日々是好日

身辺雑記です。今昔あれこれ思い出の記も。ご用とお急ぎでない方はどうぞ・・・。

半藤一利著「昭和史 戦後篇」雑感

2006-05-28 14:05:23 | 読書

昭和の戦後史だけで約560ページを費やしている大著であるが、読みやすい。「あとがき」によると、毎回1時間半の『講義』を文章にまとめたものとのこと、読みやすい理由が分かった。全15章にまとめの章をベッドで横になりながら一週間ぐらいで読み上げた。それくらい気軽に読めた、と云ったつもりであるが、中味は実に濃厚、その上自分の実体験と重ね合わせられる場面が多々あって、著者の姿勢に共感することが多かった。

どのような共感があるのか。先日私が高校生にぜひ読んで欲しい高見順著「敗戦日記」で引用したまったく同じ箇所を、著者も引用しているのである。東条元首相の自殺未遂のニュースに接しての感想、新聞の敗戦を境に急変した姿勢への批判、そして読売新聞が提案する「ローマ字採用論」の引用などである。ご用とお急ぎのない方は私の引用した原文をご覧あれ。九月二十日、八月十九日、十一月十四日の分である。

とにかく私自身が生きてきた時代のことである。読むにつれ、あの時あのことなどが甦ってきたりした。その一つが第二次岸信介内閣の時に推し進められた「安全保障条約改定」に対する反対運動である。

私は大学院生だったが、とにかく反対ということで、連日の如く集会やデモに参加した。なんせ教授連が先頭にたってデモ行進するものだから天下御免の勢いである。その反対運動が盛り上がっている最中に、どうしてそうなったのか記憶にないが、確か読売新聞主催の安保問題に関する座談会に出席するようにお声がかかったのである。その座談会の内容が全面ぐらいの大きな紙面に報じられたと思う。ふとそんなことを思い出して、一度図書館で古い新聞を調べてみようという気になったりするのである。

《各地から多くの人びとが上京してきて、五月から六月にかけて毎日数万の請願デモが国会に押し寄せました。そしてそのクライマックスは六月十五日夜でした。デモ隊が議事堂のモンを突き破って中に突入したことから、警官隊がデモ隊に襲いかかり、それこそ数万人同士の大乱闘になりました。それで午後七時頃、東京大学文学部の学生だった樺(かんば)美智子さんが、南門でしたか、大混乱のなか転んで踏みつけられて死亡したのです。(中略)後の東京消防庁の発表では、重傷四十三人を含む五百八十九人が負傷したということですが、もっと多かったのではないでしょうか。》(440ページ)

昭和も遠くになりにけり、である。

半藤一利氏は雑誌社勤務のジャーナリストであった。その立場からであろうか、《暴力のもとにジャーナリズムは必ずしも強くないのです。戦前、軍の暴力のもとにジャーナリズムがまったく弱かったのと同様で、それは残念ながら、しっかりと認識しておかなくてはいけません。表現の自由を断固たる態度で守らねばならないというのはその通りですが、断固たる態度を必ずしもとれないところがジャーナリズムにはある、それは反省と言いますか、情けない暗いの私の現実認識でもあるのです。》と述べている。

この言葉は重い。そして己を知る謙虚な姿勢に裏打ちされたこの著書は、多くの人の共感を呼び寄せることと思う。