友々素敵

人はなぜ生きるのか。それは生きているから。生きていることは素敵なことなのです。

秋神温泉

2007年08月31日 23時58分57秒 | Weblog
 濁河温泉は思ったほど秘境の温泉地というものではなかった。御岳さんの北側にあり、行きにくい奥地にあることは間違いないが、もっと秘境らしいところと勝手に思っていた。料理は美味しかったし、ここに次女夫婦を連れてきてもいいかなと思ったくらいだ。温泉は鉄分が多く、黄土色でぬるっとしていた。一度は訪ねてみるのはいいけれど、何度も行ってみようという気にはなかなかなれないなと思った。

 フロントで「秋神温泉へ行ってみたいのだけれど」と話すと、「車一台がやっと通れるような狭い道で、道路はでこぼこですよ」とのこと。できれば避けた方が安全ですと言いたい様子だった。「車では無理ですか」と聞き直すと、「行けないことはありませんが」と言う。それならばと出かけた。しかし、本当によく生きて帰れたと思うほどの道だった。対向車がいなかったから良かったものの、あれで向こうから車がきたらどうやってすれ違うことができたのか。こういう道をよく走ったけれど、今回はまた特別だなと思った。

 秋神温泉は20代の時、3年ばかりお世話になった。私が高校の教師をしていた時、ブラスバンドの顧問を頼まれ、秋神高原での合宿に同行した。本来ならば引率なのだろうが、ブラスバンドの生徒たちは全てを自分たちで計画していて、私はただ乗っかるだけだった。ところが民宿で一泊してみて、これはとてもガマンできなかった。そこで聞くと、少し奥に温泉地があるとい言う。そこが秋神温泉だった。
 
 一軒しかない宿の主人はちょっと変っていて、山の植物を絵で説明したプリントが玄関先に並べてあった。わたしはここがとても気に入り、生徒たちを民宿に残したまま、自分はここを宿とし、昼間は生徒たちのところへ通った。民宿のおばさんは生徒たちのために、山盛の料理を用意してくれたが、残念ながら私は胸が一杯になってしまって、食べられなかった。私の生まれたばかりの子どもとカミさんを連れて参加していたので、カミさんや子どものためにもゆったりと食事ができる場所が必要だった。ブラスバンドの生徒たちには、「先生は何しに来ているのか」という不満があったかもしれない。その頃のブラスバンドの生徒たちから誘われて、9月には信州に出かける。不思議な縁だと思う。

 話が逸れてしまったが、今、秋神温泉は「氷点下の森」という名で毎年のようにニュースに取り上げられている。私が知っている秋神温泉の建物ではあったが、増築され、周りにはバスの駐車場もできていた。ひなびた温泉宿から観光地の温泉宿に変っていた。好きな人とそっと世を偲んで出かけるような温泉宿ではなくなってしまったようだ。車から降りて、あたりを散策したけれど、「宿泊客以外は立ち入りできません」の看板が目に付いたのもちょっと嫌な気持ちになった。あの宿の主人に会いたいなと思いながら、あたりをウロウロしていたが、結局出会うこともなく、「あんなに気になっていた秋神温泉はこれだったのか」と思いながら後にした。

コメント
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