
ちはやぶる神代もきかず龍田川からくれなゐに水くくるとは 在原業平
業平のこの歌は、なかなか難解で、その歌の解釈に珍訳をあてた落語もあった。この歌は二条の后になる藤原高子が入内する前に贈られた屏風に紅葉が龍田川に流れているさまが描かれているのを詠んだものである。入内する調度品を賞玩し寿ぐことは、王朝人の大切な儀式でもあった。ただ、歌はそれに止まらず、業平と高子には熱烈な恋愛関係にあったことが伝えられている。水に流れる赤い紅葉は、高子に寄せる業平の心シンボルとも考えられる。
「ちはやぶる」は神にかかる枕詞であるが、勢いが激しい意味がある。竜田川には龍田大社が鎮座しているうえ、その流れも激しいので「ちはやぶる」は龍田川にもかかっていることが知れる。「からくれなゐに水くくるとは」にはふたつの解釈がある。ひとつは紅葉が水にくぐっているという解釈と、いまひとつは神代にも聞いたことのない珍しいくくり染めに川の水を染めあげているという解釈だ。業平の心情を忖度すれば、前者の解釈を取るのが適当と言えるのではないか。
在原業平は『源氏物語』のモデルとして考えられている。貴公子らしい風貌に加え、物事にこだわらない自由な心の持ち主であった。王朝の女性からは人気があり、もて男であった。藤原高子との恋愛においても、高子が天皇の后となることが決められており、そのかなわぬ恋ゆえに業平は激しい情熱を燃やしたであろう。いずれにしても、秋の山を彩る紅葉への王朝人の愛着が、この歌を生んだと言える。