報恩坊の怪しい偽作家!

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“大魔道師の弟子” 「名実共に避難列車となった999D列車」

2020-06-08 14:39:29 | ユタと愉快な仲間たちシリーズ
[5月9日19:00.冥界鉄道公社999D列車4号車内 視点:稲生勇太]

 ホームで買い物などを済ませ、稲生達は車掌長の改札を受けて列車に乗り込んだ。
 9両編成という、かなり長い編成で唯一のグリーン車である。
 クリーム色に赤い塗装の入った、いわゆる『国鉄色』と呼ばれる塗装をしたキハ58系という気動車列車だった。
 ただ、鉄ヲタの稲生から見れば、かなり適当な編成のように見えた。
 寒冷地仕様のタイプもあれば、暖地仕様のキハ65系(乗降ドアが折り戸タイプでトイレ無し)も連結されており、しかも後ろ2両は普通列車用のキハ48系が2両連結されていた。
 元々は7両で運転するつもりなのが、乗客の急増に伴い、急きょキハ48系を増結したようである。
 その証拠に、キハ58系やキハ65系には号車番号が表示されているのに、キハ48系には『増1』『増2』という表示がしてあった。
 急行料金を取られて普通列車用の車両に乗せられるのは何ともはやといった感じだが、昔はこのようなパターンがよく見られたという。
 もちろん、その逆パターンならつい最近まであった(今も通勤ライナーなどで見受けられる)。
 で、グリーン車はガラガラなのに普通車はどこも満席であった。
 満席どころか、立ち客も出ているほどである。
 キハ48系2両だけでも増結して正解だろう。

 稲生:「普通車はどの車両も混んでますよ」
 イリーナ:「珍しいわね。人間界からこっちに来る列車にあっては、時たまそういうこともあるのよ。例えば災害や戦争などで、多くの人が亡くなった時とかね」
 マリア:「人間界で死んで、ここでも死んだらどうなるんですか?」
 イリーナ:「あー……そういえば考えたこともなかったわ。別の地獄界に行くのかしらね。後で調べておくわ」
 マリア:「まあ、ちょっと気になっただけなんで」

 キハ58系やキハ65系は急行形なので少し広めの4人用ボックスシート、キハ48系は普通列車用なので狭い4人用ボックスシートと2人用ボックスシート、そしてロングシートである。
 グリーン車は広いリクライニングシートだった。
 特急用と遜色無く、一気に深く倒れる古式ゆかしいリクライニングシート(いわゆる、『バッタンコシート』。その名の通り、バッタンコと倒れることから)であった。
 他にもスーツ姿の男性客や女性客など、グリーン車の乗客に相応しい身なりの良い乗客達を数人見かけた。
 で、グリーン車であるものの、窓は開く。

〔「1番線から、冥界鉄道公社による特別臨時急行列車が発車致します。この次の快速、インフェルノタウン行きはこの後参ります。黄色い線まで、お下がりください」〕

 プシューというエアの音がして、ドアが閉まる音が聞こえて来た。
 昔の車両なだけに、ドアの閉まり具合もバタンと勢い良く閉まる、いわゆる『ギロチンドア』である。
 そして、列車は屋根からディーゼルエンジンの排気ガスを吹かしながら発車した。

 稲生:「やっと帰れますねぇ」

 稲生は弁当に箸を付けた。

 稲生:「人間界はどこに着くんでしょう?」
 イリーナ:「なるべく屋敷の近くの駅で降りられるようにしてもらったからね」
 稲生:「大糸線はかつては非電化路線でしたし、今でも南小谷~糸魚川間は非電化路線ですから、大糸線のどこかで降ろしてくれるといいですねぇ……」

 もちろん、理想は白馬駅である。

 稲生:「もしかしてこの列車、全部の車両が長野まで行くわけじゃないんでしょうね」
 イリーナ:「切り離して、他の地方に向かう列車もあるみたいよ」
 稲生:「なるほど。いわゆる、『多層建て列車』ってヤツですね。確かにそれなら、こういうキハ58系は打ってつけです」

 稲生達がそんな話をしている時だった。

 男性客:「おい、あそこ、何か煙が出てるぞ?」
 女性客:「あっち、爆発した!」

 グリーン車に乗車している別の乗客達が窓の外を指さした。
 最初は火事か何かだろうと思った稲生だったが、線路のすぐ近くにあった家が突然爆発するのを見た。

 稲生:「え?え?え?どうなってるの!?」
 イリーナ:「列車の外から何か聞こえてくるわ」

 臨時急行列車は1番街駅を出ると、基本的にもう途中駅には止まらない。
 日本で言えば新宿駅に当たるインフェルノタウン駅でさえ、通過するのである。
 冥鉄列車は臨時列車というよりは、団体列車に近いと言える。

〔「こちらはアルカディアシティ危機対策本部です。本日19時ちょうどを持ちまして、我が国アルカディア王国に対し、ミッドガード共和国より宣戦布告が出されました。これは正式布告です。現在、ミッドガード共和国の工作員による爆弾破壊活動が行われております。市民の皆様は……」〕

 稲生:「マジか!?」
 マリア:「運転中止になる!?」

 だが、アルカディアメトロ中央線の通勤電車は軒並み途中駅に待避しているのに対し、冥鉄列車は時速60キロくらいで運転し続けている。
 上空を見ると、アルカディア王国国防軍の物と思われる飛空艇団が編隊を組んで飛んでいた。

〔「こちらはアルカディアシティ危機対策本部です。只今、市内全域において、戒厳令が発令されました。市民の皆様は、速やかに御自宅または近くの建物や駅などの公共施設に待避してください。現在、ミッドガード共和国空軍の大編隊が我が国に向かって来ているとの情報が入っております。市内空爆の恐れがあります。市民の皆様は……」〕

 男性客A:「おい、この列車は止まらないのか!?」
 女性客:「避難しなくていいの!?」
 車掌長:「大丈夫です。運行本部の見立てでは、市内が空爆される前に当列車はインフェルノタウン駅を通過し、亜空間トンネルへと入る予定です。トンネルの中に入ってしまえば、もう安全です。どうか落ち着いてください」
 男性客B:「しかし万が一、爆発に巻き込まれたりしたらどうする!?」

 稲生は開けていた窓を閉めた。

 マリア:「せっかく幕の内弁当は美味しいのに、不味くなる状況だよ」
 稲生:「梅干し食べてみたら、スッキリするかもしれないよ?」
 マリア:「本当?」

 マリアは御飯の上に乗っている梅干しを口の中に入れた。

 マリア:「Nnnnnnnn!」
 イリーナ:「冥鉄は独自の運行体制を取っているから、直接攻撃でもされない限り、運行を続けるでしょうね」
 稲生:「第二種鉄道事業者なのに……」

 通過駅であるインフェルノタウン駅は大混乱していた。
 通過線以外の各ホームには電車が緊急停止している。
 そこを冥鉄列車が警笛を何度も鳴らして通過していく。
 本当にアルカディアメトロの運行管理は受けないつもりであるようだ。
 何しろ、冥鉄列車は『自動運転』である。
 目に見える乗務員は車掌や食堂車があればそこの従業員、そして車内販売があればその販売員だけであり、運転士の姿は見えない。

 イリーナ:「駅を通過すれば大丈夫よ。あとはもうトンネルに入るだけ」
 稲生:「は、はい!」

 すぐ近くで爆発が起きた。
 どうやら待避中の電車内に爆弾が仕掛けられていたようだ。
 駅を時速45キロに落として通過した列車は、アイドリング音をがなり立てて速度を上げた。
 キハ58系の最高速度は95キロ。

 だが、この列車もまた敵国からの攻撃対象になっているようだ。

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