僕(ぼく)は輸送船(ゆそうせん)で働(はたら)くことになった。一番下っ端(ぱ)なので、仕事(しごと)はとてもきつかった。
ある日のこと、船(ふね)のエンジンが故障(こしょう)して漂流(ひょうりゅう)することになった。何日かして、船は海図(かいず)にも載(の)っていない島(しま)にたどり着いた。悪(わる)いことに、船はその島に向かっていた。
誰(だれ)かが叫(さけ)んだ。「ダメだ。暗礁(あんしょう)にぶつかるぞ! 何かにつかまれ!」
――僕は気を失(うしな)った。積(つ)み荷(に)が崩(くず)れたのに巻(ま)き込まれてしまったのだ。気づいたときは、ベッドに寝(ね)かされていた。先輩(せんぱい)の船員(せんいん)が僕に声をかけた。
「気がついたな。怪我(けが)はたいしたことないから。すぐに起(お)き上がれるぞ」
「あの…。船は…どうなりました?」
「心配(しんぱい)するな。船体(せんたい)に傷(きず)がついたが、浸水(しんすい)はしてない。今、エンジンの修理(しゅうり)を続(つづ)けてる」
「そうですか…。じゃあ、帰れますね。エンジンが直(なお)れば…」
「俺(おれ)は島に行ってくる。昨日(きのう)、上陸(じょうりく)した連中(れんちゅう)が戻(もど)ってこないんだ。捜(さが)さなきゃいけない」
その時、身体(からだ)を震(ふる)わせるような大きな音がした。まるで何かの叫び声のようだ。
先輩が言った。「まただ。気味(きみ)が悪いな。時々、聞こえてくるんだ」
「何でしょう? 僕には猛獣(もうじゅう)の吠(ほ)える声に聞こえるんですか…。先輩、行かない方がいいですよ。なんか…、イヤな予感(よかん)しかしません」
「いや、水と食料(しょくりょう)を見つけないといけないんだ。俺一人じゃないから、心配するな」
それから二日たっても、先輩たちは戻って来なかった。船の修理は、まだ終わらない。
<つぶやき>これは、怪獣(かいじゅう)の島に来てしまったのかも。どんなヤツが現れるのでしょうか?
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人はときに、人生(じんせい)を賭(か)けた大一番(おおいちばん)に挑(いど)まなければならないことがある。彼女も、その局面(きょくめん)に立つことになった。彼女は緊張(きんちょう)を解(と)きほぐすように身体(からだ)をほぐした。
「さあ、どっちがやるんだい?」彼女の前にいた男が訊(き)いた。
「もちろん、あたしが…」彼女は前に出た。でも、それを止(と)めるように、
「姉(ねえ)ちゃんはダメだよ。くじ運(うん)ないんだから。僕(ぼく)にやらせてよ」
「弟(おとうと)のくせに、姉ちゃんに指図(さしず)するなんて十年早い。あたしに任(まか)せなさい。絶対(ぜったい)に、特賞(とくしょう)のハワイ旅行(りょこう)を当(あ)ててあげるから」
弟は仕方(しかた)なく引(ひ)き下がった。彼女は、ガラガラを勢(いきお)いよく回した。そして、ガラガラから出てきた球(たま)は……白だった。すかさず男が言った。
「残念(ざんねん)だったねぇ。残念賞はティッシュ一箱(はこ)だよ」
彼女は、思いっ切り口惜(くや)しがった。男は彼女に言った。
「もう一回やれるけど、どうする?」
「えっ、いいんですか? やったーっ。じゃあ、あたしが…」
彼女はガラガラの前に立った。手を伸(の)ばそうとして、思い止(とど)まった。そして弟に、
「あんたが、やって…。あたし、自信(じしん)ないから…。絶対に当てるのよ。分かった?」
弟は期待(きたい)どおりに、二等(にとう)の松阪牛(まつさかぎゅう)すき焼きセットを当ててしまった。
<つぶやき>商店街(しょうてんがい)の福引(ふくび)きですか。これは、姉(あね)としての面子(めんつ)が丸(まる)つぶれってことですね。
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「女と一緒(いっしょ)に歩けるかよ」僕(ぼく)は、彼女を置(お)いてきぼりにして走り出した。
いつものことなのだが、心にもないことを言って、僕はそのたびに後悔(こうかい)をする。
彼女は幼(おさな)なじみで、同じ学校に通(かよ)っている。家が近いこともあって、一緒に行こうと誘(さそ)ってくるのだ。僕よりも頭が良(い)いんだから、もっと上の学校へ行けたはずだ。なのに、〈家の近くの学校に行きたかったの〉って…。まったく、何を考えてるのか?
僕は、いつからか、こいつのことを女だと意識(いしき)し始(はじ)めた。だからといって、こいつのことが好きだとか…そういうのはないと思う。まあ、兄妹(きょうだい)みたいな感じだから…。
こいつは、何かというと僕の家にやって来る。そして勉強(べんきょう)も。一緒にやった方が頭に入るからって言って…。まあ、おかげで、僕の成績(せいせき)も上がってるので文句(もんく)は言えないけど…。
こいつは昔(むかし)から要領(ようりょう)が良(よ)かった。というか、外面(そとづら)がいいのだ。そして、何かヘマをするたびに、僕にその責任(せきにん)をなすりつけてくる。それで、何度泣(な)かされたことか…。だから、こいつとはなるべく関(かか)わらないようにと…。でも、僕の努力(どりょく)も虚(むな)しく、こいつはいとも簡単(かんたん)に僕のそばにすり寄(よ)って来る。まるで、小悪魔(こあくま)の子猫(こねこ)のように――。
僕は校門(こうもん)のところで彼女が来るのを待っている。いつものことだ。遅(おく)れてきた彼女は、僕を見つけると笑顔(えがお)で手を振(ふ)ってくる。でも、僕は知(し)らん顔して校内(こうない)へ向かう。これも、いつものことだ。彼女は駆(か)け寄ってきて、僕の背中(せなか)を叩(たた)いて行ってしまう。これも――。
<つぶやき>何だかんだ言っても、仲良(なかよ)しだってことです。いつまでも続(つづ)くといいですね。
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資産家(しさんか)の老人(ろうじん)が、懇意(こんい)にしている医師(いし)のところへやって来た。老人は心配事(しんぱいごと)でもあるようで、まるで病人(びょうにん)のように顔色(かおいろ)が悪(わる)かった。老人はぽつりと言った。
「最近(さいきん)、時間の進み方が早くなっているような気がするんだ。あっという間(ま)に一日が終わってしまって…。これは…、死期(しき)が近いということじゃないのかな?」
医師は呆(あき)れた顔で笑(わら)うと、「そんなことはないよ。君(きみ)の考えすぎだ。時間のたつのが早いと感じるのは、君が忙(いそが)しくしてるからさ。少しは休養(きゅうよう)をとった方がいいぞ」
「そうかなぁ? でも、朝飯(あさめし)を食べたばかりなのに、すぐに昼(ひる)になっちまうんだ。そんでもって、気づいたら晩酌(ばんしゃく)をやってる。俺(おれ)だけ、他(ほか)の人より時間が早く進んでいるんだよ」
医師はきっぱりと言った。「時間の進み方は世界共通(せかいきょうつう)。君だけ早くなることはない。心配しなくても大丈夫(だいじょうぶ)だよ。君の身体(からだ)は健康(けんこう)そのもの。私が、かかりつけ医(い)としてちゃんと診(み)てるんだから…。今日は、一人で来たのかい?」
「ああ…。でも、やっぱりおかしいよ。この間(あいだ)、娘(むすめ)が孫(まご)を連れて遊(あそ)びに来てね。もうすっかり大きくなってるんだ。前に会ったときは小さな子供(こども)だったのに…」
「子供は成長(せいちょう)が早いからねぇ。あっという間に大人(おとな)になってる。そういうもんだよ」
「そういうもんか…。みんな、そうなのかなぁ。歳(とし)をとると、みんなそんな感じに…」
「いつもの薬(くすり)を出しとくよ。忘(わす)れずに飲(の)んでくれ。またいつでも来てくれていいから――」
<つぶやき>これは何か陰謀(いんぼう)が隠(かく)されている? でも、時間ってみんな同じ長さなのかな?
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神崎(かんざき)つくねが帰って来ると、暗(くら)い部屋(へや)で父親(ちちおや)が待っていた。父親は、
「どこへ行ってたんだ? ずいぶん遅(おそ)いじゃないか」
「ちょっと散歩(さんぽ)よ。気分転換(きぶんてんかん)をしたかったの。いいでしょ? それくらい…」
「ああ、かまわないさ…。でも、えらく反抗的(はんこうてき)だが、私に言いたいことでもあるのかな?」
つくねは父親の顔を睨(にら)みつけた。そして、詰(つ)め寄(よ)るように言った。
「あの写真(しゃしん)の女性は誰(だれ)なの? 三人で撮(と)ったやつよ。あたしに見せてくれたでしょ」
「ああ、あれか…。もちろん、お前の母親(ははおや)じゃないか」
「嘘(うそ)よ。あれは母(かあ)さんなんかじゃない! 本当(ほんとう)のお母さんは、この人よ」
つくねは写真を父親に突(つ)き出した。あの小部屋(こべや)で見つけたものだ。
父親は困(こま)った顔をして、「あぁ。もしかして、記憶(きおく)が戻(もど)っちゃった?」
その声は、なぜか女の声になっていた。父親は、一瞬(いっしゅん)のうちにつくねの背後(はいご)に回(まわ)り、彼女の首(くび)を腕(うで)で締(し)め上げた。そして、手にした針(はり)をつくねの身体(からだ)に突き刺(さ)した。
薄(うす)れていく意識(いしき)の中で、つくねは父親の顔を見た。だがそこにあったのは、あの写真に写(うつ)っていた女の顔だった。その女は哀(あわ)れむようにささやいた。
「ダメよ、油断(ゆだん)しちゃ。心配(しんぱい)しなくても、あなたの代(か)わりは私がやるからねぇ」
「あなたは……、誰なの? あたしに……何を……」
<つぶやき>これは、とってもやばいです。この女、誰にでも変身(へんしん)できるんじゃないの?
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