風来庵風流記

縁側で、ひなたぼっこでもしながら、あれこれ心に映るよしなしごとを、そこはかとなく書き綴ります。

「密」を避けた一年(後編)

2020-12-16 22:13:38 | 日々の生活
 前回ブログの補足として、3月以降のPCR検査人数と陽性率・重症率の推移を一つのグラフにまとめてみた(上記に添付)。前回同様、週単位で纏めたもので、第一波の頃はPCR検査のキャパシティが限られていたこともあって、(悪名高かったことに)検査を絞っており、陽性率(陽性者数÷検査人数)は極端に高かったが、それでも緊急事態宣言が出た頃にはピークアウトした。6月末から7月にかけて第二波として感染が拡大すると、PCR検査を濃厚接触者にまで広げて拡大し、その後は、感染が広がれば検査が増え、収まれば検査が減るというように、検査人数と陽性率は似たような上下動を見せている。ところが、11月半ば以降、検査人数は増えているのに、陽性率は明らかに鈍化している。重症率(重症者数÷陽性者数)も、一週遅れくらいで減少に転じている。
 こうして見ると、「勝負の三週間」が宣言されたことによって、人々の行動変容が起こったことが想像される。これから真冬に向かうわけだが、新型コロナウィルスは夏場にも感染が広がったように、季節を問わない。現にヨーロッパでは、ロックダウンしたことによって本格的な冬を前にピークアウトしている(ドイツでは、メルケルさんが怒ったように、珍しく高止まりしているが)。
 そこであらためてGoToトラベルに関して、ひとこと言いたい。
 今日の東洋経済オンラインに掲載されたコラムで政治ジャーナリストの泉宏さんは、「菅首相は、持論である『コロナ感染防止と経済活性化の両立』にいったん白旗を掲げた格好だ」 「Go To事業の方針大転換」などと言われるが、そんな大袈裟なものではないだろう。そもそもwith コロナでは、油断すると感染が広がるから、集団免疫が達成されるまで(あるいは国民が、ただのインフル並みだと割り切るようになるまで)、経済を活性化させることを基本としつつ、時々ブレーキを踏んで、医療崩壊しない程度に抑え込んで、のらりくらりと遣り過ごすものだと理解する。その意味ではGoToトラベルの一時停止は織り込み済みの前提条件に過ぎない。それを「白旗」だとか、あるいは一時停止の決断ができないのを「無策」などと批判するのは、お門違いである。「菅政権による人災」(共産党幹部)と厳しく批判され、今後の展開次第では「トップリーダーとしての器が問われる事態」(自民長老)ともなりかねない、などと言われるが、勘違いも甚だしい。政治家のセンセイ方には、くれぐれも政治問題化しないで欲しい。スガ首相にしても、「Go Toで感染が拡大したというエビデンス(証拠)はない」などと依怙地になるのではなく、GoToは経済を加速させたり減速させたりの緩急をつける操縦桿だと、国民に対して明言し、そろそろ減速しなければならないから旅行を控えて欲しいとか、また戻しても大丈夫だとか、コンセンサスを得る手段にしたらよいのではないだろうか。これはGoToトラベルが感染に繋がるかどうかを問題とするのではない。そのあたりは多分にグレーで、だからこそ政府として国民向けのシンボリックな「メッセージ」として利用すればいい、という程度の意味である。ワイドショーが騒ぐから行動変容するのではなく・・・(苦笑)。
 問題は、病院のベッド数ではなく、医者の数が足りなくなるのではないかと懸念する声があることだ。いずれにしても、このあたりの医療崩壊を推し量る基準についての透明性は、国民が新型コロナ禍を心配し始めて、かれこれ10ヶ月になるが、一向に改善されない。メディアは日々の感染者数に一喜一憂しつつ危機感を煽るのではなく(まあ、政府が煽らないものだから、これはこれで意味がないとは言わないが)、こうした本質的な問いかけをして欲しい。
 こうして見ると、安倍政権は、外交ではそこそこの成果を挙げたが、内政ではイマイチ、政治とメディアの間のコミュニケーションに至っては最悪という、この負の遺産を、スガ政権でも引き摺っているように思えて、残念でならない。メディアは、何かと政治問題化して騒ぐのではなく、冷静に対処して欲しいものだが、SNS全盛で個人がやたら感情的に露出する時代に、ひとり冷静を保っていては見向きもされないとでも思っているのだろうか。
コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 「密」を避けた一年(前編) | トップ | エズラ・ボーゲル氏からの宿題 »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

日々の生活」カテゴリの最新記事