友々素敵

人はなぜ生きるのか。それは生きているから。生きていることは素敵なことなのです。

素敵な人との出会いは生き甲斐

2021年08月11日 16時52分02秒 | Weblog

 あれほど荒れていた風が、今朝はすっかり収まっていた。陽が差し込んでくる前にと思い、ルーフバルコニーに出て強風で傷んだ花を摘み取る。下を向いて作業をしていると腰が痛くなる。どうしてか分からないが、首がコキコキと鳴る。

 金回りが悪いためか、右の肩から首筋が痛む。4月下旬に歯科医院に行った頃からだから、もう3ケ月以上になる。ペースメーカーの電池交換手術で、しばらくジッとしていたからか、右の肩から首筋の痛みは少し和らいだ気がする。

 77歳まで生きてきて、充分に生きたと思っているので、健康に人一倍気を配る健全な生活を選んでいない。けれど、ことさら不健康な生活をしている訳でもない。平々凡々と普通の老人らしく、家で過ごし、夜は毎晩、酒を飲む。ワインならふたりで1本、日本酒も720mlをふたりで空ける。

 夏休みなのにコロナ禍で、孫たちが遊びに来ないから、実に静かな毎日だ。高校野球は好きなのでつい観てしまう。今日は名電工の試合が午後3時半から行われる予定だったのに、前の試合が大量得点のために延びてしまった。

 それならと、パソコンに向かうが、あいにくなことに、マンションの電気工事のために開けない。運が悪いとはこんな時だ。人生は運の良い時もあれば悪い時もある。けれど、私が出会った人たちは皆、私を幸せにしてくれた。もう一度、会いたいと思う。素敵な人との出会いは生き甲斐と言える。

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友好の礎

2021年08月10日 17時23分57秒 | Weblog

 未だに強い風が吹き荒れている。南風が北風に代わったけれど、猛烈な勢いに変化は無い。朝、窓ガラスを開けると、熱風では無く乾いた涼しげな風だった。カミさんは「こんな風なら冷房は要らないわね」と言う。北と西の窓ガラスを少し開け、南は全開にして「気持ちがいいわ」と満足そうだ。

 私はこの温度変化に弱い。鼻水が落ち、クシャミを連発する。風が入り込む西の窓ガラスをもう少し閉めようとするが、風の力で窓ガラスが動かない。風が止むのを待つより他ない。青い夏の空が広がっているのに、台風のような風だけは勢いよく暴れまわっている。

 オリンピックは終わった。閉会式は開会式以上に詰らなかった。あれでは大竹しのぶさんが可愛そうだ。閉会式のフィールドでは緊張から解放された選手らが、抱き合ったり、記念写真を撮ったり、いつもの光景が見られた。映像には無かった気がするが、バッハ会長のあいさつが始まると選手たちは次々と退場していったという。

 今朝の新聞に、ポロシャツ姿で銀座を歩くバッハ会長が載っていた。多くの選手が昨日、帰国する様子が報道されたが、せっかく日本まで来たのに、選手村と競技場の往き来だけでは寂し過ぎる。みんなバッハ会長のように日本を見て回りたかっただろう。

 私も外国へ行った時は、人々がどんな風に暮らしているのか見たくて、街中をよく歩いた。もし、私が外国語に堪能なら、その土地に友だちも出来ただろう。人々の暮らしを眺め、愛着をたくさん持ちたい。それが友好の礎となるはずだ。

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スマホの変換間違い

2021年08月09日 17時06分28秒 | Weblog

 朝方から猛烈な風が吹いていた。台風9号は島根県を抜けて日本海に出たはずなのに、風は一向に収まらない。娘が持たせてくれたスマホで、「皆さん、おはようございます」と朝の挨拶し、今日が長崎に原爆が投下された日であることを知らせる。

 しばらくしても、風はさらに強まる様子なので、再びスマホを手にする。「今日は明日から猛烈な風が吹いています。台風の影響です。飛ばされないように気をつけてください」と発信した。カミさんが「明日から猛烈な風って何?」と言うので、ビックリして読み直し、「明日からではなく、朝からの間違いでした。ごめんなさい」と送信した。

 すると長女が「変換間違いはよくあるよぉー」「だから、みんな行間読んで、あっ、間違えてるわってやり過ごす感じだよ」とホローしてくれた。次に、「台風は遠いのに、風は相変わらず凄い勢いで吹いてくる。いつまで続くのだろう」と発信すると、今度は茨城の次女が「こっちもすごい風です」と送ってくれた。

 同じ時に会話ができる、このためにスマホを持たされていることの意義を認識する。午後、風はあったが雨は降っていなかったので、近くの郵便局へ出かけたが、閉まっていた。「臨時休業」の張り紙も無い。仕方ないと家に戻って気が付いた。私の部屋のカレンダーは11日が「山の日」で休日になっているが、オリンピックの関係で7月と8月の休日が変わったのだ。

 IOCは組織委員会の橋本会長、菅首相、小池知事に功労章の最高位の金章を授与した。オリンピック競技は、勝敗とともにいろんな涙のドラマがあった。だからと言って強行した「罪」は許されないと思う。

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あの子はあれからどうしたのだろう

2021年08月08日 17時03分41秒 | Weblog

 女子に続いて男子のマラソンが札幌で行われた。風は少しあったようだが、やっぱり暑さとの戦いだった。私は長距離が苦手だ。100mまでならそこそこに走ることができる。高校の教員になった時も、体育の先生と競争しても負けないくらいだった。

 私が通った高校は質実剛健がモットーで、冬に男子は5キロ、女子は2か3キロ、郊外マラソンがあった。体育大会の100m走では活躍できたから、マラソンも頑張ろうと思ったが、全くダメだった。成績の良かった友に聞くと、「レース配分を考えて、同じペースで走ることだ」と言う。

 翌年、言われたようにやろうとしたが、後半はバテてしまって足が動かない。最後の年、今度こそと思いもう一度指導を仰ぐと、「初めから先頭集団にいなけりゃー勝てんよ」と教えられる。校門を出る時からトップの集団を目指したが、1キロも走らないうちに脱落した。

 そう言えば、高校2年の時だったか、400mに出場する友だちが、「腹の具合が悪いから代わってくれ」と言うので、彼に代わって走った。100mまでは順調だったのに、200mで息が切れた。400mは全く惨めな結果だった。「悪かったな」と友は冷たい牛乳を飲みながら言った。

 長距離にめっぽう強い女の子がいた。背は1m50センチに満たなくて、体重も40キロそこそこだったと思う。中学校の時からズーと学年で1番の、成績の良い子だった。その子がマラソンでも3年間、トップだった。どうしてあんなエネルギーが彼女にあったのか不思議だった。

 お茶の水女子大へ進んだが、あれからどうしたのだろう。マラソンを見ていると彼女のことが思い出される。高校の教員にはならなかったから、普通に結婚して、普通の主婦になってしまったのだろうか。他人事なのに惜しい気がする。

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五輪は金儲けのため

2021年08月07日 17時06分51秒 | Weblog

 東京五輪も残り少なくなってきた。新型コロナの感染者は昨日、日本で100万人を、世界では2億人を超えた。菅首相は「五輪が感染拡大につながっているという考え方はしていない」と語っているが、感染拡大の原因をどう分析しているのだろう。

 テレビも新聞も五輪報道に時間と紙面を割り当てている。今朝などは、札幌での女子マラソンを放送していたが、東京と変わらない猛暑の中でのマラソンなので、見ている私の方が選手に気の毒な気がしてしまう。

 前日に札幌で行われた男子50キロ競歩も凄まじかった。死者までは出なかったが、脱落者はかなりいたようだ。この競技で銀メダルに輝いたカナダの選手が、今朝の朝日新聞に大きく出ていた。「コロナ禍で開かれる五輪に懐疑的だった。それでも、最終的には出場を決めた」。

 それは、「自分勝手だと自覚している。ただ、世界のトップ選手と競える機会はそう訪れないし、生活もかかっている」と胸の内を明かす。「東京五輪をウイルスに打ち勝った証し」と表現することには否定的だ。「それはまやかしだ。我々はパンデミックの真っ只中にいる。そんな状況で言うのは不誠実だ」と不快感を隠さない。

 50キロもの距離を、あのスタイルで歩き続けるのは辛いはずだ。それでも諦めずに自分を励まし続けたのは、「立ち向かっていく姿勢を母国や世界の子どもたちに見せたかった」と語る。けれど50キロ競歩は、長時間でテレビ映えしないという理由で、今回を最後に五輪から消える。

 五輪はアスリートのためというより、金儲けのためと改めて思う。

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今日は「広島原爆の日」

2021年08月06日 17時32分38秒 | Weblog

 午後の茹るような暑さの中、燃えるゴミを持って集積所へ向かった。こんなに暑くてはゴミ出しに来る人はいないだろう。セミの鳴き声だけが聞こえる、まるで死んだような世界だ。集積所に多くのゴミ袋が置いてあったが、そのうちの1つが放り投げられたためか、塊から離れてひっくり返っていた。

 いつもなら拾って積み直しておくのに、暑さとゴミの臭いで出した手を引っ込めてしまった。帰りがけに婦人がひとり、ゴミ袋を持ってやって来た。彼女は集積所のひっくり返っているゴミ袋を見て、「あの男の人はダメねえー」と呟いているだろうと想像した。

 私はどちらか言えば几帳面で、ロビーにチラシやゴミが落ちていれば持ち帰る。家の中でも、髪の毛1本でも拾って歩く。台所のシンクに洗い物が積まれているのも気になってしまう。以前、高校に勤めていた時、教官室が物で散らかっていた。主任が助手に掃除を命じたが、助手は「埃で死んだ人はいませんから」と平然と言い放った。

 それを聞いて私は、よく主任に逆らえるなと感心したばかりか、そうか、埃で亡くなる人はいないかと納得してしまったが、今思えば、どうしてあの時は同意したのだろう。我が家には、「気が付いた人がやればいい」という鉄則がある。主任が自ら箒を持ったなら、「先生、ボクがやりますから」と助手は言っただろう。

 8月6日は広島に原爆が投下された日。核兵器廃絶と世界平和を祈念する日だが、祈念だけに終わってはならない。式典で小学生の男女が「心から平和だと言える日を目指し、努力し続けます」と『平和への誓い』を読み上げた。菅首相のあいさつよりも心のこもった言葉だった。

 「今日はハムの日」とブログに書いていた人がいた。8月6日をハムと読ませるのは機知に飛んでいるが、せめて原爆には触れて欲しかった。原爆も戦争も、こんな風に忘れられて行くのだろうか?

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愛情の意味も分からない人

2021年08月05日 17時01分15秒 | Weblog

 焼けるような猛暑の一日。8月上旬はこんな猛暑が続いていたことを今更ながら思い出した。子どもの頃、エアコンは無かったし、扇風機は祖父が独占していた。それでも、これほど暑かった気がしないのはどうしてなのだろう。

 茨城県、兵庫県、愛知県がまん延防止策の対象になった。茨城県にいる次女一家は、ダンナの実家の兵庫県に帰省する予定でいたが、こうなっては中止せざるを得ないだろう。本人たちでは決められないかも知れないので私が、「今回は諦めよう」とメールを送った。

 オリンピックを開催しているのだから、コロナ禍が終息するはずは無く、いくら「努力して参ります」と言ったところで感染は抑えられないだろう。政府のコロナ感染対策は後手後手で、「官邸は何も分かっていない」と批判が出てくるのは当然だ。

 「何を、どのように、いつまでに」といった具体策が全くない。「誠心誠意」とか「全力を挙げて」とか枕詞はあっても、その中身まで語っていない。どうすべきなのか、全く混沌としていることだけはよく分かる。ウヤムヤな言葉は責任の在処をわからなくしてしまう。

 オリンピックで活躍した女子ソフトボールの選手が、河村名古屋市長を表敬訪問した。河村市長はその金メダルを口に入れて噛んだ。「愛情表現のつもりだった」と言うが、余りにも思慮の無い行為に批判が殺到している。愛情の意味も分からない感性の人を、いつまでも市長の座に置くのは名古屋市民の恥だと思う。

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退院して来ました

2021年08月04日 16時59分16秒 | Weblog

 ペースメーカーの電池交換の手術を受け、昨日、何事も無く退院した。カミさんと長女のダンナと孫ふたりと曾孫ひとりが迎えに来てくれた。上の孫が「パパちゃん、何が食べたい?」と聞くので、「じゃー、みんなでステーキ食べに行こう」と答えた。

 久しぶりのステーキと生野菜のサラダ。病院食は誠に粗食で食欲が出ずに、無理やり口に押し込んで食べていたので、やっと食事らしく食べることが出来た。孫が「ワインは?」と言うが、私は昼間から飲む方では無いので断った。

 家に着くと、玄関に赤いバラが飾ってあった。コーヒーを入れて飲んだ。何だか日常が戻って来た。私のブログを読んでいる孫は「看護師さんはキレイだった?」と、ニヤッと笑って訊いてくる。「ああ、みんな若くてキレイな子ばっかりだった」と正直に答えた。

 若い女性が、仕事だとは言え、身体を寄せて傍に来て、「じゃー、脈を計りましょうか」と手を持ってくれる。腕や首など、艶々の肌が目の前に迫る。もう、それだけで脈拍が上がりそうで恥ずかしい。もっと助平な患者なら、「今度はあなたの脈を計らせて」と手を出しそうだ。

 電池交換の手術はすぐに終わった。入院中も身体は全く普通なのに、手術した左胸の辺りの筋肉を動かさないようにしているだけで、毎日がとても退屈だった。内田樹さんと姜尚中さんの対談をまとめた、集英社新書『世界「最終」戦争論』を読み切ることが出来た。

 夜は刺身を食べ、ビールを飲んだ。娑婆はいいなあー。

 

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