ヒトリシズカのつぶやき特論

起業家などの変革を目指す方々がどう汗をかいているかを時々リポートし、季節の移ろいも時々リポートします

博士課程修了後に創業した若手経営者にお目にかかりました

2010年11月18日 | 汗をかく実務者
 Transition State Technology(TST,山口県宇部市)は山口大学発ベンチャー企業です。2009年6月に創業したばかりの若い会社です。

 会社も若いのですが、代表取締役社長の山口徹さんも山口大学大学院博士課程を修了したばかりの20歳代の若手経営者です。博士課程の研究と同時に、博士課程の学生の時からTSTの創業準備を進めてきた方です。


 山口さんを含む役員2人と社員1人の合計3人の平均年齢は28歳と若い会社です。

 TSTの事業内容は一般の方にはかなり難解なものです。量子化学計算を基にして、新薬や新規化合物を化学合成する反応経路を予測するCAE(コンピュータ支援エンジニアリング)の受託事業を業務としています。同社は、この量子化学計算を「Computer Aided Synthesis」と名付けています。

 医薬品などの新薬を合成するやり方である化学合成経路はいくつもの候補経路が考えられます。可能性のある化学合成経路すべてを実験するには、手間ひまがかかり、時間と労力がかかる分だけ実験コストがかかります。これまでは、有機合成のベテラン専門家が経験と独自の勘で、候補の化学合成経路を選んで順番に実験し、最適な化学合成経路を見い出していました。この経験と勘による化学合成経路探しを、コンピューターによる理論計算で可能性を評価し、有力候補の経路を絞り込むことに代替することで、実験コストが大幅に低減できます。同社は、こうした量子化学計算の受託事業を事業化しています。

 量子化学計算の対象は、化学合成反応の遷移状態(Transition State)です。遷移状態を量子化学計算によって、そのエネルギーを3次元として表示し、最適な化学合成経路を求めます。このため、「遷移状態データベース」(Transition State Database=TSDB)を用意し、化学計算に用いています。この遷移状態データベースを用いて量子化学計算する仕組みは、山口さんの指導教授の堀憲次教授の研究開発成果です。遷移状態を意味する「Transition State」が社名の由来です。)

 堀さんは自分の研究成果を実際に使える化学計算ツールに育て上げるために、文部科学省傘下の科学技術振興機構(JST)が実施する独創的シーズ展開事業の大学発ベンチャー創出推進事業に応募し,平成19年度から21年度(2007年度から2009年度)に「ケミカルイノベーションを目指したin silico合成経路開発」テーマを推進し、事業化の可能性を追求しました。この事業は大学発ベンチャー企業を創業するものだったため、山口さんを経営者に据える事業プランの下に創業準備を進めてきました。その結果、2009年6月にTSTを創業しました。堀さんは最高技術顧問に就任しました。

 同社の量子化学計算の受託事業の成果としては、あるユーザー企業から頼まれたフォトレジスト用樹脂改質剤として「アダマンタン誘導体」の化学合成経路として、収率(歩留まりのようなもの)を95%から99%に改善し、副生成物のできる割合を4.4%から0.4%に減らしたため、製造原価を約半分に改善できたそうです。また、パラジウム錯体の触媒反応を解明し、触媒の最適設計に効果を上げたそうです。

 従来のように、経験と勘による力まかせの化学合成実験に頼るのではなく、量子化学計算によって化学合成経路の有力候補を絞ることで、実験コストの大幅削減を達成するのが受託事業の中身です。これまでの大学院の研究成果に終わらせるのではなく、大学発ベンチャー企業として事業化することで、大学としての社会貢献を果たしたいという意志が、同社を前に突き動かしているといえます。若者が新事業起こしに励み、新産業を振興する契機になってほしいと思っています。

 山口さんは博士課程修了後にそのまま起業し、同社の代表取締役社長に就任しました。受託事業のユーザー企業との交渉では、「社会人経験の少なさを感じる時もある」と正直にいいますが、その経験の少なさを熱意でカバーし、社会人としての経験をすごい早さで習得しつつあると感じました。