
入日さす峰にたなびく薄雲はもの思ふ袖に色やまがえる 光源氏
源氏物語の19帖は「薄雲」である。藤壺の女院が37歳で亡くなる。桐壺帝の后であった藤壺と道ならぬ恋に落ち、帝が知らない冷泉亭を設けた光源氏には誰に打ち明けることもできない深い悲しみであった。入日さす峰とは西方の山であるが、「西方浄土」への連想が詠まれている。光源氏にとって西の夕日とそこへたなびいている薄雲は、藤壺の逝去を表している。雲の色が、身に纏う喪服の薄鈍色、つまり薄墨色とまごうばかりだと、人知れず感慨を述べているのだ。
あらためてこの歌の意を書いてみる。
入日のさしている峰に棚曳いている薄雲は、悲しみに暮れている私の、喪服の袖の薄鈍色にあやかって、同じような色にみせているのだろうか。
藤壺の光源氏への最後の言葉が、息もたえだえになったか細い声で語られる。「故院の遺言どおりに、帝の御補佐をなさり、御後見をして下さいます御厚意は、長年の間度々身にしみて感謝申し上げております。どうした折に、並々でない感謝の意を伝えていいのかと、そのことばかりを考えていたのですが、もう今となってはそれも叶わず、かえすがえす残念で」
と取次ぎの女房に仰せになっているのが聞こえてくる。
太政大臣に続き、藤壺の死。こんなまがごとが起きるのは、帝の出生を秘密にしているためだと考えた夜居の僧が、冷泉亭にその秘密を明かす。これは、物語のクライマックスともいえる出来事である。冷泉亭は自らの退位を光源氏にほのめかした。