石橋の向こう側へいかねばならぬなら・・・。

震災ホームスティというページをご存じだろうか。
被災者のために、無償で居住空間を提供しようと先月23日に立ち上げられた。
提供者と利用希望者をつなぐページである。
http://www.shinsai-homestay.jp/

さっき、石巻の湊小学校で救援物資の仕分けのためにボランティアに入っている娘と連絡をしたが、とても避難家族を探している余裕はないという。
当初は、私の人となりをご存じのこのブログの読者の皆さんあてに発信しようと思ったのだが、チェーンメールのように広がっては、収拾がつかないという結論に達した。
そこで、さっそく、上記に登録したというわけだ。
いろいろ考えていても仕方がない。
「石橋の向こう側へいかなけれはならないと思うなら、叩かないでわたってしまえ」である。

被災していないのに、「住職一家としばらく過ごしてみたい」という方は、入居申請はご遠慮いただきたい(わはははは)。



今朝散歩していたら植え込みに「ペンペン草」を見つけた。普段犬たちがおしっこをしている場所だけに、とても元気がいいペンペン草だった。丈夫そうだった。

明日はお釈迦様の誕生日イブ、聲明らいぶです。 一緒にやってくれるのは、神奈川県座間からきてくれる「松」君。ナチュラルなトーク、歌、演奏(ギター)と、聲明をお楽しみください。
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待てば海路の日より


 夕べのご詠歌に続いて、今日は宗派のテレホン相談の相談員。
 相変わらず、非被災者の私は、何かせずにはおれないという不安解消行動を、ある程度抑制しつつ、日々をやり繰りしている。

 次の本は、いよいよ最終校正か、はたまた最終加筆か・・・。編集者でない私には分かりようも無いが、この三日間、空いた時間には、おおざっばな私にしてみれば、文章をかなり細かい点でチェックし、追加の文章を書いている。
 早く「これで終了でゴザンス」という編集者のメールを読みたいと思う。

 避難する方々の受け入れのために、家族で話し合ってこんな条件ならば受け入れ可能ではないかと決めて、石巻で物資の仕分け作業をしている我が家の状況を一番わかっているこの一週間寝袋生活の娘に(おお、なんと修飾語が多い文章であろうか)、「一週間待つから、お前が探してみろ」と伝えてある。残りあと3日だ。
 それで、候補家族が見つからなければ、ネットなりの他の公募手段に出ようと思う。
 焦るべきか、待てば海路の日より有りにするか・・・今日もこうして過ぎていくのが勿体ないし、申し訳ないと思いつつ。

 私が元気でいないといけないと、夕飯で、濁り酒をいただいた。むはははは。
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歯科医療あっての

数カ月に及ぶ、歯の治療が一段落。

あと一本怪しいのがあるのだが、それは三カ月あとに様子をみることになった。
歯医者さんに行く前に、ふと思った。

日本にこれだの歯科治療ができる施設が無かったら、大勢の人は歯があちこちが抜けて、食べる物もろくに食べられず、顎の筋肉も弱り、寿命を伸ばすことはできないのではないか・・・。

しかるに、歯科治療は日本人の平均寿命にどれほど貢献していることだろう。
そこで今日、治療が始まる前に先生に聞いた。

「日本に歯科治療が無かったら、日本人の平均寿命はあと何年減りますか?」
先生は唖然としていた。たぶんそんなことを聞かれたことがないのだろうとお察し申し上げる。
そこで、身勝手にも私見を述べた。
「五歳くらいはちがいますかね」
「うん、そのくらいは違うでしょうね」
---私はとても満足した。わははは。

 被災地の方々は、医療で大層お困りだとニュースが連日伝えている。その中でも、歯の痛みについての報道はない。無いが、あの痛みを抱えている方はどれほどいらっしゃるだろうと思う。
 歯科医の先生方にも是非頑張っていただきたいと痛切に思う。

 さて、妙な言い方だが、都市部で二次被災している人たちがいるという。テレビの報道で、精神的にまいっている方々のことである。

 密蔵院のご詠歌に(主に笑いたくて)やってくるMさんは、ヨーガのインストラクター。


 彼女が、東京の高級住宅地、広尾駅のそばにある有栖川宮記念公園で、東日本大震災チャリティヨガ、「さくら綴るヨガ」を行う。参加費3000円(うち1500円は「国境なき医師団」へ寄付されます)。詳しくは⇒http://zeroyoga.exblog.jp/15734988/


 桜の下で、心をと身体に天地(あめつち)のエネルギーを充填してみませんか?
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根こそぎ、または、総取り



 未だに密蔵院のそばのお店には、ミネラルウォーターがない。入荷してもすぐに無くなる。
きっと、皆さん、知り合いに被災者の方か、乳児がいらっしゃるのだろうと思う。そうとでも思わないと、悲しくなる。
 まさか、大の大人が、自分のために根こそぎ買って、そこにある品を総取りするようなことはしていないだろうと新字体(あははは、けっさくな変換だ。「信じたい」です)。

今日お参りに来た奥様が言った。
「五つある時は、四つ買って、一つは他の人のために残しておきます」
---あはははは。その気持ちは良くわかります。「せめて・・・」の心意気。善良さのギリギリの駆け引きだと思う。

 私は、もうちょっと、潔(いさぎよ)さを貫きたいと思う。「一つ買って、四つ残す」のだ。ぐはははは。
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プラスマイナスゼロのこと

 三日前から、あわてて「村上正行語録」の、檀家向けの発送作業をしている。
 こんな時こそ、前向きに生きた村上さんの智恵と行動力を読んでいただいて、元気をだしてもらおうという魂胆である。


 250ページの、B6版の本が250冊・・・。かなりの重量であるが、これでほとんど在庫がなくなる。
 その本が、本堂の押し入れの中に5年間もしまってあった。

 その場所をあけないと、避難所として使ってもらう部屋から移動したものが入らないのだ。ぐははは。順送りみたいなものだ。

 封筒もドサッと持ってきて、本もドサッと持ってきた。押し入れの床の負担が随分和らいだはずである。
 しかし、そうしたところで、地球の総重量は変わらず、プラスマイナスゼロなのだなと、アホなことを考えた。うはははは。

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AS SAME ASもしくは、BETER THAN ....のTODAYというより明日以降。

 考えてみたら11日の夜以来、毎日お酒を飲んでいる。これも不安解消行動の一つなのだと思う。

 もちろん、夕飯あとに住職室にいて仕事ができないこともその理由の一つである。電気をつかわないためである。
普段は、夕食を終えても原稿書きやら、講演会のレジメ作りや、塔婆書きがあるから飲めないだ。飲めば「これで一日終了」という自分自身へのメッセージになる。

 ・・・それにしても慌ただしい日だった。
歯医者さんをふくめて、すべては自分のための時間だった、と言えばそうだが、歯医者以外は、すべては人のために費やした時間だった。
避難者受け入れのための倉庫整理も、檀家さんのお通夜も、そのあとの犬の散歩中に連絡をした被災地のボランティアの娘たちとの電話も・・・。

あとは家内とはの時間をどれだけ持つかである。灯台もと暗しにならぬようバランスをとりながら、この非常時を過ごしたいと思う。

今日と同じくらい良き日を。できうれば、今日より良き日をお過ごしくださいますよう、お祈りします。
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