報恩坊の怪しい偽作家!

 自作の小説がメインのブログです。
 尚、ブログ内全ての作品がフィクションです。
 実際のものとは異なります。

今日で実はブログ開設280日目だったりする。

2013-06-23 19:32:44 | 日記
 意外と長く続いているようだ。もっとも、2代目のブログの方がもっと長かったか。
 目標、開設1000日といったところかな。まずは300日を目指そう。あと20日だな。で、1000日を達成した後で、再び300……ん?
 で、その後は6000日……ん?

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 “ボカロマスター”より。因みに今更ですが、これはあくまで私の二次創作であり、完全フィクションですので悪しからず。

 ミュージカルの第2弾も無事に終了した。最後のカーテンコールにおいては、ミクの外見モデルになった少女から花束ももらい、大盛況のうちに終わった。
「これから打ち上げですか?プロデューサー?」
 レンが笑いながら敷島に話し掛けた。
「あ、ああ。またほろ酔い気分で戻ると思うけど、刺すなよ?」
「大丈夫ですって」
 因みに第2弾はいきなり全国公演ではなく、東京のみでの公演である。
「明日の新幹線で帰るからなー」
 ミクのモデルとなった少女は今でこそ姿形は変わっているが、当時の写真を見るに、確かによく似ていた。
「敷島さん、早く行きますよー!」
 赤月が手招きする。
「今行きます!それじゃ、後は頼んだぞー」
「はい」
 敷島は打ち上げ会場に向かう送迎バスに乗り込んだ。
「ん?」
「どうしました?」
 敷島がふと思いついた疑問に、赤月が反応した。
「ミクはああやって、外見のモデルがいますね。俺が受けた最初のフィールドテストでも、あのコを捜すようなこともしたっけ……」
「基本的にモデルはいますよ。リン・レンもルカもです。大抵は既に故人になっていることが多いですけど……」
 だから外見のモデルについては、完全に禁則事項扱いになっているのである。
 ミクのモデルとなった少女も余命幾ばくかも無い状態だったが、生存率数パーセントという大病を患いながらも、奇跡的な回復を遂げている。因みにミクのモデルになることを正式に了承しているとのこと。なのでああして、花束を届けに来てくれたのだろう。
「それがどうかしましたか?」
「いや……ボーカロイドだけでなく、例えばメイドロボットの七海もモデルがいると聞きます」
「太一君の亡くなったお姉さんですね」
「エミリーも、誰かのモデルですよね?」
「えっ?ええ……ですね」
「名前と顔立ちからして外国人女性だろうけど、一体誰なんだろう?」
「南里先生が若かりし頃、好きだった女性をモデルにしたというのが昔、噂の定説でしたけどね」
「あのぶっ飛んだジイさんが?是非聞きたいなぁ。きっと薬か何かで眠らせて、自分の言うことを聞くようにサイボーグ改造するくらいのことはするでしょ、きっと!」

 ちょうどその頃、仙台の研究所では……。南里がくしゃみを3回していた。
「あ゛ー、くそっ!」
「大丈夫・ですか?ドクター南里」
 エミリーがティッシュを箱ごと持ってくる。南里はそれを何枚か取って鼻を噛んだ。
「誰かワシの噂しとるな……」
「ドクター・ウィリーでしょうか?」
「いいや!きっと敷島君辺りじゃろ。ワシの陰口叩きよってからに……!」
 図星であった。
「あー、ティッシュはそこに置いといてくれ。敷島君のことじゃから、何度もワシにくしゃみをさせることじゃろう」
「……イエス。ドクター南里」
 エミリーは所長室の机の上にティッシュの箱を置いた。
 その横には、1つのボートレートがある。白黒写真に、3人の人物が写っていた。3人とも30歳前後の男女で、うち男性が2人。真ん中に女性が写っている。そしてその女性が、エミリーに酷似していた。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

本日の動向?

2013-06-23 15:45:35 | 日記
「反省文100枚」のペナルティ 「ダメ社員」に科すのは許される?(弁護士ドットコム) - goo ニュース

 反省文100枚?こんなの序の口だ、バーロ!因みに私は「原稿用紙3枚以上で!」という下限付き、上限無しの反省文を書かされたことがある。普通なら始末書であるところなのだが、それで始末書は勘弁してやるということなんだな。
 私は200枚書いてやった。そりゃもう自分で言うのも何だが、壮大な内容だ。警務課長が涙目になったのは言うまでもない。
「ちゃんと全部読んでくれましたか?」
 と聞いても暖簾に腕押しだし。まあ、おかげで始末書は免れたがね。
 逆に課長が部長に、
「ユタにはフツーに始末書書かせろ!あいつに物書かせたら、本1冊分になるぞ!」
 と、怒られたらしい。すいませんでした、課長。てへぺろ(←全然反省していない)。

 そんなことがあってから1年経った今日、東武野田線を訪問してみた。
 因みに高崎線はE231系だったが、発車標に「3ドア」という表示もあったので、211系がまだ走っているらしい。そっちに乗れば良かったかな。まあいい。
 京成上野で乗った特急は、京成電車は京成電車なのだが、厳密には芝山鉄道に貸し出された3600形。これまた年季の入った車両だ。
 “ボカロマスター”で敷島一行が京成で千葉県方面に向かうというアイディアがあるのだが、車両はこれにするか。
 地元密着の私鉄もいいねぇ……。京成電車は天気のいい昼間は、車内の照明を消すようだ。昔は旧国鉄もやっていたらしいが、今のJR東日本ではやらなくなってしまった。確か震災直後で計画停電をやっていた頃、山手線が昼間、車内照明を消灯していた記憶がある。
 東武野田線はどちらも8000系。10000系は“船橋線”内を走行し、60000系は“大宮線”内を走行していたようだ。この8000系も、いずれは廃車になって魔界高速電鉄や冥界鉄道公社に引き取られたり、他線区に転籍したり他の鉄道会社や外国に売ったりするのだろう。今のうちに乗っておくのがトレンドなのかもしれない。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする