報恩坊の怪しい偽作家!

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“大魔道師の弟子” 「キハ58系キロ28形」

2020-06-07 23:02:39 | ユタと愉快な仲間たちシリーズ
[5月9日18:00.アルカディアシティ1番街 1番街駅Luxury Area→中央線ホーム]

 人間界行きの冥鉄列車が運転されるまで、数時間ほどあった。
 グリーン車のキップを手にした稲生達は、専用のラウンジで寛ぐことにした。
 もうこの魔界でやることは無くなった上、ヘタに外を出歩いてトラブルに巻き込まれたくなかったからである。
 専用ラウンジは1等車や2等車(グリーン車)の旅客しか利用できない空間となっている。
 ラウンジの中には、これまで冥鉄列車として運転されたことのある電車・列車の写真がパネル展示されていた。
 今時グリーン車より上の1等車なんてあるのかと思うが、そこは幽霊列車を運行する鉄道会社。
 カタカナ表記で言えば、『イ』となる展望車や寝台車などを連結した客車列車が運転されることもあるようだ。
 そして極めつけは、外国製の列車。
 人間界でも欧米へ向かう列車も運転されるようである。
 今回は明らかに日本へ向けての列車が出発されるので、使用車両も旧国鉄またはJRの車両であろう。
 その為、アルカディアメトロ中央線だけは標準軌と狭軌が同居して3線軌道になっている。

 マリア:「ふう……さっぱりした」

 ラウンジにはシャワールームもあって、マリアはシャワーを浴びて来た。
 他にもドリンクやスイーツが食べ放題とか。

 係員:「失礼します。夕食のお弁当の注文をお伺いします」

 魔界高速電鉄の職員とは違う制服を着た職員がやってくる。
 幽霊列車の運行に携わっているだけに、その容貌については、肌が青白い。
 職員自体もまた幽霊であることが多いからだ。
 魔界高速電鉄の職員がどちらかというと旧国鉄の制服に近いデザインなのに対し、冥界鉄道公社の職員の制服は更にそのもっと前の鉄道省の職員かと思うような詰襟の制服である。

 稲生:「お弁当?食堂車は無いの?」
 係員:「申し訳ありません。今度の列車には食堂車は連結されておりませんので、グリーン車をご利用のお客様に限り、お弁当の手配サービスを行っております」
 稲生:「どういうのがあるの?」
 係員:「こちらです」

 係員がメニューを開く。
 今時珍しい食堂車を連結し、幽霊列車とはいえ、ちゃんとした食事を提供してくれていただけに、稲生はそれを楽しみにしていた。
 だが、今回は運悪く食堂車無しの列車に当たってしまったようである。

 稲生:「駅弁も旅の楽しみではあるけれど、これだけならJRと変わらないからなぁ……」
 イリーナ:「ボヤかないの。この列車に乗りたくても乗れない人達が、駅の外で怒号を挙げているのよ?」
 マリア:「その中にでも、特に選ばしビジネスクラスの乗客だ。ここは1つ、駅弁でも食べようよ」
 稲生:「マリア……さんがそう言うなら」

 欧米人にとっては、食堂車よりも駅弁の方が珍しいだけなのだが。
 それも、日本のように駅弁が1つの食文化として成り立ってる国は他に類を見ない。
 とはいうものの……。

 稲生:「佃煮弁当に幕の内弁当……。ああ、確かに昔の……国鉄時代の駅弁って感じ。……」
 イリーナ:「“峠の釜めし”?“いかめし”?“かにめし”?」
 稲生:「えーと……」

 稲生が各メニューについて説明した。
 説明しながら思った。

 稲生:(もしかして、この駅弁の売っている場所柄、キハで運転されるんじゃ……?)

 稲生とマリアは幕の内弁当、イリーナは“かにめし”を注文した。

 稲生:「食堂車があればなぁ……」
 イリーナ:「いずれシベリア鉄道の“ロシア”号に乗せてあげるから、そこで食堂車を堪能できるわよ」
 マリア:「毎食ボルシチ食べさせられるイメージなんですけど?」
 イリーナ:「ボルシチも美味しいわよー?勇太君は食べたことある?」
 稲生:「この前、ウラジオストク行った時に食べましたよ」
 イリーナ:「あー、そうだったわね」
 マリア:「微妙な味でしたけどね。ね?勇太」
 稲生:「ぼ、僕の口からは何とも……」

 感想をハッキリ言うイギリス人のマリア。
 悪い感想はお茶を濁す日本人の稲生。

 それから30分ほどが経ち……。

 係員:「お待たせ致しました。列車が入線致しましたので、ホームまでご案内致します」
 稲生:「列車が入線してくるところ、見たかったなぁ……」
 イリーナ:「ねえ、注文したお弁当は?」
 係員:「乗車時にキップと引き換えにお渡しします」

 コンコースに行くと、普通車の乗客が列を作って、改札が始まるのを今か今かと待っていた。
 旅客機の優等旅客に対する優先搭乗と同じく、こちらもグリーン車の乗客に対する優先乗車権が与えられているらしい。
 階段を上ってホームに上がる前から、ディーゼルエンジンのアイドリング音が聞こえて来た。

 稲生:「やっぱりキハだ!……いや、僕達が乗るのはキロか……」

 ホームに上がると、クリーム色に赤い塗装をした気動車が停車していた。

 稲生:「これはキハ58系だ。…うん、確かに食堂車の無いヤツだ」

 編成はよく分からなかったが、短編成というわけではなかった。
 パッと見、10両前後はあった。
 そのうちの中間部分に1両、グリーン車が連結されていた。
 窓から車内を見てみると、ちゃんとリクライニングシートが並んでいる。
 ドアが開いて、車掌が降りて来た。
 グリーン車に乗務しているのだから車掌長なのだろうが、こちらはブレザー型の制服である。
 但し、夏用の白い制服だ。

 車掌長:「ご乗車前にキップをもらいます。車外には出られなくなりますが、準備の方はよろしいでしょうか?」

 1:はい。
 2:いいえ。

 稲生:「まだ発車まで時間がありますか?」
 車掌長:「19時ちょうどの発車です」
 稲生:「では……」
 マリア:「勇太?」
 稲生:「注文できたのはお弁当だけです。飲み物も買って来た方がいいでしょう」
 マリア:「なるほど」
 勇太:「それと……。いくらグリーン車とはいえ、古い車両です。トイレは恐らく和式でしょう。トイレも済ませておいた方がいいかもしれませんね?」

 いくら旧国鉄形式とはいえ、特急形のキハ181系やキハ183系辺りであれば、グリーン車なら洋式だったかもしれない。
 しかし急行形だと、ジョイフルトレイン改造車でもなければ和式であったはずだ。

 マリア:「そうか。じゃあ、そうしよう」
 イリーナ:「私は先に乗ってるわ。勇太君は飲み物をお願いね。できればワイン」
 稲生:「多分、アルコールは売ってないと思いますよ」
 車掌長:「車内販売はありますよ」
 稲生:「えっ、そうなんですか!?」

 しかし一応、稲生は飲み物をホームの自販機で購入することにした。

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