人間は猿から進化したと考えるより、サルの仲間のひとつから進化したと考えた方がよいと分かった。サルはアフリカにもいるが、南米にもいるし、東南アジアの島にもいる。それなら世界各地にいたサルが、時期は同じではないとして、いろいろと分かれてそこで人間の祖先になるものに進化したと考えられないのだろうか。そんな質問を学芸員にしてみたけれど、やはり「アフリカで生まれたものが世界へ散っていったのでしょう」という答だった。
「サルにはサル殺しがあり、人間にもその遺伝子があるのではないか」と松沢さんは言う。狩猟民族だからとか、肉を食べるからというのは、イメージが作り出した誤解で、全く関係なく人間に潜んでいるらしい。そうであるなら、人殺しや戦争はこの世からなくならないのではないかと思えてくる。人類の歴史を調べていくと、殺しとか戦争は富と深くかかわっている。狩猟生活では富は生まれていなくて、むしろ公平に分配されていたらしい。
農耕が出来るようになると蓄えが可能になり、富が生まれ、これを奪い合う戦いが生まれた。それが人間の歴史を発展させる原動力であったが、そうなると人間の社会から暴力をなくすことは出来ないのではないか。ただ、人間が進化してきた過程で他の動物、同じヒト科4属(オランウータン、ゴリラ、チンパンジー、ヒト)の中でも大きく違うものがある。ここに希望があるのではないかというのが、山極さんの視点である。
樹上から地上に降りて直立2足走行となったとなった人間は、群れなければ生きていけなかった。群れることは外敵から身を守るだけでなく、狩猟を効率化し、子育てを集団で行ない、コミュニケーション能力を発達させた。たとえば、人間には白目があるが、これによって目を見ることで相手の動きや心を読み取ることができる。ところが現代では、暴力は減るどころかむしろ増え、残虐になっている。
山極さんは人間の社会性を支えている根源的な特徴を7つ上げ、未来社会へ希望をつなぐ。1)育児の共同、2)食の公開と共食、3)近親相姦の禁止、4)対面コミュニケーション、5)第3者の仲裁、6)言語を用いた会話、7)音楽を通した感情の共有。「人類は分かち合う社会を創った。それは権力者を生み出さない共同体だった。もう一度、この共同体から出発し、上からではなく、下から組み上げる社会を創っていかなくてはならない」と結ぶ。