午後1時過ぎ、兵庫県立芸術文化センター管弦楽団(通称PACオーケストラ)の団員が舞台に登場する。照明が暗くなって正面スクリーンに芸術文化センターの設立、活動にいたる経緯が映し出される。そして佐渡裕さんが現れ、ワーグナーの楽劇「ニュルンベルグのマイスタージンガー」前奏曲が力強く始まった。プログラムは次の通りである。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/75/38/d549932944b4bd2eab752ad43fbd4cb9.jpg)
私はこの「ガラ・コンサート」を歌がたくさん出てくるコンサートと勝手に思い込んでチケットを買ったが、そうではなかった。私は演奏曲目など前もってはほとんど見ない。誰が指揮して誰が歌うかなどを漫然と眺めただけで、「福袋」を買うような気分でチケットを買う。その方が思いがけぬ楽しみがあるからだ。今回は講談師の神田山陽さんが狂言廻し役だった。佐渡さんは他にも落語家とか宝塚スターとかを引っ張ってきたりするが、こういうやり方がお好みなんだろう。そしてこのやり方は悪くない。クラシックの演奏会についてまわる堅苦しさが和らげられ、各人思い思いの思いで音楽を楽しめるからである。咳やクシャミなどあまり人の事が気にならなくなる。佐渡さんもけっこうお喋りで、とてもテンポよく舞台が進む。
私の4000円席は3階のほぼ中央で前から2列目。だから完全に舞台を見下ろすことになる。オペラグラスで一人ひとりを視野に入れることができる。ソプラノの並河寿美さんが「ヴィリアの歌」を歌っているときに、右の胸元から黒っぽい棒状のものがかすかに覗いている。私には一本だけ変に長い胸毛があるが、そのようなものではなさそうである。となるともしかしてマイクのアンテナだろうか、と気になりだした。もし左なら心臓の鼓動を拾うので右なのだろうかとか、自分で差し込んだのか、それともむくつけき音響エンジニアが差し込んだのだろうか、と歌を楽しみながらもいろいろと考えている。正面スクリーンに並河さんが大きく映るときにも注意したが、焦点がぼやけた映像なので棒自体がはっきりと見えない。本当は何だったのかわからないが、それはそれとしてこれも私の楽しみ方の一つである。
バリトンの晴雅彦さんがパパゲーノになって「おいらは鳥刺し」を歌った。私もこの11月、パパゲーノの歌を2曲は歌うことになっているので、競争相手でもある。晴さんはいとも軽やかに大阪弁も交えて歌う。この軽やかにというのが曲者で、だからあんなのは簡単と思い込まされて素人が歌い出すと大変、まともに歌えるどころかただおたおたするばかりなのである。ところが一つ気になりだした。パパゲーノの吹く笛が私の耳にはちょっと調子はずれに聞こえるのである。笛を吹くたびに耳を澄ませたがやっぱりおかしい。次はどう聞こえるだろうとそればかり気にしているうちに歌が終わってしまった。このように歌手と心の中でやり取りするのもこれまた楽しい。
ボレロが始まった。なんべん聞いてもいい、私の大好きな曲である。オーケストラのメンバーに女性がとても多くて、心の奥底を揺り動かすバスーンの響きにそちらを見るとこの奏者も女性である。弦楽器から始まり、小型の木管楽器に引き続き大型木管楽器の分野もいつの間にか女性が占めるようになったのである。女性、といえば最後列の向かって左側の女性は始まったときから坐ったままであった。ほとんど動かない。そのうちに腕組みをしたが偉そうぶらずその姿がとても美しい。足でも組んでくれたら雲中供養菩薩じゃないかと密かに期待したが・・・。クライマックスに立ち上がって銅鑼をおもむろに叩きだし最後の一打で締めくくり、実に格好がいい。女性奏者を賛美するのも大きな楽しみなのである。
早くもアンコール2曲目のラディッキー行進曲に入り、観客も拍手に加わって調子づいているうちに、いつの間にか「六甲おろし」に変わり、会場を覆う大合唱がはじまったのは面白かった。阪神ファンでもないのについ歌わされてしまった。PACオーケストラに合わせて「六甲おろし」を歌えるなんて、阪神ファンにとったらたまらないだろう。明日は公演が2回あるので今からでも遅くはない、チケットが残っているかも知れないので、ぜひ飛び込みで参加されんことを。曲はふたたびラディッキー行進曲に戻っていよいよフィナーレ、間に休憩が入ることなく90分で全プログラムが終了した。90分といえば大学での講義の一齣分である。こんなに密度の高い講義をしたことがあったかな、と少し忸怩たる思いもしたが、このコンサート、大いに楽しみ幸せな気分になって会場を後にした。
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私はこの「ガラ・コンサート」を歌がたくさん出てくるコンサートと勝手に思い込んでチケットを買ったが、そうではなかった。私は演奏曲目など前もってはほとんど見ない。誰が指揮して誰が歌うかなどを漫然と眺めただけで、「福袋」を買うような気分でチケットを買う。その方が思いがけぬ楽しみがあるからだ。今回は講談師の神田山陽さんが狂言廻し役だった。佐渡さんは他にも落語家とか宝塚スターとかを引っ張ってきたりするが、こういうやり方がお好みなんだろう。そしてこのやり方は悪くない。クラシックの演奏会についてまわる堅苦しさが和らげられ、各人思い思いの思いで音楽を楽しめるからである。咳やクシャミなどあまり人の事が気にならなくなる。佐渡さんもけっこうお喋りで、とてもテンポよく舞台が進む。
私の4000円席は3階のほぼ中央で前から2列目。だから完全に舞台を見下ろすことになる。オペラグラスで一人ひとりを視野に入れることができる。ソプラノの並河寿美さんが「ヴィリアの歌」を歌っているときに、右の胸元から黒っぽい棒状のものがかすかに覗いている。私には一本だけ変に長い胸毛があるが、そのようなものではなさそうである。となるともしかしてマイクのアンテナだろうか、と気になりだした。もし左なら心臓の鼓動を拾うので右なのだろうかとか、自分で差し込んだのか、それともむくつけき音響エンジニアが差し込んだのだろうか、と歌を楽しみながらもいろいろと考えている。正面スクリーンに並河さんが大きく映るときにも注意したが、焦点がぼやけた映像なので棒自体がはっきりと見えない。本当は何だったのかわからないが、それはそれとしてこれも私の楽しみ方の一つである。
バリトンの晴雅彦さんがパパゲーノになって「おいらは鳥刺し」を歌った。私もこの11月、パパゲーノの歌を2曲は歌うことになっているので、競争相手でもある。晴さんはいとも軽やかに大阪弁も交えて歌う。この軽やかにというのが曲者で、だからあんなのは簡単と思い込まされて素人が歌い出すと大変、まともに歌えるどころかただおたおたするばかりなのである。ところが一つ気になりだした。パパゲーノの吹く笛が私の耳にはちょっと調子はずれに聞こえるのである。笛を吹くたびに耳を澄ませたがやっぱりおかしい。次はどう聞こえるだろうとそればかり気にしているうちに歌が終わってしまった。このように歌手と心の中でやり取りするのもこれまた楽しい。
ボレロが始まった。なんべん聞いてもいい、私の大好きな曲である。オーケストラのメンバーに女性がとても多くて、心の奥底を揺り動かすバスーンの響きにそちらを見るとこの奏者も女性である。弦楽器から始まり、小型の木管楽器に引き続き大型木管楽器の分野もいつの間にか女性が占めるようになったのである。女性、といえば最後列の向かって左側の女性は始まったときから坐ったままであった。ほとんど動かない。そのうちに腕組みをしたが偉そうぶらずその姿がとても美しい。足でも組んでくれたら雲中供養菩薩じゃないかと密かに期待したが・・・。クライマックスに立ち上がって銅鑼をおもむろに叩きだし最後の一打で締めくくり、実に格好がいい。女性奏者を賛美するのも大きな楽しみなのである。
早くもアンコール2曲目のラディッキー行進曲に入り、観客も拍手に加わって調子づいているうちに、いつの間にか「六甲おろし」に変わり、会場を覆う大合唱がはじまったのは面白かった。阪神ファンでもないのについ歌わされてしまった。PACオーケストラに合わせて「六甲おろし」を歌えるなんて、阪神ファンにとったらたまらないだろう。明日は公演が2回あるので今からでも遅くはない、チケットが残っているかも知れないので、ぜひ飛び込みで参加されんことを。曲はふたたびラディッキー行進曲に戻っていよいよフィナーレ、間に休憩が入ることなく90分で全プログラムが終了した。90分といえば大学での講義の一齣分である。こんなに密度の高い講義をしたことがあったかな、と少し忸怩たる思いもしたが、このコンサート、大いに楽しみ幸せな気分になって会場を後にした。