのか」

 と、訝しがるものだったのです。

 皮肉にも、彼は以後、完全に日本代表から遠ざかりますが、もしこれが監督の最後通告だったとすれば、やはりフェアではないでしょう。

 自分の本職の場に、素晴らしい若手が出現した
 自分が代表とクラブを掛け持ちできない

 という、明確な理由で代表選考から外れるのであれば、それは感情的になりませんよね。

 しかし、明らかに不明瞭な形で批判、叱責されては、選手はたまったものではありません。

 五輪のように少数精鋭で戦う場合、複数のポジションで活躍できる選手は魅力ですが、言い換えれば器用貧乏に結び付く可能性もあるわけですから。
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