[8月23日17:00.天候:晴 宮城県仙台市青葉区・東北工科大学・南里志郎記念館 1号機のエミリー]
広い大学の敷地内にある南里志郎記念館。
世界的なロボット研究者として、平賀達がその功績を顕彰しようと設立した施設である。
但し、建物自体は新設ではなく、放置されていた旧研究棟を再利用して改築された。
だから建物は古く、ゴシックな造りということもあってか、大学のサークルの1つである演劇部や映研がよくホラーの題材に使うことが多い。
近隣の美大の学生や写真部も、そのゴシックさにスケッチや撮影に来ることが多い。
管理者は平賀太一だが、多忙さからか毎日の一般公開は行っていない。
それでも毎日17時になると、南里が存命だった頃の名残で、館内にあるピアノを弾くのが日課となっている。
弾く曲は日によってランダムだが、自身の電気信号を曲の旋律に乗せた“人形裁判”だけは欠かさない。
「今日のエミリーさんは、テンション高いのかな?」
近くを歩いていた学生は、エミリーのピアノを聴きながらそう呟いた。
今日は楽曲の中に、初音ミクの“千本桜”がアップテンポで弾かれていたからである。
[同日同時刻 東京都内の映画スタジオ 敷島孝夫、3号機のシンディ、鏡音リン・レン]
「今頃、姉さんがピアノを弾いている頃ね」
と、シンディ。
「お前はフルートでも吹かないのか?」
敷島が突っ込んだ。
「だって、そういう設定無いし」
シンディは肩を竦めた。
「アタシはこうして働いてるけど、姉さんは悠悠自適の生活だからね」
「年寄りみたいなこと言うなよ」
敷島は苦笑いした。
「じゃあ、次のシーン行くよー!」
映画監督がメガホンを取る。
「5、4、3、2……」
主人公役の男性俳優が傷ついた体で(もちろんメイク)、銃を持ち、古い洋館の中を走り回る。
と、そこへ窓ガラスをブチ破り、
「見ィつけたぁ〜♪きゃははははは!」
中国雑技団のようなメイク、衣装を来て、両手に抱えるほどの大きな鋏を持ったリンが狂った笑いをして主人公を追い掛け回す。
「うわっ!く、来るな!来るなっ!」
主人公がリンに向かって発砲するが、手持ちの鋏に弾かれる。
で、そのうち、弾切れを起こす。
「ジョッキンジョッキンしたげるー!」
壁際に追い詰められた主人公、ついにリンの大きな鋏に……。
「うわっ!うわっ!わあああああああぁっ!!」
「はい、カット!……OK!いい演技だったよ!お疲れさん!」
「おっ、一発OKか。さすがリンだな」
敷島は得意げ。
「俺の調整も褒めてもらいたいものだ」
チラッと監督を見るが、監督は次のシーンの撮影のことで頭が一杯で、とてもそれどころではない。
「ちぇっ……」
「社長、社長!リンの演技どうだったー!?」
リンが駆け寄って来る。
「ああ、まるで本物のシザーガールだと思ったよ」
「ジョキジョキ♪」
敷島に褒められて、リンは嬉しそうにニッと笑うと、小道具の鋏を動かした。
もっとも、実際は刃が丸くなっていて、切れないようになっている。
「次はレンの撮影だな。それで今日の撮影は終わりかな?」
「ええ、そうね」
レンはレンで、大ボスキャラ“シザー兄妹”の兄役としてスタンバイしていた。
実際は双子の姉弟の2人だが、撮影中の映画ではそれが入れ替わって、レンが兄、リンが妹という設定である。
「映画の撮影があるから、仙台のイベントには参加できないんだよなぁ……あの2人」
「まあ、その代わり、7月には参加したからね。別にいいんじゃない」
「まあな」
2時間後……。
「八つ裂き楽しー!」
「あーっはっはっはっはっ!」
「はい、カットー!」
狂楽殺人者兄妹の役をやった双子の、今日の撮影は終わった。
「お疲れさまでした!」
もちろん勧善懲悪の内容なので、この大ボス兄妹は後にもう1人の主人公達とボスバトルを繰り広げ、洋館内の仕掛けを駆使して戦う主人公達に負けて死ぬわけであるが。
「じゃあ、着替えて事務所に戻ろうか」
「はーい!」
「はい!」
顔は道化師のようなメイクをしているので、そのメイクを落とすのも大変だ。
敷島はレンについている。
「体中、熱いです」
「氷があるからそれでちゃんと冷やすんだぞ」
「はい」
衣装を脱いで上半身裸になると、氷嚢を頭や胸に当てる。
「うわっ、冷たい!」
しかし、その氷嚢から湯気が出るほどに、レンの体は撮影の演技で火照っていた。
「悪役とはいえ第4章の大ボスとしてパンフレットにも掲載されるし、何より、映画のテーマソング……まあ、挿入歌だけど、それを歌う機会も取れたんだ。凄いことだよ」
「はい、ありがとうございます」
レンが体を冷やした後、いつもの服に着替えていると、敷島は電話を掛けた。
「……ああ、もしもし。KAITOか。そっちもテレビの収録終わった?……そうか。俺達も今日の分は終わったから、これから戻るよ。他の皆は、まだかな?……今日はMEIKOが1番遅いんだっけか。一海は今、整備中だからしょうがないな。悪いけど、俺達が戻るまで待っててくれる?……ああ。よろしく」
電話を切った。
敷島が電話している最中、レンがいつもの服に着替えたが、まだ髪をまとめていないので、それだけ見たらリンと間違える。
レンが髪を後ろで短く纏めているのが特徴なのに対し、リンは頭に大きな白いリボンの付いたヘッドセットを付けて見分けをつけている。
帰りの車、敷島が運転し、シンディが助手席に座る。
リアシートにはリンとレンが座っているが、
「2人とも、寝てるよ」
シンディがチラッと後ろを見て言った。
「激しい動きをする役だからな」
全速力で正義の味方を追い掛け回したり、主人公達の発砲をアクロバット・ジャンプで全てかわすシーンがあったりする。
リンとレンが大ボスを務める章だけ、中ボスもこの2人が兼任するので、とてもハードな立ち回りが要求される。
リンとレンがオーディションに合格したのも、人間の俳優ではなかなか成り手がいないというのもあっただろう。
もちろん疲れを知らぬロイドであるが、バッテリーの消耗は激しく、充電済みのバッテリーパックを何個か持って行かなければならなかった。
バッテリーが残り少なくなると、消耗を防ぐ為、スリープ・モードに入りやすくなる。
で、正に今、リンとレンがその状態というわけだ。
仲良く手まで繋いでいる。
「仙台のイベントの時はミクとMEIKO用に、ボカロ用のバッテリーパック持って行かないとダメだな」
「規格がマルチタイプと合わないなんてねぇ……」
「で、そのマルチタイプも新旧で違うという頗る統一性の無さだよ」
アルエットは燃料電池と兼用であるため。
「あ、そうそう。MEGAbyteのことなんだけど……」
「ん?」
「Lilyの様子がちょっとおかしいから、話聞いてあげたら?」
「井辺君には話していないのかな?」
「社長からも聞いてあげたら?」
「ふぅむ……」
広い大学の敷地内にある南里志郎記念館。
世界的なロボット研究者として、平賀達がその功績を顕彰しようと設立した施設である。
但し、建物自体は新設ではなく、放置されていた旧研究棟を再利用して改築された。
だから建物は古く、ゴシックな造りということもあってか、大学のサークルの1つである演劇部や映研がよくホラーの題材に使うことが多い。
近隣の美大の学生や写真部も、そのゴシックさにスケッチや撮影に来ることが多い。
管理者は平賀太一だが、多忙さからか毎日の一般公開は行っていない。
それでも毎日17時になると、南里が存命だった頃の名残で、館内にあるピアノを弾くのが日課となっている。
弾く曲は日によってランダムだが、自身の電気信号を曲の旋律に乗せた“人形裁判”だけは欠かさない。
「今日のエミリーさんは、テンション高いのかな?」
近くを歩いていた学生は、エミリーのピアノを聴きながらそう呟いた。
今日は楽曲の中に、初音ミクの“千本桜”がアップテンポで弾かれていたからである。
[同日同時刻 東京都内の映画スタジオ 敷島孝夫、3号機のシンディ、鏡音リン・レン]
「今頃、姉さんがピアノを弾いている頃ね」
と、シンディ。
「お前はフルートでも吹かないのか?」
敷島が突っ込んだ。
「だって、そういう設定無いし」
シンディは肩を竦めた。
「アタシはこうして働いてるけど、姉さんは悠悠自適の生活だからね」
「年寄りみたいなこと言うなよ」
敷島は苦笑いした。
「じゃあ、次のシーン行くよー!」
映画監督がメガホンを取る。
「5、4、3、2……」
主人公役の男性俳優が傷ついた体で(もちろんメイク)、銃を持ち、古い洋館の中を走り回る。
と、そこへ窓ガラスをブチ破り、
「見ィつけたぁ〜♪きゃははははは!」
中国雑技団のようなメイク、衣装を来て、両手に抱えるほどの大きな鋏を持ったリンが狂った笑いをして主人公を追い掛け回す。
「うわっ!く、来るな!来るなっ!」
主人公がリンに向かって発砲するが、手持ちの鋏に弾かれる。
で、そのうち、弾切れを起こす。
「ジョッキンジョッキンしたげるー!」
壁際に追い詰められた主人公、ついにリンの大きな鋏に……。
「うわっ!うわっ!わあああああああぁっ!!」
「はい、カット!……OK!いい演技だったよ!お疲れさん!」
「おっ、一発OKか。さすがリンだな」
敷島は得意げ。
「俺の調整も褒めてもらいたいものだ」
チラッと監督を見るが、監督は次のシーンの撮影のことで頭が一杯で、とてもそれどころではない。
「ちぇっ……」
「社長、社長!リンの演技どうだったー!?」
リンが駆け寄って来る。
「ああ、まるで本物のシザーガールだと思ったよ」
「ジョキジョキ♪」
敷島に褒められて、リンは嬉しそうにニッと笑うと、小道具の鋏を動かした。
もっとも、実際は刃が丸くなっていて、切れないようになっている。
「次はレンの撮影だな。それで今日の撮影は終わりかな?」
「ええ、そうね」
レンはレンで、大ボスキャラ“シザー兄妹”の兄役としてスタンバイしていた。
実際は双子の姉弟の2人だが、撮影中の映画ではそれが入れ替わって、レンが兄、リンが妹という設定である。
「映画の撮影があるから、仙台のイベントには参加できないんだよなぁ……あの2人」
「まあ、その代わり、7月には参加したからね。別にいいんじゃない」
「まあな」
2時間後……。
「八つ裂き楽しー!」
「あーっはっはっはっはっ!」
「はい、カットー!」
狂楽殺人者兄妹の役をやった双子の、今日の撮影は終わった。
「お疲れさまでした!」
もちろん勧善懲悪の内容なので、この大ボス兄妹は後にもう1人の主人公達とボスバトルを繰り広げ、洋館内の仕掛けを駆使して戦う主人公達に負けて死ぬわけであるが。
「じゃあ、着替えて事務所に戻ろうか」
「はーい!」
「はい!」
顔は道化師のようなメイクをしているので、そのメイクを落とすのも大変だ。
敷島はレンについている。
「体中、熱いです」
「氷があるからそれでちゃんと冷やすんだぞ」
「はい」
衣装を脱いで上半身裸になると、氷嚢を頭や胸に当てる。
「うわっ、冷たい!」
しかし、その氷嚢から湯気が出るほどに、レンの体は撮影の演技で火照っていた。
「悪役とはいえ第4章の大ボスとしてパンフレットにも掲載されるし、何より、映画のテーマソング……まあ、挿入歌だけど、それを歌う機会も取れたんだ。凄いことだよ」
「はい、ありがとうございます」
レンが体を冷やした後、いつもの服に着替えていると、敷島は電話を掛けた。
「……ああ、もしもし。KAITOか。そっちもテレビの収録終わった?……そうか。俺達も今日の分は終わったから、これから戻るよ。他の皆は、まだかな?……今日はMEIKOが1番遅いんだっけか。一海は今、整備中だからしょうがないな。悪いけど、俺達が戻るまで待っててくれる?……ああ。よろしく」
電話を切った。
敷島が電話している最中、レンがいつもの服に着替えたが、まだ髪をまとめていないので、それだけ見たらリンと間違える。
レンが髪を後ろで短く纏めているのが特徴なのに対し、リンは頭に大きな白いリボンの付いたヘッドセットを付けて見分けをつけている。
帰りの車、敷島が運転し、シンディが助手席に座る。
リアシートにはリンとレンが座っているが、
「2人とも、寝てるよ」
シンディがチラッと後ろを見て言った。
「激しい動きをする役だからな」
全速力で正義の味方を追い掛け回したり、主人公達の発砲をアクロバット・ジャンプで全てかわすシーンがあったりする。
リンとレンが大ボスを務める章だけ、中ボスもこの2人が兼任するので、とてもハードな立ち回りが要求される。
リンとレンがオーディションに合格したのも、人間の俳優ではなかなか成り手がいないというのもあっただろう。
もちろん疲れを知らぬロイドであるが、バッテリーの消耗は激しく、充電済みのバッテリーパックを何個か持って行かなければならなかった。
バッテリーが残り少なくなると、消耗を防ぐ為、スリープ・モードに入りやすくなる。
で、正に今、リンとレンがその状態というわけだ。
仲良く手まで繋いでいる。
「仙台のイベントの時はミクとMEIKO用に、ボカロ用のバッテリーパック持って行かないとダメだな」
「規格がマルチタイプと合わないなんてねぇ……」
「で、そのマルチタイプも新旧で違うという頗る統一性の無さだよ」
アルエットは燃料電池と兼用であるため。
「あ、そうそう。MEGAbyteのことなんだけど……」
「ん?」
「Lilyの様子がちょっとおかしいから、話聞いてあげたら?」
「井辺君には話していないのかな?」
「社長からも聞いてあげたら?」
「ふぅむ……」