[8月7日14:42.天候:曇 JR八王子駅 敷島孝夫、1号機のエミリー、8号機のアルエット]
八王子駅でも端っこのホームに、たった4両の電車が到着する。
〔はちおうじ、八王子。本日もJR東日本をご利用くださいまして、ありがとうございました。お忘れ物の無いよう、ご注意ください〕
4両でもそれなりに乗客は乗っていたか、どっと降りて来る。
その中で敷島達が降りて来たのは後の方。
ドアの脇、仕切り板の横という特等席に座っておいて、降りて来るのが遅かったそのワケは?
「腰が痛ェ……」
1時間を超える乗車時間、205系という旧型車両は同じ八高線を走る209系よりも座席が柔らかいはずだが、それでも腰をトントン叩きながら降りて来た敷島だった。
「少し・電気ショックで・お直し・致しますか?」
手を貸していたエミリーが無表情で言った。
「あっと!急に痛みが引いた!いやー、残念だったなぁ……」
「それは・何より・です」
階段を登って改札口に向かう。
身軽なアルエットがトントンと先に登って行くが、
「アルエット。スカート・気をつけて」
「は、はい!」
長姉に言われて、アルエットは制服風のスカートの裾を押さえた。
「ロイドだから、別に気にする必要無いと思うがなぁ?ミクなんてライブ中、パンチラのオンパレードだぜ?」
敷島が言うと、エミリーは首を横に振った。
「ロイドで・あっても・一定の・品性は・必要です」
「そうか?」
「マルチタイプは・アイドルでは・ありません。だから・尚更・です」
「分かった分かった。でも、グラビアアイドルとして売り出したいんだが?」
「用途外・です」
体よく断られた敷島だった。
シンディに次いで、2機目である。
八王子駅の外に出てレンタカーを借りに行くまでの間、敷島は途中での出来事を思い出していた。
それは敷島達の電車が川越線と八高線の分岐駅、高麗川(こまがわ)駅に止まった時のことである。
この駅で9分の停車時間があったので、敷島はケータイの着信履歴を確認した。
さいたまに残してきたアリスから着信があり、掛け直してみると、頭部を中心とした上半身だけでも修理が一段落したシンディがレイチェルから聞き出した情報を教えてくれた。
最大の驚愕事は、十条達夫を殺したのはレイチェルではなかったこと。
頭を撃ち抜いたのは……かつて、エミリーと歳の差カップルということで財団があった頃は有名になっていた執事ロボットのキール・ブルーであった。
今のキールには光線銃が装備されている。
それで敷島の芸能事務所を襲撃したこともある。
朴訥な執事である所がエミリーの感情レイヤーを動かしたようであるが、今ではすっかり暗殺ロイドに成り果ててしまっていた。
とてもエミリーには言えない。
エミリーの“春”は終わったも同然であるが、そこへ更に追い打ちを掛けることはかわいそうだと思ったのである。
レンタカーを借りて、敷島達は十条達夫の家に向かった。
[同日15:30.天候:雷雨 神奈川県相模原市緑区(旧・津久井郡藤野町) 十条達夫の家 敷島、エミリー、アルエット]
十条達夫の家、外観は洋館風。
元は世界的なマッドサイエンティストとして科学界は元より、世界中の人々にロボット・テロリズムの恐怖を蔓延させた張本人であるウィリアム・フォレスト(通称、ドクター・ウィリー)が、日本国内におけるアジトとして設置したもの。
新築として建てたのか、既に建っていたものを買い取ったのかまでは分からない。
どういう経緯だか、それを十条達夫が買い取って改築した。
日本人である達夫が住みやすいように、和室に変えられた部屋もある。
アルエットはリア・シートに座り、落雷に怯えながらエミリーの胸の中で震えていた。
そんな従妹機の頭を撫でてやりながら、
「大丈夫。心配無い。ここに・いれば・落雷の・恐れは・低い」
と、勇気づけるように言った。
新旧問わず、落雷のダメージは強大だ。
雷注意報が発令された時は、超小型ジェットエンジンによる飛行は禁止されている。
警報に変わった際は、なるべく外へ出ない。
「よし。着いたぞ。降りてくれ。……ああ、アルエットは濡れないように、ちゃんと傘差してな」
「は、はい」
車から降りる時、また雷が鳴ったので、アルエットは急いで家の玄関まで向かった。
敷島も足早に傘を差して玄関へ向かう。
エミリーだけが傘を差さず、濡れることも厭わず、周囲を警戒しながら玄関に向かった。
「特に・不審なモノは・ありません」
「よーし」
敷島は玄関の鍵を取り出した。
もちろん勝手に持って来たものではない。
「ちゃんと御遺族の方や警察からは許可をもらっている」
そう言うと、それで玄関のドアを解錠し、家の中に入った。
家の中は照明が点いておらず、薄暗い。
まだ明るい時間帯なのだが、外の天候が悪いため、どうしても薄暗ささが否めない。
「ちょっと待て。どこかにブレーカーがあるはずだ。照明の点灯も、一応許可は出ているからな。探してくれ」
「かしこまりました。アルエット・お前・この家の・マップが・データにある・はずだ。ブレーカーは・どこだ?」
「はい。浴室、脱衣所の中です。こっちです」
アメリカ人が使用していた洋館風の建物とはいえ、今では改築されて、土足厳禁になっている。
シンディは重量オーバーで上がるのを拒否られた家であるが、シンディよりは数十キロ軽量化されているエミリーは大丈夫のようだ。
少し広めの浴室に行き、その手前の脱衣所に入ると、天井付近にブレーカーがあった。
身長175cmのエミリーが手を伸ばして、OFFになっていたブレーカーをONにした。
「おっ、電気点いた」
試しに敷島が脱衣所内のスイッチを押すと、ガラス製のカバーに包まれた白い蛍光灯が点灯した。
「よし、これで明るさで探索に苦労することはないだろう。警察から返却されたという遺品は、御遺族の話によると、例の仏間に全て置いたままにしているそうだ。行ってみよう」
「はい」
家のマップが完全に頭の中にあるアルエットが率先して、敷島達を案内した。
さっきまで落雷に怯えていたのだが、家の中ではその心配が無いということで、本来の明るさを取り戻したか。
八王子駅でも端っこのホームに、たった4両の電車が到着する。
〔はちおうじ、八王子。本日もJR東日本をご利用くださいまして、ありがとうございました。お忘れ物の無いよう、ご注意ください〕
4両でもそれなりに乗客は乗っていたか、どっと降りて来る。
その中で敷島達が降りて来たのは後の方。
ドアの脇、仕切り板の横という特等席に座っておいて、降りて来るのが遅かったそのワケは?
「腰が痛ェ……」
1時間を超える乗車時間、205系という旧型車両は同じ八高線を走る209系よりも座席が柔らかいはずだが、それでも腰をトントン叩きながら降りて来た敷島だった。
「少し・電気ショックで・お直し・致しますか?」
手を貸していたエミリーが無表情で言った。
「あっと!急に痛みが引いた!いやー、残念だったなぁ……」
「それは・何より・です」
階段を登って改札口に向かう。
身軽なアルエットがトントンと先に登って行くが、
「アルエット。スカート・気をつけて」
「は、はい!」
長姉に言われて、アルエットは制服風のスカートの裾を押さえた。
「ロイドだから、別に気にする必要無いと思うがなぁ?ミクなんてライブ中、パンチラのオンパレードだぜ?」
敷島が言うと、エミリーは首を横に振った。
「ロイドで・あっても・一定の・品性は・必要です」
「そうか?」
「マルチタイプは・アイドルでは・ありません。だから・尚更・です」
「分かった分かった。でも、グラビアアイドルとして売り出したいんだが?」
「用途外・です」
体よく断られた敷島だった。
シンディに次いで、2機目である。
八王子駅の外に出てレンタカーを借りに行くまでの間、敷島は途中での出来事を思い出していた。
それは敷島達の電車が川越線と八高線の分岐駅、高麗川(こまがわ)駅に止まった時のことである。
この駅で9分の停車時間があったので、敷島はケータイの着信履歴を確認した。
さいたまに残してきたアリスから着信があり、掛け直してみると、頭部を中心とした上半身だけでも修理が一段落したシンディがレイチェルから聞き出した情報を教えてくれた。
最大の驚愕事は、十条達夫を殺したのはレイチェルではなかったこと。
頭を撃ち抜いたのは……かつて、エミリーと歳の差カップルということで財団があった頃は有名になっていた執事ロボットのキール・ブルーであった。
今のキールには光線銃が装備されている。
それで敷島の芸能事務所を襲撃したこともある。
朴訥な執事である所がエミリーの感情レイヤーを動かしたようであるが、今ではすっかり暗殺ロイドに成り果ててしまっていた。
とてもエミリーには言えない。
エミリーの“春”は終わったも同然であるが、そこへ更に追い打ちを掛けることはかわいそうだと思ったのである。
レンタカーを借りて、敷島達は十条達夫の家に向かった。
[同日15:30.天候:雷雨 神奈川県相模原市緑区(旧・津久井郡藤野町) 十条達夫の家 敷島、エミリー、アルエット]
十条達夫の家、外観は洋館風。
元は世界的なマッドサイエンティストとして科学界は元より、世界中の人々にロボット・テロリズムの恐怖を蔓延させた張本人であるウィリアム・フォレスト(通称、ドクター・ウィリー)が、日本国内におけるアジトとして設置したもの。
新築として建てたのか、既に建っていたものを買い取ったのかまでは分からない。
どういう経緯だか、それを十条達夫が買い取って改築した。
日本人である達夫が住みやすいように、和室に変えられた部屋もある。
アルエットはリア・シートに座り、落雷に怯えながらエミリーの胸の中で震えていた。
そんな従妹機の頭を撫でてやりながら、
「大丈夫。心配無い。ここに・いれば・落雷の・恐れは・低い」
と、勇気づけるように言った。
新旧問わず、落雷のダメージは強大だ。
雷注意報が発令された時は、超小型ジェットエンジンによる飛行は禁止されている。
警報に変わった際は、なるべく外へ出ない。
「よし。着いたぞ。降りてくれ。……ああ、アルエットは濡れないように、ちゃんと傘差してな」
「は、はい」
車から降りる時、また雷が鳴ったので、アルエットは急いで家の玄関まで向かった。
敷島も足早に傘を差して玄関へ向かう。
エミリーだけが傘を差さず、濡れることも厭わず、周囲を警戒しながら玄関に向かった。
「特に・不審なモノは・ありません」
「よーし」
敷島は玄関の鍵を取り出した。
もちろん勝手に持って来たものではない。
「ちゃんと御遺族の方や警察からは許可をもらっている」
そう言うと、それで玄関のドアを解錠し、家の中に入った。
家の中は照明が点いておらず、薄暗い。
まだ明るい時間帯なのだが、外の天候が悪いため、どうしても薄暗ささが否めない。
「ちょっと待て。どこかにブレーカーがあるはずだ。照明の点灯も、一応許可は出ているからな。探してくれ」
「かしこまりました。アルエット・お前・この家の・マップが・データにある・はずだ。ブレーカーは・どこだ?」
「はい。浴室、脱衣所の中です。こっちです」
アメリカ人が使用していた洋館風の建物とはいえ、今では改築されて、土足厳禁になっている。
シンディは重量オーバーで上がるのを拒否られた家であるが、シンディよりは数十キロ軽量化されているエミリーは大丈夫のようだ。
少し広めの浴室に行き、その手前の脱衣所に入ると、天井付近にブレーカーがあった。
身長175cmのエミリーが手を伸ばして、OFFになっていたブレーカーをONにした。
「おっ、電気点いた」
試しに敷島が脱衣所内のスイッチを押すと、ガラス製のカバーに包まれた白い蛍光灯が点灯した。
「よし、これで明るさで探索に苦労することはないだろう。警察から返却されたという遺品は、御遺族の話によると、例の仏間に全て置いたままにしているそうだ。行ってみよう」
「はい」
家のマップが完全に頭の中にあるアルエットが率先して、敷島達を案内した。
さっきまで落雷に怯えていたのだが、家の中ではその心配が無いということで、本来の明るさを取り戻したか。