最近、ボーダーツーリズム(国境観光)が静かなブームらしい。その先駆者たちが旧樺太の日ソ国境を訪れるサハリン観光について語った。ボーダー(国境線)はいわば人為的に引かれた線である。先駆者たちはそこを訪れることの意味を語った。
4月23日(土)午後、紀伊國屋インナーガーデンにおいて「北の国境トークショー 稚内~サハリン」というトークショーがあるのを知って駆け付けた。
狭いインナーガーデンは関心の高さをうかがえるように150名余りが駆け付けて会場いっぱいの盛況だった。
※ トークショーの開催を告知する掲示がされていた。
トークショー自体は、稚内在住で写真家の斉藤マサヨシ氏が、サハリン観光で撮り貯めた写真の写真展を紀伊國屋書店で開催された(4/23~29)ことを記念したものだった。
登壇したのは、当の斉藤マサヨシ氏と、朝日新聞編集委員で2度のサハリンツァーに同行し、そのことを朝日新聞にも寄稿した刀祢館(とねだち)正明氏、そしてコーディネーターとして北大スラブ・ユーラシア研の岩下明裕教授が務めた。
そもそもボーダーツーリズムを提唱したのは北大の岩下教授だと私は認識している。昨年2度にわたってサハリン観光を企画・実施したのも陰の仕掛け人は岩下教授だったようだ。その岩下教授が二人のゲストから話を引き出すといった役回りを演じたトークショーだった。
※ トークショーのコーディネーターを務めた岩下北大教授です。
斉藤氏は言う。サハリンには日本が80~90年前に建設した建物など建造物が、今なおたくさん残っていて、日本の技術力の高さを改めて知ることができた、という。それは現在も8ヵ所が残るパルプ工場跡、学校跡に遺された天皇の御真影と教育勅語が収められた保泰安殿、山岳地帯に造られたループ橋跡などに見られるらしい。
刀祢館氏は言う。サハリンは、ロシアの中に日本があるようだ、と…。サハリンを旅すると、そこはロシアなのだが、そこここに日本の建物が現存して、純然たる外国を旅するのとは違う気分を味わうことができるという。それはロシア側がそうした建造物を整理するだけの経済力がなかったという裏事情もあるようだが…。
※ パネラーを務めた斉藤マサヨシ氏(左側)と刀祢館正明氏(右側)です。
岩下氏は問うた。稚内を経由してサハリンへ行くことに意味について…。
そのことについて二人は、道北の地から稚内、そしてコルサコフ(サハリン南端の港)、サハリン北部へと旅することによって、景色がグラデーションのように変わっていく様を見ることができると異口同音に語っていた。航空機などで一気に飛んでしまう旅とはひと味もふた味も違う旅ができると強調された。それがボーダーツーリズムの魅力の一つであると語っているように受け取れた。
最後に、斉藤氏は、サハリンは行けばいくほど魅力的なところだと、サハリンの魅力を語った。
また、刀祢館氏は、サハリンは日本人にとって過去と現在と未来が見えるところと語った。その意味するところは、日本統治時代の遺物や墓に触れ、現代のサハリンを見、あるいは国境がいつまで同じところには位置しないという意味において、そうした言葉を発したようだ。
三人が語るサハリンはなかなか魅力的なようだ。そして今年のツアーも紹介された。
いつか行ってみたい地だとは思うが、今のところ私の目は別な方を見ている…。
4月23日(土)午後、紀伊國屋インナーガーデンにおいて「北の国境トークショー 稚内~サハリン」というトークショーがあるのを知って駆け付けた。
狭いインナーガーデンは関心の高さをうかがえるように150名余りが駆け付けて会場いっぱいの盛況だった。
※ トークショーの開催を告知する掲示がされていた。
トークショー自体は、稚内在住で写真家の斉藤マサヨシ氏が、サハリン観光で撮り貯めた写真の写真展を紀伊國屋書店で開催された(4/23~29)ことを記念したものだった。
登壇したのは、当の斉藤マサヨシ氏と、朝日新聞編集委員で2度のサハリンツァーに同行し、そのことを朝日新聞にも寄稿した刀祢館(とねだち)正明氏、そしてコーディネーターとして北大スラブ・ユーラシア研の岩下明裕教授が務めた。
そもそもボーダーツーリズムを提唱したのは北大の岩下教授だと私は認識している。昨年2度にわたってサハリン観光を企画・実施したのも陰の仕掛け人は岩下教授だったようだ。その岩下教授が二人のゲストから話を引き出すといった役回りを演じたトークショーだった。
※ トークショーのコーディネーターを務めた岩下北大教授です。
斉藤氏は言う。サハリンには日本が80~90年前に建設した建物など建造物が、今なおたくさん残っていて、日本の技術力の高さを改めて知ることができた、という。それは現在も8ヵ所が残るパルプ工場跡、学校跡に遺された天皇の御真影と教育勅語が収められた保泰安殿、山岳地帯に造られたループ橋跡などに見られるらしい。
刀祢館氏は言う。サハリンは、ロシアの中に日本があるようだ、と…。サハリンを旅すると、そこはロシアなのだが、そこここに日本の建物が現存して、純然たる外国を旅するのとは違う気分を味わうことができるという。それはロシア側がそうした建造物を整理するだけの経済力がなかったという裏事情もあるようだが…。
※ パネラーを務めた斉藤マサヨシ氏(左側)と刀祢館正明氏(右側)です。
岩下氏は問うた。稚内を経由してサハリンへ行くことに意味について…。
そのことについて二人は、道北の地から稚内、そしてコルサコフ(サハリン南端の港)、サハリン北部へと旅することによって、景色がグラデーションのように変わっていく様を見ることができると異口同音に語っていた。航空機などで一気に飛んでしまう旅とはひと味もふた味も違う旅ができると強調された。それがボーダーツーリズムの魅力の一つであると語っているように受け取れた。
最後に、斉藤氏は、サハリンは行けばいくほど魅力的なところだと、サハリンの魅力を語った。
また、刀祢館氏は、サハリンは日本人にとって過去と現在と未来が見えるところと語った。その意味するところは、日本統治時代の遺物や墓に触れ、現代のサハリンを見、あるいは国境がいつまで同じところには位置しないという意味において、そうした言葉を発したようだ。
三人が語るサハリンはなかなか魅力的なようだ。そして今年のツアーも紹介された。
いつか行ってみたい地だとは思うが、今のところ私の目は別な方を見ている…。