まずは冒頭のはじめにの部分。
楽器を演奏する人は、ほとんど子供の頃から習っている。しかし、私はそうではない。一度も楽器をやったことがないのに、大人になってから始める人はほとんどいないし、中年になってからの人はもっと少なく、弓を使って弾く弦楽器(一番難しいと思われている)を始める人は皆無といっていいだろう。私はそれをやってしまった。
このジョン・ボルト氏は学校教育の関係の人で、1923年に生まれて1985年に亡くなった方で、この本は1978年に上梓されたようです。フルートをやったあとに40才でチェロを始めたそうです。
と言うことは時代は違うけれど、60を超えてからの私は、ほんとにめずらしい特異な存在で、となるとチェロ無難も一寸は価値があるのかもしれません。
私のチェロ修行という副題で、いくつかあるプロのチェリストの修行をつづったものではないアマチュア演奏家としての著書なので、とても親しみやすいのが良い。
とは言っても63年にはじめて出版されたのが78年だから、15年ぐらいの修行後の記述です。そこはまだ1年ちょっとの私とは深さが違う。
しかしこのような記述をみるとチェロ無難も初めて良かったと思う。
自分の学校の子供たちや、幼い姪の学習を記録したように、チェロのレッスンや日々の練習を毎日メモしておけば良かったと思う。四十歳の大人がどのように楽器を学んだかなどということに、他人が興味を持つとは、最近までまったく思わなかった。ハルとの練習の全体的な印象は覚えているが、細かいところは少ししか覚えていない。全体的な暖かさと楽しさが感じられた。レッスンを受けている多くの人は、毎週のレッスンが近づいてくると心配したり怖がったりすると聞いたことがある。決してそんなふうではなかった。
幾つかのエピソードもチェロを弾いている人には興味深い。シュタルケルとパーティで会話した後、ホルトがチェロを始めていること、まだまだうまくないということをきいたシュタルケルの反応、
彼はこれを聞いて、考え深げに私をじっと見つめた。それから、これまでに人から言われた言葉の中で、最も洞察力があり、真に役立ち、そして元気づけることを話はじめた。そうゆうときに誰もが言うような、「きっとうまくいきますよ」等の儀礼的なことでなかった。・・・
「私たちの年齢になると、この楽器の演奏を学ぶことはとても困難です。今まで使ったことのない筋肉を発達させ、それらを協調して動かすことを覚えなくてはならないからです。」ここで少し言葉をきって、私が理解するのを待った。それから「一方では、年齢が高いと有利な点があります」。「それは何でしょうか?」と私は尋ねた。「問題点をよく考えて、解決法を見つけられるからです」
チェリストの逸話もう一つ。
友人が、プエリト・リコのカザルスの家を訪問したときののとだ。カザルスは、いつものように朝早く海岸を散歩し、友人も一緒に行った。それから家の帰って、朝食前に少しバッハを弾く。カザルスはチェロを取り出し、調弦してから、ハ長調の音階を弾き始めた。開放弦のC。人差し指で押さえてD、薬指でえ。ここで行き詰ったように見えた。Eを弾き、もう一度弾いた。それからCに戻ってからまたEを弾き、それから開放弦のGを弾いてから、Eに戻る。これが繰り返された。
友人の視線に気が付いた賢明な老人は、友人の考えを読み取ってこう答えた。「いつものことなんだ。五十年間毎日、Eをみつけださなくてはいけない」
そうだ。私たちは毎日Eを見つけなくてはいけない。