風来庵風流記

縁側で、ひなたぼっこでもしながら、あれこれ心に映るよしなしごとを、そこはかとなく書き綴ります。

参院選(4)もう一度TPP

2013-07-13 02:21:17 | 時事放談
 火曜日の日経朝刊によると、日中韓賢人会議が「日中韓FTA(自由貿易協定)交渉を加速させ、RCEP(東アジア地域包括的経済連携)などと並ぶアジア貿易圏の中核に育てる努力を促す」(日経)といったような政策提言をまとめたそうです。また同会議では、「中国側出席者からTPP(環太平洋経済連携協定)への高い関心を窺わせる発言が相次ぎ」、「6月の米中首脳会談で習近平国家主席がオバマ大統領にTPPへの関心を伝え、情報提供を求めたのと符合する」(日経)動きとして注目されます。
 そもそも日中韓賢人会議なるものがあることを初めて知りました。北東アジア地域の発展や相互理解の促進を目的に、2006年以来、三ヶ国の政・財・官・学界のリーダー約30人が年に一回集まり、原則非公開の場で議論を交わしているそうです。政治責任がないので、各国の世論動向を気にすることなく、お気楽と言えばお気楽ですが、最近の外交関係が冷え込んだ厳しい状況であればこそ、却ってこうした重層的な関係を構築することは重要とも言えます。
 さてTPPのことです。菅元総理がTPP交渉への参加検討を表明(2010年10月8日)してから2年5ヶ月もの月日が流れ、その間、東日本大震災という未曾有の大災害に見舞われたとはいえ、「決められない」と揶揄された政治がまさに面目を失った一つの典型例と言えますが、ようやく3月15日に安倍総理が交渉参加を表明し、4月20日にTPP交渉参加国の関係閣僚会合において、全参加国が日本との協議を終了したことが確認され、日本の正式なTPP参加のための各国内の手続きを進めることが決定されました。これを受けて、米国では、4月24日、米国政府から米国議会に対して、我が国をTPP交渉に参加させる意図が通知され、最終的に米国の「90日」を含め、全ての関係国の国内手続の完了が確認された後(つまり今月末までには)、我が国は正式に交渉参加することになる予定です(内閣官房HPより)。
 それにしても国論を二分する勢いなのは、民主党と自民党とを問わず、票田を気にして政争の具と化してしまったからで、まともな議論を避けて来た影で、怪しげな説がまことしやかに流布され、大いに混乱しました。その最たるものが日本を搾取せんとするアメリカ陰謀説です。カレル・ヴァン・ウォルフレン氏の「日本を追い込む5つの罠」を読むと、TPPに関連して日本で流布しているアメリカ陰謀説の源流を見る思いがします。氏は、「日本/権力構造の謎」(1989年)や「人間を幸福にしない日本というシステム」(1994年)などの著作で知られるオランダ出身のジャーナリストで、アムステルダム大学比較政治・比較経済担当教授でもあり、アメリカ覇権主義を毛嫌いしていることでも有名です。
 さすがにアメリカの陰謀とまでは言わないまでも、経済連携と訳されますが生易しいものでは到底なく、国と国との間のやりとりですから、国益をベースに丁々発止やりあった末に妥協点を見出すことになるのは当然のことです。しかも自由貿易協定なるものは、経済強者が経済弱者に押し付けるものと相場が決まっています。そしてその経済強者はアメリカと来ますから、アメリカの特定の大企業の利益を代弁して、押してくることは想像に難くありません。その一方で、日本がTPP参加を表明してから、俄かに状況に変化が見られました。日本とEU(欧州連合)の経済連携交渉と言えば、関税を引き下げたくないEU側が先送りし続けて来たものでしたが、日本がTPP交渉参加を表明するや、不動と思われた山が動き始めたのです。同じことは、冒頭に触れた日中韓FTA交渉でも起こりました。さらに、冒頭に触れたように、中国を牽制する包囲網とまで言われたTPPに、中国が関心を寄せました。もはや自由貿易圏のルール化を巡る陣取り合戦の様相であり、どちらかと言うと中国を牽制する包囲網の一種との見立ては当たっていても、日本を収奪することが狙い(と考えるということは、結局、自意識過剰だった)というのは的外れだったことが明らかでしょう。日本は一挙手一投足が世界の主要国に影響を与えるほどにまだ十分に経済大国である一方、中国という異形の大国を国際社会のルールに引き込むためのコマとしても使われている現実が垣間見えます。
 国益が損なわれるとは、安倍総理が交渉参加を表明した時にも、気遣ったポイントでしたが、先ほども言った通り、国益のぶつかり合いの国際場裏で国益が侵害されかねないことを理由に交渉自体を忌避するメンタリティは、今となっては不思議に思えます。江戸時代の鎖国とは後から命名されたもので、祖法(家康以来の決まりごと)に過ぎず、当時の人々は交易を遮断していたと認識していたわけではなかったというのが最近の有力説のようです。それは当時の人々の世界観が、日本と中国とインドの三国に限定されている中で、中国を中心とする冊封体制を拒絶し、スペイン・ポルトガルをはじめとするヨーロッパ世界による宣教師を尖兵とする植民地支配を拒絶した歴史をさすものでしょう。それを鎖国と後からわざわざ名付けてしまうほどの危ういメンタリティは、TPP反対の議論を見る限り、日本人の基層をなしているように思えてなりません。TPP反対が真性保守であるかのように振舞いますが、一体、将来の日本に向けて何を保守するのかといった議論が欠けているように思いますし、あるいは、誰かがTPPは構造改革そのものだと言いましたが、通商国家として将来にわたって繁栄を目指すのか、それともガラパゴス的に別の成熟の道を目指すのか、といったような、日本の将来像についての議論も欠けているようにも思います。ますます存在感を増す中国や成長著しいASEANからなる広大なアジアへの回帰を目指すのがアメリカなら、今後20年や30年の国のありようを決めるターニング・ポイントであるのが日本だという気概で、大いに議論を深めたいものです。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする