「これ、おみやげね」亜矢(あや)は紙袋(かみぶくろ)を差(さ)し出した。
見覚(みおぼ)えのあるその袋。早苗(さなえ)はにっこり笑って、「アンジェだぁ。まだ、やってるのね」
それは、高校の帰り道、いつも寄り道していたパン屋の袋。中を見てみると、数種類のパンが入っていた。二人はそれぞれ好きなパンを取ってほおばった。
早苗は、亜矢がメロンパンを美味(おい)しそうに食べるのを見て、くすりと笑った。
「なに? どうしたのよ」亜矢は気になって訊(き)いてみた。
「いえ、ちょっとね。昔(むかし)の彼のことを思い出しただけなの。その人ね、メロンパンが大好きで、ほんとに美味しそうに食べるのよ」
「ええ? それって、あたしの知ってる人?」
「さあ…、どうだったかなぁ」早苗は懐(なつ)かしそうに、またくすりと笑った。
「何よ。昔のことなんだから、教えてくれたっていいじゃない」亜矢は疑(うたが)いの目で、「ほんとに付き合ってたの? 高校の頃、男のウワサなんかなかったじゃない」
「それは亜矢が知らないだけで…。でも、何で別れたのかなぁ…。とっても良い人だったのよ」
「はいはい。もういいわよ。どうせ、あたしは未(いま)だにシングルですよ」
「もうっ。ねえ、これも食べていいわよ」早苗はパンの袋を亜矢の鼻先(はなさき)へ持っていった。
<つぶやき>ふとしたことで昔の記憶(きおく)がよみがえる。懐かしくもあり、恥(は)ずかしくもある。
Copyright(C)2008- Yumenoya All Rights Reserved.文章等の引用と転載は厳禁です。