唐突ですが、1980年代の後期から1990年代の前期にかけてのカワサキって、今から思い返しても何につけ「流行の先取りに成功した時代」だったと振り返る事ができます。(笑)
なんせ、1989年に登場させた「ゼファー」シリーズは瞬く間に、時代の先駆者となり「ネオクラッシック」ネイキッドと言う新しいジャンルを構築しますし、
これを切っ掛けとして、他社からも続々と「同類のオートバイ」が登場し、全てにおいて人気モデルとなっていきましたからね。
さらに、1992年にはこの「4スト250ccクラス」にも一石を投じ、新たな「ネオクラッシック」モデルとしてこの「エストレイヤ」を世に送り出します。
これがまた、かつて無かったスタイルモデルとして大成功し、販売開始早々から売れに売れまくります。(笑)まさに世間はこう言った「レトロで優秀な車両」を求めていたんですね。
さらに、かつての「メグロ-W1」を彷彿させるスタイル(デザイン)は、1950年代~1960年代にあった「英国車」とも似通ったフォルムと雰囲気からその人気はその後も継続的に続き、
結果として、後々に登場する「W」シリーズと共に、2017年のファイナルまで何と26年間も売られ続けることとなります。
で、まず初期の「エストレイヤ」がこの時代にこれだけ受け入れられた経緯に、この頃のオートバイの流れとして「カスタムの時代」であった事が1つに言える気がします。
そう、この頃って「ネオクラッシック系」にしても「国産アメリカン(クルーザー)」に関してもそうで「走りの時代」から「カスタムの時代」へと大きな「変化期」でもあったと言える訳です。
ちなみにですが、現在の流行りを圧倒的に支えてる「ツーリング」って行為は、この時代において、ほとんどオートバイと関係のない状況だった事も付け加えておきます.….。(笑)
で、話を戻しますが、実際、ボクの記憶を遡(さかのぼ)っても、このカワサキ「エストレイヤ」ってカスタムのベース車として「良い感じ」に受け入れられた感があり、
どちらかと言うとノーマルで乗られるより、当時はカスタムされて乗られてる感じで流行った記憶で、まさにこの時代にはまったと言える気がするんですよね。
また、この頃からそれまで人気があり数多く販売されてた「走り屋」系の雑誌や、永遠のテーマである「暴走族」系の雑誌などが、どんどん「閉刊」に追い込まれていく状況が始まり、
一時期に残ったものは少数のスタンダード誌(雑誌オートバイなど…)と、この手の「カスタム」系の雑誌だけになってしまいます。
その後、1990年代後期に向けて急速にオートバイ人気は無くなってしまい、あの冷た~い「氷河期」を迎えるのですが、オートバイ雑誌に関しても同等の事が言えてたんですよね。
まぁ、とにかくバカみたいに、毎月「大した変化もない」記事内容であっても、色々なオートバイ雑誌を買いあさってたボクが言うのですから間違いないです。(笑)
で、ここで「エストレイヤ」のスペックを見てみますと、エンジンは新開発の空冷式4スト直立型単気筒SOHC2バルブで排気量が249cc、
最高出力は20psで、最大トルクが2.1kgで、ガソリンタンク容量は13リットル、市街地での平均燃費は35kmなので満タンで走れる航続距離が約455kmです。
それまでの4スト250ccモデルと比較しても、劇的にパワーのないものとなっていますが、走り(速さ)に重きを置かない「ネオクラッシック」なので何の問題も無かった様です。
また、フレームはスチール性のセミダブルクレードル式で、フロントは4ポッドのシングルディスク、1992年の初期モデルのみサドル式のシートが採用されてて1人乗りとなっていました。
さらにフロントタイヤのサイズが18インチでリアが17インチとなってて、既に名車の仲間入りを果たしてたヤマハ「SR」とよく似た足回りが採用されていました。
また後に、これまた人気モデルとなる「W」シリーズがカワサキから販売され始めると、その250ccモデルが「エストレイヤ」であると世間の見られ方に変化が起こり、
長期間販売され続けた要因として、そもそも車検の無い250ccモデルですから、より人気を高める効果も手伝った気がします。
で、最後にこの「エストレイヤ」の中古市場を見てみますと、大体安いもので20万円あたりから、高いものともなると100万円前後で取引されている様です。
もちろん高額なものは全て高年式に集中しており、1990年代の初期モデルのみに絞り込むと大体平均して20~40万円あたりに収まってる感じです。
さて、既に初期型だとそれ自体が「旧車」となってる感があるカワサキの「エストレイヤ」ですが、皆さんにとっては、いかがだったでしょう!(笑)