今回は少し遠出をしてのヘルシーウォーキングだった。小さな町で距離10キロ超のコースを設定するのは難しいようだ。今回の清水町のコースの半分が田舎道という設定でいささかフラストレーションが貯まった。何とかならないものだろうか?
※ コースマップです。右斜めの部分はひたすら農地の中を往くコースでした。
往復で350キロ、6時間をかけてわずか10数キロを歩くヘルシーウォーキングに参加してきた。(もっとも、今回はその後で隣町の新得町のいつでもウォークのコースも歩いてきたが)
そんなバカバカしいことをよくやるな、と揶揄するなかれ。私は大まじめに取り組んでいるつもりである。このヘルシーウォーキングに参加することでこれまで知らなかった北海道内の街の様子を知りたいという思いがある。加えて、衰えゆく体力にどれだけ抵抗できるかという自己への挑戦の意味もある。そんな思いで今年いっぱい取り組んでみたいと思っている。
※ 私がスタートしたのは午前8時。担当者などはまだいませんでした。
さて今回の清水町であるが、ご多分に漏れず過疎化が進展している町である。統計を見てみると1970年には16,000人台を数えていたが、現在は半数の8,000人台となっている。街はきれいな碁盤状を呈しているのだが、その街中を少しだけ通っただけで商店街に元気がないのが感じられた。対して少し郊外の街の人たちの住宅は立派な住宅が目立ったのは、士別市を歩いたときに感じたことと同様だった。
※ 駅前の通りです。寂しさが隠せません。
コースは清水駅をスタートして市内をあまり巡らず直ぐに郊外へと導かれた。JR根室本線を跨線橋で跨いだところの小高いところ「清水神社」が街中を見下ろすように建っていた。
※ 清水神社の本殿は小高い丘の上に建っていました。
続いて「清水高校」があった。「清水高校」は公立校でありながらアイスホッケー強豪校として知られている。校舎の前には全国高校大会の成績が誇らしく掲示されていた。
※ 正式名「北海道清水高等学校」の校舎です。
さらに郊外に導かれたところに池を中心とした「清水公園」が静かに佇んでいた。
※ 水を湛えた「清水公園」です。
ここからが大変だった。ひたすらひたすら田舎道だった。畑と牧草地以外には何も見えない道をひたすら歩くだけだった。距離にして軽く5キロは超えていただろう。
※ 「北の国から」の黒石五郎が今にも出てきそうな壊れかけた建物です。
※ このような道路が延々と続きました。
そして残り1キロくらいになってようやく街の中へ帰ってきた。街中には立派な街路樹を配した通りもあった。文化センターや郷土資料館もあったようだ。
※ 街中にはこのように街路樹が並ぶ美しい通りもありました。
清水町役場の壁にはテレビでも話題となった新一万円札に採用された「渋沢栄一ゆかりの地」ということで「祝 新一万円札発行渋沢栄一 ゆかりの地清水町」の垂れ幕が誇らしく掲げられていた。
※ 清水役場の壁には垂れ幕が誇らしく掲げられていました。
※ ゴールすると駅舎の前にはヘルシーウォーキングの旗が立てられていました。
特記できるのは以上である。
さて、ここで少しコース設定について私論を述べてみたい。JRヘルシーウォーキングのコース設定にはいつも感心していたのだが、今回は少し異論を唱えたい。
先に述べたように今回のコース設定は10キロ超のコースを作るために無理して田舎道(農道)に導いた気がしてしまう。
私はもっと街中を巡るようなコース設定ができなかったのかと思うのだ。碁盤状の街中をジグザクに巡るのもいい。あるいは何度か周回するようにしてもいい。
もっともっと清水町の街の中を見てみたかった。もちろんその一部に農業の街・清水町を紹介する農道も含まれてもいいと思うが、今回のようにコースの大半が田舎道(農道)というのはどうなのだろうか?参加者の一人として率直な思いを吐露させてもらった。
※ 「イベントウォーク」の場合は、要所要所にこのような案内があるので安心してウォーキングすることができます。一方、「いつでもウォーク」では地図読みが必須事項となります。
ただ、これで私がヘルシーウォーキングへの参加を取りやめるということではない。大半のコースは、私の興味を惹き付けるようなコース設定となっているのだから…。
◇ウォーク実施日 2024年6月15日(土)
◇歩いた距離 11 .5 km