30坪+20坪の菜園

BIG FARMの農事日誌です。

古都の山旅(4)-奈良・若草山から春日山原始林

2015-03-31 | 登山

■2015年古都の山旅 

(1) 3月22日(日)京都=愛宕山 愛宕神社、東寺  奈良市内(泊)
(2) 3月23日(月)奈良=大和葛城山から金剛山 葛木神社 奈良市内(泊)
(3) 3月24日(火)奈良=三輪山、大神神社、狭井神社、檜原神社、御破裂山、談山、談山神社 奈良市内(泊)
(4) 3月25日(水)奈良=若草山と春日山原始林、春日大社、宇治平等院、宇治上神社


若草山の山頂。セルフタイマー10秒セット。撮りたかったのはジャンプした姿だったのだが

山行日 2015年3月25日(水)
天気 晴れのち曇り
山域 奈良北部
メンバー 単独行
コース&タイム
奈良市内BH=近鉄奈良駅(バス)=春日大社-若草山・南入場ゲートから山頂ゲート-春日山原始林-近鉄奈良駅=JR奈良駅=宇治駅-平等院-宇治上神社-宇治駅=京都駅=3月26日(木)大垣=我孫子駅


古都の山旅の最終日。奈良といえば東大寺二月堂修二会を思い出す。外陣で勤行の様子を、それからお松明、お水取りを見た。とにかく寒かった。何年前のことなのか。10年前、20年前、いやもっと前なのかもしれない。それから長谷寺と室生寺を訪ねた。これだって同じ時期なのかそれとも別な時なのか忘れている。それほど奈良は久しぶりになる。

やっぱりきたな。右足首が痛い。歩くと痛い。それでもきょうは散歩みたいなものだ。我慢して歩くことにした。最終日はとにかくゆっくり過ごそう。
まずは春日大社へ。近鉄奈良駅から歩くつもりでいたのだが、こんな状態だからむりしないでバスで行った。京都もそうだったが奈良も観光客でごった返している。外人が多い。春休みに入ったこともあり若い人が多い。春めいて若い女性がきれいになった。

春日大社

バスを下車し春日大社の参道を目指す。

 春日大社。巫女さんが頭に冠のような飾りをつけて境内を清めていた。春にふさわしく華やかな雰囲気がある。

 

 

 

 その巫女さんに若草山への道を尋ねた。拝殿に向かって左の回廊を進んでと教えてくれた。道標が出てきた。 

若草山と春日山原始林

若草山を見上げる。こんなに低いのか。南入場ゲートの係員が説明してくれた。若草山は3重に重なった山。いま見えているのは1重目の頂だという。これで安心?した。いくらなんでもこんなんじゃ行く気さえも起こらないからだ。入場料は150円。

 

 

登るほどに眺望が広がる。若草山の売りはこれだ。

生駒山方面

金剛・葛城山方面 

 2重目の頂。



3重目、頂上が見えてきた。 

 眼下に東大寺



三笠山

山頂には鶯塚古墳



山頂にはもう1つの入場ゲート。
ここの係員が周囲の山々を教えてくれた。山を同定できればさらに楽しくなる。あれがきのう歩いた三輪山か。ここの係員としばし山談議。楽しかった。若草山はこれで思い出ができた。係員に感謝。

山頂から春日原始林への道は交番を右へ入る。道は下りになる。ここにきて右足のくるぶしがさらに痛くなった。そろりそろり歩かざるを得ない。ウオーキングを楽しんでいるわたしよりずっと老人にあっさり抜かれた。痛みをこらえて下ばかりむいて歩いている。途中2回休んで湿布薬を貼ったりしたがいっこうによくならない。春日大社の参道までどうにかたどり着いた。
この先、新薬師寺と唐招提寺に行く予定でいた。この痛みではどうしようもない。パスすることにした。次の平等院はどうしよう。ここは楽しみにしていただけに外せない。行くことにした。

平等院
昨年だと思うが「芸術新潮」が新しくなった平等院を特集した。雲中供養菩薩を見たいと思った。「ミュージアム鳳翔館」で52躯の雲中供養菩薩像のうち26躯をまじかに見ることができた。わたしはもう一度見たくてミュージアムを2回も出入りしてしまった。それほど魅せられた。やはり「北25号」と「南20号」が目立つ所に展示されていた。たしかに素晴らしい。わたしは「南17号」も気に入った。わたし好みのふくよかな顔立ちがとてもいい。

鳳凰堂の阿弥陀如来に手を合わせた。東向きに作られているから正面に朝日を受ける。この日は午後になり逆光だ。堂内が暗く阿弥陀さまが見えにくかった。残り少なくなったわが人生。いまさら阿弥陀様に手を合わせたところで極楽に行けるのか。来し方を振り返ると……。

雲中供養菩薩に見入ってしまい、すっかり長居した。宇治川対岸の宇治上神社に向かう。



日差しを受けて輝く鳳凰。

宇治上神社

本殿は神社建築では日本最古だという。拝殿と本殿ともに国宝。

 

これでわたしの古都の山旅は終わった。この春も近畿の山を歩いて、寺社をめぐった。不覚は足が痛くなったこと。充実した4日間だったが、少し欲張りすぎた。京都から帰路に着いた。

(1)3月22日京都・愛宕山 

(2)3月23日奈良・大和葛城山から金剛山
     

(3)3月24日奈良・三輪山、談山、御破裂山

(4)3月25日奈良・若草山から春日山原始林


        
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古都の山旅(3)-古代を歩く・三輪山、談山、御破裂山

2015-03-30 | 登山

■2015年古都の山旅 

(1) 3月22日(日)京都=愛宕山 愛宕神社、東寺  奈良市内(泊)
(2) 3月23日(月)奈良=大和葛城山から金剛山 葛木神社 奈良市内(泊)
(3) 3月24日(火)奈良=三輪山、大神神社、狭井神社、檜原神社、御破裂山、談山、談山神社 奈良市内(泊)
(4) 3月25日(水)奈良=若草山と春日山原始林、宇治平等院、宇治上神社


大神神社の御神体・三輪山を登る。狭井神社で入山許可の白襷を首にかけて緊張気味

山行日 2015年3月24日(火)
天気 晴れのち曇り一時雪舞う
山域 奈良・中部の山
メンバー 単独行
コース&タイム
奈良市内BH=(JR桜井線)=8:28三輪駅-8:40大神神社拝殿-8:55狭井神社9:00-9:50三輪山10:00-10:50狭井神社-11:25檜原神社-11:55大神神社-三輪駅12:04=12:06桜井駅12:50(コミュ二ティバス)=13:15多武峰バス停-13:44談山神社-14:05談山-14:25御破裂山-14:45談山神社-多武峰バス停15:35=15:59桜井駅16:28=17:01奈良駅 (泊)奈良市内BH


古都の山旅3日目は、奈良中部の山を歩く。三輪山、それに談山と御破裂山である。山には違いないのだがいずれも低山だ。この2日間の山に比べたら気分は楽である。しかし登山というよりはきょうは参拝になる。三輪山は大神(おおみね)神社の御神体である。談山は中大兄皇子と藤原鎌足が大化の改新の秘策を練ったところ。御破裂山は藤原鎌足の公墓だ。ふだんの登山の気分とはちょっと違う。古代という時代を意識せざるを得ない。関東からのおのぼりさんはきょうはいくぶん緊張している。

大神(おおみわ)神社
奈良市内のBHからJR桜井線で三輪駅へ。右には大神神社の一ノ鳥居、その背後にはきのう歩いた大和葛城山と金剛山が見える。
ちなみにことし1月に関東ではJR東海のCM「ふたたびの奈良へ 大神神社」が放映された。神の気配を感じさせる映像づくり。このCMを見て「おれがこの3月に行くところだ」と。

 

左に三輪山。

 

三輪駅からすぐの大神神社へ。ご神体は三輪山だから本殿はなく、拝殿から三輪山に手を合わせる。さすがに大和一の宮だけの貫禄がある。

 

 

狭井神社と三輪山登山
三輪山登山の入山許可を得るため摂社の狭井神社へ。氏名、住所、ケータイ番号を記入し300円を納める。そして参拝証の白いたすきを受けて首にかける。山中では写真撮影禁止、水以外の飲食禁止。往復2時間ほどだ。詳しくは大神神社のHPへ。

午前9時登山受け付け開始。すでに2人が入山している。神社はひと気がないのがいちばんだ。幸い前後に人はいない。ふだんの山歩きとは違う厳粛な気持ちで山道を歩く。聖域の「中津磐座」と「奥津磐座」。頂上には10分ほどいた。後続が見えたので山頂の高宮神社を拝し下山してきた。古神道の世界に身を置くと、心身とも清められ、とてもいい気分になれる。

 

三輪山の登拝口は右手にある。 

 
 
  

  

檜原神社
ここから北へ「山の辺の道」が延びる。計画の段階で基本が登山だからパスすることにした。しかしどんな道なのか見てみたい。少しさきの檜原神社まで行って戻ることにした。

 

あっという間に時間が過ぎていく。この日はまだ先がある。急いで三輪駅に戻り、発車寸前の桜井駅行き列車に飛び乗った。

談山神社、談山、御破裂山

談山神社へは、桜井駅からコミュニティバスで行く。天気がどうもおかしい。寒くなってきた。きのうと同じような天気だ。桜井駅ではバス待ち時間に昼飯を食べようとしたが食堂はない。駅前のスーパーで弁当を買い、寒風吹くバス停のベンチで食べた。これができてしまうのが山旅だ。

多武峰バス停で下車。多武峰は「とうのみね」と読む。バス停すぐの屋根付きの朱塗りの欄干の橋を渡る。日本版マディソン郡の橋だ。

 

道なりにまっすぐ行ってもいいのだが、わたしは右に東門から入った。急坂が続く。

談山神社。祭神は藤原鎌足である。清らかで雅な神社だ。紅葉の名所だそうでモミジが多い。

 

目当てはこの十三重塔。右から左からとカメラを向けるのに忙しい。

 拝殿から本殿へ。

 

 

いい雰囲気の神社でのんびりしたくなるが、十三重塔の左奥から談山へ10分、御破裂山へは20分の距離。

 

談山は、中大兄皇子と藤原鎌足がここで大化の改新の談合をしたところだという。だから談山(かたらいやま)。そうなんだと自分に言い聞かす。

 さらに御破裂山へ。山頂には藤原鎌足のお墓がある。

 

天気が急変。寒くなってきたと感じたら雪が降ってきた。数分で雪はやんだ。この日も天気が目まぐるしく変わった。

 

談山神社からは龍門岳が見えた。この山も当初は歩くつもりでいたのだが欲張り過ぎた。まだ15時過ぎだというのにこの空模様。  

 

時間に追われた3日間だ。公共交通機関を利用していると列車やバスの時刻に合わせて歩かなければならない。特にバスは本数が少ないだけに乗り遅れると立ち往生してしまう。常に時計を見ながら歩く。

あしたは最終日。のんびりゆっくりしよう。気になっていた筋肉痛だが、やはりここにきてくるぶしのあたりに痛みを感じるようになり、足を引きずるようになってきた。

(1)3月22日京都・愛宕山 

(2)3月23日奈良・大和葛城山から金剛山
     

(3)3月24日奈良・三輪山、談山、御破裂山

(4)3月25日奈良・若草山から春日山原始林


        
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古都の山旅(2)-ダイトレをゆく・大和葛城山から金剛山へ

2015-03-28 | 登山

■2015年古都の山旅 

(1)
3月22日(日)京都=愛宕山 愛宕神社、東寺  奈良市内(泊)
(2)
3月23日(月)奈良=大和葛城山から金剛山 葛木神社 奈良市内(泊)
(3) 3月24日(火)奈良=三輪山、大神神社、狭井神社、檜原神社、御破裂山、談山、談山神社 奈良市内(泊)
(4) 3月25日(水)奈良=若草山と春日山原始林、宇治平等院、宇治上神社


↑大和葛城山の山頂。ロープウエーできていた若い家族の子どもとツーショット

↓金剛山の最高地点は葛木神社だが、山頂標識は近くの国見城跡の展望広場にある

山行日 2015年3月23日(月)
天気 曇り時々晴れ一時風花舞う
山域 大阪奈良府県境の山
メンバー 単独行
コース&タイム
奈良市内BH=近鉄御所駅8:40=9:00葛城山ロープウエー乗り場9:05ーここから北尾根登山道を行く-10:40大和葛城山山頂11:05-11:45水越峠-12:15金剛水-13:35郵便道分岐-13:40一ノ鳥居-13:50葛木神社(金剛山の最高地点)-14:00国見城跡-14:30郵便道分岐-ここから郵便道をたどる-15:50高天彦神社-16:20高天バス停-北窪バス停17:09=17:28近鉄御所駅=奈良市内 (泊)奈良市内BH


古都の山旅の2日目は、奈良県側から大和葛城山をへて金剛山までダイトレの道をたどる。ダイトレとは「ダイヤモンドトレール」の略。大阪、奈良、和歌山の府県境の50キロに及ぶ縦走路をいう。

この山域の記録を読むと、たびたび「ダイトレ」が出てきた。これはなんなんだ。ネットで検索してはじめて知った。近畿の岳人ならだれでもわかっているようだ。それならと葛城山と金剛山を結ぶダイトレを歩くことにした。

23日は前日の暖かさから一転、肌寒い天気になった。寒波が来て寒の戻りだという。目まぐるしく天気が変わった。金剛山の最高地点となる葛木神社では風花がほんの数分だが舞った。この寒さは25日まで続いた。

今回のコースは、葛城山ロープウエ―乗り場の右脇から北尾根登山道に取りつき、葛城山から金剛山までダイトレを縦走し、奈良県側の郵便道を下山した。コースタイムは7時間だった。

夜中に目を覚ました。両足のすねが痙攣している。きのうは3カ月ぶりの登山だというのにむちゃしたつけが来た。痛かった。朝になると筋肉痛だ。だが歩くのにはさほど困らない。ひと安心である。

この日の天気予報は曇り時々晴れ。
奈良市内の宿から近鉄を何度も乗り換えて近鉄御所駅。ここから奈良交通バスで葛城山ロープウエー乗り場で下車。見上げるとロープウエ―が山頂まで伸びている。乗り場を横に見て、「北尾根登山道」に入る。尾根に立つまでは急な道が続く。 

 

出発して50分。自然研究路分岐。さてどちらの道を取るか。尾根どおしに登ることにして右の道を選ぶ。まもなくダイヤモンドトレールに出合う。

カタクリはまだ花芽が出ていない。 

 ダイヤモンドトレールに出て、葛城山への稜線をすすむ。

 山頂まじか。

 出発して1時間40分。葛城山の山頂。左が山頂標識で、右は展望台。

 展望台に立つも春霞だ。昨春もそうだった。

これからすすむ金剛山だけがはっきりと見える。堂々とした山容である。

 ロープウエーで上がってきていた家族がいた。シャッターを押しもらう。天気は下り気味。山頂は風が出てきて寒い。

野外での昼飯はあきらめて葛城高原ロッジに飛び込む。

ひと息入れてさあ金剛山へ出発だ。
ここで勘違いに気が付く。ここから金剛山までのコースタイムは2時間とばかりと思い込んでいた。ところがよく見ると3時間だった。いま11時5分だから金剛山には14時に着くことになる。気になるのは下山してからのバスの時刻だが、間に合うはず。問題はない。しかしのんびりしてはいられない。

葛城山はツツジの名所。群生している。 

次の目標は水越峠。
前日の愛宕山もそうだが、この葛城山も登山道は丸太の階段ばかりが続く。筋肉痛があるだけに段差のある下山はつらい。なんで階段道ばかりなんだと悪態をつきたくなる。

水越峠に下り立つ。ここからが金剛山への登りの道となる。 

 金剛山への道は、下り立った峠から右に行くとすぐ左側にある車止めゲート。ここを入って舗装された林道をゆく。
ここから金剛山まで約2時間になる。

金剛の水。車止めゲートからここまで30分。



少し先で林道と別れ、左の橋を渡る。ここから登山道らしくなる。

 しかしここもまた延々と丸太の階段が続く。またかよとぼやいてもここを歩かざるを得ない。

 尾根に出た。展望が広がる。あいかわらず春霞で遠望が効かない。大和三山までは見えるのだが。

 杉と檜の美林が続く。枝打ちと間伐がきちんと手入れされている。

大和葛城山が見えてきた。あそこから来たんだ。確実に高度をかせぎ、金剛山の山頂に近付いている。

 左に郵便道分岐。下山はここから「高天」にくだる。ここまでくれば山頂はまもなくだ。

 すぐに一ノ鳥居。

急坂の参道を登ると右手に葛木神社。ここが1125㍍の山頂だ。最高地点の葛木岳は神社裏にあるのだが神域のため神社を山頂としているという。

大和葛城山からここまでコースタイム通り3時間。しかしネットで見た「金剛山」の山頂標識が見当たらない。どこにあるんだろう。

 

道標には、この先に転法輪寺、国見城後、展望広場とある。たどるとすぐに転法輪寺。

さらに進むと広場があった、ここが国見城跡。山頂標識があった。時刻はちょうど14時。予定到着時刻ぴったりだ。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

すぐに下山だ。いま来た道を戻り、一ノ鳥居を過ぎると右へ「高天」方面への分岐がある。これが郵便道。 

ここも丸太の急な階段が続く。 



途中には台風で登山道が流失した個所が2,3あった。いまはすべて通れるよう整備されている。

 

イノシシ除けの柵を開ければ登山道はここでおしまい。



高天彦神社。ここまではわかる道だ。ここからバス停「高天口」を目指すのだが、道標がないので地図が頼りになる。住人の姿は見えない。車がたまに通る。道を間違える前に確かな道をと車が通るたびに止めては道を尋ねた。



振り返ると金剛山。

 南東の方向に雪を冠った高山の連なりが見える。周囲に比べてひときわ高い。大峰山脈だろうか。


16時20分にバス停「高天口」に着いた。のどかな山里の風景が広がる。ここから御所市のコミュニティバスで近鉄御所駅に向かう。17時7分まで待たなければならない。寒くなってきた。地図を見ると一つ先のバス停「北窪」に極楽寺を見つけた。ここで時間をつぶそうと一つ先のバス停まで進んだ。

 

ここが極楽寺。 筋肉痛で脚はパンパンだ。バスが来るまで丹念にストレッチをしていた。

きのうの愛宕山、きょうの葛城山から金剛山。やはりきょうになって筋肉痛がひどくなる。あしたからが心配だ。ただこのさき3日目と4日目は登山というよりハイキング、いやウオーキング程度だからなんとか歩けるのでないか……。 

(1)3月22日京都・愛宕山 

(2)3月23日奈良・大和葛城山から金剛山
     

(3)3月24日奈良・三輪山、談山、御破裂山

(4)3月25日奈良・若草山から春日山原始林


        
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古都の山旅(1)-京都・愛宕山とその三角点

2015-03-27 | 登山
 
この春も近畿の山々を歩きてきた。3カ月近く山から離れていた。いまの時期、山歩きの体はまだできていない。それなのに酷使した。当然激しい筋肉痛に襲われた。無理をすればどうなるか。わかっている。足を引きずって歩いていた。後半はハイキング程度の山だ。どうにか歩き通すことができた。

昨春と同じく青春18きっぷと「ムーンライトながら」を利用しての山旅。今回も山を歩きながら古都の寺社をめぐる。登山コースに古い寺社や史跡が多いのが古都ならではの魅力だ。自分で作った予定に追われて、筋肉痛に耐えながら歩きまわった。なんど神仏に手を合わせたことか。さすがに少し欲張り過ぎた。
 
■2015年古都の山旅

3月21日(土)我孫子→東京
(1)3月22日(日)京都=愛宕山 愛宕神社、東寺  奈良市内(泊)
(2
)3月23日(月)奈良=大和葛城山から金剛山 葛木神社 奈良市内(泊)
(3)3月24日(火)奈良=三輪山、大神神社、狭井神社、檜原神社、御破裂山、談山、談山神社 奈良市内(泊)
(4)3月25日(水)奈良=若草山と春日山原始林、宇治平等院、宇治上神社 
3月26日(木)大垣→我孫子

この石段を登りきると愛宕山山頂の愛宕神社だ

まずは初日の京都・愛宕山登山から。

山行日 2015年3月22日(日)
天気 晴れ
山域 京都市街周辺の山
メンバー 単独行
コース&タイム
3月21日(土)我孫子駅→東京駅23:10
3月22日(日)京都駅8:03=9:00清滝バス停9:15-9:35お助け水―10:20五合目小屋―10:50水尾別れ―11:20愛宕神社12:00―12:20三角点―12:35月輪寺分岐―13:00月輪寺―14:00清滝バス停14:05=15:05京都駅―東寺―京都駅=奈良駅 (泊)奈良市内


京都の山といえば東の比叡山に対して西は愛宕山だという。前者は昨春に歩いた。次に京都に来るときは愛宕山と決めていた。コースは表参道から月輪寺へ下る一般的周回コース。山頂は愛宕神社の924㍍。三等三角点890.1㍍は北400メートルほどの先にある。

筋肉痛はこの山にはじまった。帰りのバス時刻は14時05分。2時間もあれば下山できると踏んで山頂を正午に出た。途中で気が変わり三角点を踏んで行くことにした。その時点でバスは1本遅らせて15時05分にした。三角点を踏んでもまだ14時05分のバスまで1時間30分あった。これなら行けると踏んだ。これがいけなかった。急いだ。これで一気に筋肉が悲鳴を上げた。

はたして14時05分のバスに間に合うか。林道に出た。小走りになった。これはまるでNHKBSのグレートトラバースのお兄ちゃんと同じではないか。ジジイのすることではない。発車直前に間に合った。1時間30分で下山してしまった。3カ月ぶりの登山でこんなむちゃをするからこうなる。あいかわらずバカをやっているなと思う。

1年ぶりの京都。駅前のC6番バス乗り場から清滝行きに乗車。

 嵐山の渡月橋をバスは行く。



1時間で清滝バス停に到着。



左右どちらの道でも表参道登山口に行ける。



ここが表参道の登山口。



出発20分でお助け水場。
出発のときは4枚重ね着していたが、最後は半袖シャツ一枚になった。それくらい暑くなった。



道は参道であるから整備されている。たいがいは石段か丸太の階段になっている。山頂までこんな状態が続く。わたしは階段の登りが苦手だからきびしい。

たまにこんな平坦な道もでてくる。



水尾別れ。

やっと黒い門が見えてきた。ということはもうすぐだな。



この石段を登りきると本殿だ。ここは全国の愛宕神社の総本社。



そんな感じになってきた。



本殿入口。

 

ここを入ると本殿だ。



正面が本殿。ここが愛宕山の山頂になる。
清滝バス停から2時間5分できた。

 本殿の脇に雪が残っていた。

下山は、月輪寺へ下る。しかし気が変わった。ここまできたのだから三角点まで行くことにした。月輪寺への道を右に見て直進する。わたしはそれだけを事前に知っていた。これから先どう行けばいいのかわからない。地図だけが頼りだがどうにもわからない。途中で2人に尋ねたがいずれも知らない。右往左往した。どうにか三角点までたどり着けた。まだまだいい勘している。

■三等三角点への行き方

月輪寺分岐を右に見て直進。 



数分で、お地蔵様が。左右に道がある。左の道を取る。(わたしは右の道を行き、高みを目指したがなにもなくこの地蔵さまの所に戻り、今度は左の道を行った)

地蔵さまからほんの数分で目の前に小屋が。ここにも左右に道があるが、ここは右の道を行く。

坂道を辿ると、一番の高みに出た。ここから右へ登っていく。踏み跡がある。三角点はすぐそこだ。(右か左か迷ったが、右の道を登っていくと5,6人のグループが下ってきた。やはりこの道で正解だった) 

しかしだれもいない。仕方ないからカメラを樹木に固定してセルフタイマーで撮る。一発で撮れた。 三角点は写真中央。



これが三等三角点。

前述のとおり、下山を急いだ。月輪寺への道へ入ったのが12時37分。バスの発車は14時5分。さあ急ごう。



月輪寺登山口まで下りてきた。ここから清滝バス停までは舗装された林道になる。間に合うか。

 間に合ったのである! 発車3分前の14時2分に清滝バス停に着いた。
「バカなことをしたな」と反省することしきり。
いま登ってきた愛宕山をバスの中から眺めていた。 

東寺
京都駅からは歩いて東寺へ。昨春は高野山を登った。弘法大師つながりでこんどは東寺を楽しみにしていた。それは講堂の「立体曼陀羅」。堂内に21体の仏像。圧倒された。境内のソメイヨシノの蕾は膨らんできている。いま咲いているのは河津桜だという。 

 
 五重塔  河津桜と五重塔とわたし
   
 五重塔と河津桜  左金堂、右講堂
   
 講堂。立体曼陀羅はこのなかに  金堂。薬師三尊と十二神将
   
 

        
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春まきニンジンの発芽

2015-03-21 | ニンジン

毎日のウオーキング。この時期は楽しい。次々に春色に染められていくのを眺めながら歩くことができるからだ。ウグイスの初鳴きを聞きながらアンズ、コブシ、雪柳が咲いてきた。春は桜が咲くまでのいまがいい。清らかな空気感がとても気持ちがいい。

春まきニンジンが発芽してきた。2月27日にタネまき3月14日に発芽を確認できた。

穴あき黒マルチを敷いて、ひとつひとつの穴にタネをまいた。この春は125の穴にタネをまいた。ひとつの穴から1本収穫するからうまくいけば125本収穫できる予定だ。

保温のため穴あきビニールをトンネル掛けしてきた。発芽はいまかいまかとのぞきこむ。ニンジン栽培でわたしがまっさきに気になるのは発芽が揃っているかどうかにある。むずかしいからなおさら気になる。確認するときはいまも緊張する。

タネをまいた125の穴すべてから発芽しているのが一番だ。しかし全体を見渡すと発芽していない穴もまだある。発芽しない所が1割程度以上あるときは面倒でもその個所だけまき直すのだが、今回は必要なさそうだ。うまくいった。

ニンジンは発芽が揃えば成功したようなもの。これでひと安心である。すっかり発芽を揃えることがうまくなったものよと思わずにはいられない。それだけ過去に失敗があったからだ。春まきニンジンの収穫は6月になる。

■これまでの春まきニンジン

2014年=2月25日に種まき3月19日に発芽を確認、6月10日に収穫

2013年=2月10日に種まき、3月12日に発芽を確認、6月14日に収穫

2012年=3月3日に種まき、3月25日に発芽を確認、6月25日に収穫

2011年=2月6日に種まき、3月10日に発芽を確認、6月7日に収穫


すっかり山歩きから遠ざかってしまった。すこしばかり遠出して近畿の山を歩いてくることにした。


        
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秋まき春どりキャベツのいま

2015-03-19 | キャベツ

  

↑春キャベツのいま

↓昨年12月の姿


梅が盛りをすぎてハクモクレンと寒緋桜が咲きはじめてきた。春の彩りが広がりつつある。庭の小さな草花も咲いて来た。日々春の装いになっていくのを眺めるのはいいですね。春がきたといった感じになる。そして畑仕事が忙しくなってきた。花粉症に悩まされながら畑に立っている。

秋まきの春キャベツが徐々に大きくなってきた。これは昨年9月末にタネをまいたもの。3月に入って気温が少し上がって生育に勢いが出てきた。春キャベツはふんわりと葉を巻く。まるで春の風を抱え込んだかのようにやさしく。見た目にもみずみずしく味だっていい。キャベツは春キャベツに限る、といった感じで見ている。

キャベツ栽培の大敵は虫だ。これだけ防ぐことができれば簡単にできる。わが家のキャベツ栽培は、夏まき年内どりと秋まき春どりの2回。これが定着している。夏まきは7月末に、秋まきは9月末にタネをまいている。

昨年は8月末にもタネをまいた。これは1月末から収穫ができて、いまこれを食べている。畑はすっかり端境期で収穫がなくなった。それだけにいま収穫できるキャベツはありがたい。これを食べてしまうと春キャベツまで待たないといけない。春キャベツは5月に収穫予定だ。それまでは市販のものを食べるほかない。


        
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冬ネギの春の植えかえ

2015-03-17 | 下仁田ネギ

冬ネギの春の植えかえをおこなった。ついせんじつに「冬ネギの育苗」を取り上げて、いま育苗している3種の冬ネギの生育ぶりを見たばかりだ。春の植えかけは4月に入ってからでも遅くはない。それでもやってしまった。

どうも年とともに気が急いていけない。それもあるのだが、ネギは気温に敏感で、このところ急に青々と生き生きしてきた。これを見て、それならと植えかえをする気になった。早くはない。

冬ネギは昨年10月にタネをまき、春に植えかえて、夏に定植する。2回植えかえる。そのたびに苗の選抜をおこなう。当然ながら生育のいいものが残る。

いまの苗は、タネをまいた状態で生育している。生長はまちまちで、密植している。春の植えかえの目的は、1回目の選抜をして、さらに生育を促すものととらえている。

わたしのやり方はこうだ。苗を掘り出す。生育具合で大中小の3つに分ける。ここで小は思い切って捨てる。残りの大と中の苗を、4センチぐらいの間隔で植えかえるのである。このまま夏まで生育させ、夏の7月に再度植えかえる。ここでも選抜してこれが定植となる。収穫は12月からとなる。

2度も植えかえるなんて手間ひまがかかって、と初めての人には面倒この上ない。これだって慣れてしまえば当たり前になる。冬ネギのうまさを知ってしまうと、こんな苦労もやるしかないと思えるようになる。

畑の隅にアサツキがある。春と秋に青い葉を伸ばす。あたりまえだが毎年決まって出てくる。それを見ながら収穫しようとせず、いつも食べないで放ったらかしにしている。この春も伸びてきた。いまちょうど収穫時だ。せっかくだからと株元から切って持ち帰った。アサツキは薬味か麺類に使う以外に知らない。あまり食べないからつい取り損ねる。それでも律儀に健気に青い葉を伸ばしてくれる。たまには取ってあげないといけないなと思っている。

↓畑の隅のアサツキ


        
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休眠から覚めたルバーブ

2015-03-14 | その他

休眠から覚めたルバーブ

春が来てルバーブが休眠から覚めた。一斉に芽を出してきた。これは昨年9月にタネをポットにまいたもの。1カ月後の10月下旬には芽が出そろったのだが、すぐに冬を迎えて地上部が枯れて休眠に入った。

ルバーブとは30年の付き合いになる。長い付き合いなのだ。春になればまた芽が出てくるとわかってはいても、少しばかり不安になる。2月中旬ぐらいからぽつぽ芽を出してきた。それもすべてのポットから芽が出てきた。ひと株も欠けていない。さすがに寒さにはめっぽう強い。

数年前から畑のルバーブはたったのひと株だけになった。寒さには強いが暑さには弱い。酷暑でほかは負けて枯れてしまった。この残り一株を大事にと、夏は黒い寒冷紗をかぶせて日除けにしてきた。これが効果があったのだろう。枯れなかった。しかし油断しているといつかは枯れる。枯れたらどうするか。やはりいまのうちに後継を育てなければいけないとタネをまいた。

ルバーブを育てるには株分けが手っ取り早い。しかし残り一株を株分けすることも考えたがリスクが大きい。そこでタネをまいたのである。この春に植えつける。ことしは株を充実させる。収穫は来年の5月からになる。後継が育つ見込みができたので、残った一株を近く思い切って株分けすることにした。

ポットの株を数えると20株ぐらいある。ルバーブはジャムにだけに利用するから4株もあれば足りる。嫁ぎ先を見つけないといけない。しかしルバーブそのものを知らないひとが多いからこれがなかなかむずかしい。

↓昨年9月下旬、タネまき 

↓昨年10月下旬、芽が出そろう 

 


        
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ブロッコリーの側花蕾

2015-03-12 | ブロッコリー

冬野菜はあらかた終わった。冬の間ずっと収穫ができていた。特にハクサイとホウレンソウと冬ネギはこれでもかと食べることができた。計画どおりにはなかなかいかないものだが、この冬はうまくいった。

3月は端境期。いま畑で収穫できるものはキャベツとブロッコリーだけとなった。それだけでも取れるものがあるのはありがたい。そんな時期である。

ブロッコリーは20株作った。頂花蕾はすべて2月までに食べてしまった。いまは盛んに側花蕾が出てきている。これを食べている。次々に出てくるからまめに摘み取らないといけない。気温の上昇とともに花蕾が膨らんしまうからだ。やはり側花蕾だって蕾がきちっと締まっているものがうまいのだが、これも好みで、かみさんなんか蕾が膨らんできたものも好きだという。食感は前者の方がいいと思うのだが。

近くの畑や家庭菜園を見ると、側花蕾がいっぱい出ているのにまったく取らないで放ったらかしにしているのを見かける。嫌いなのか、取る暇がないのか。なんともももったいない。収穫物の少ない時期だけにブロッコリーの側花蕾を畑に行くたびに取っている。


        
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冬ネギの育苗

2015-03-10 | 下仁田ネギ

昨年10月にタネをまき育苗中の冬ネギ

この冬も冬ネギ(下仁田ネギ、九条太ネギ、赤ネギの3種)をたっぷり食べることができた。冬ネギの旬は12月から2月まで。冬ネギはやはりうまい。とくに厳寒期の1月中下旬は格別だ。

冬ネギはタネまきから収穫できるまで14から15カ月かかる。この冬に食べていたのは一昨年の10月にタネをまいたもの。手間ひまがかかるのだが、冬ネギのうまさを知ってしまうと、苦労なんかなんのその。

冬ネギはよく食べる。2人暮らしにはどう見たって多すぎるほどを作り、これを食べてしまう。さすがに2月下旬になっても残ってはいるのだが、最後は残さないようにと努めて食べる。すべて食べてしまうわけにはいかない。自家採種するため10株ぐらいずつは畑に残しておかないといけない。

冬ネギは、冬の間は収穫する一方で次の世代のネギを育てる大事な時だ。

ことし12月から収穫する冬ネギは、すでに昨年の10月中旬にタネをまいた。下仁田ネギ、九条太ネギ、赤ネギといつもの顔ぶれだ。無事に冬を越してくれた。冬の間は保温のため穴あきビニールをトンネル掛けしていた。2月下旬に取り外した。いまは10センチ前後に育っている。

ネギは3月に入ると気温の上昇に敏感に反応する。しだいに鮮やかな青さになってきた。これからは、ことし12月の収穫を目指して育苗、春に植え替え、夏に定植する。食べるまでに先はまだまだ長いのである。


        
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サンマの開き干し

2015-03-08 | その他

またも3月はじめにサンマの干物を作った。1カ月前の2月のはじめに作ったサンマの丸干しは出来上がりがよくて味もうまかった。これに味を占めて、また作ってしまったというわけである。こんどの干物は丸干しでなく開きである。

サンマ6尾を買ってきた。開きにするから頭を落とし背開きにする。出刃包丁の使い方がわからない。案の定、なめらかに切り開きたいのだが、まるで鋸で切ったかのように粗くなってしまった。

自分でも、これは失敗かなと思うほどの切り口だ。それでもやり遂げなければならない。しだいに出刃庖丁の使い方がわかってきた。引くように切ればいいんだなと。最後の5、6尾になってやっとなめらかに切れるようになった。気が付くのが遅かった。

かみさんに開いたサンマを見せた。
「まるでボロ雑巾みたいね」
自分でも失敗かなと思ってはいても、ここまで言われるとさすがにこたえた。

気を取り直して作業を先に進める。こんかいも5%程度の塩水を作りそこに浸した。丸干しは同じ塩水濃度に一晩漬けて、いい塩加減だった。こんどは開きだから浸す時間は短時間でいいはずだ。そうわかってはいたのだが2時間ほど浸けてしまった。ちょっと長過ぎたかな。

いい具合に風の強い日であった。干し網に入れて朝から午後3時ぐらいまで干した。ちょくちょく干し具合を見ていると、粗く切ってしまった切り口が気にならなくなった。これならまずまずのができるんじゃないかと。

その日の晩のおかずになった。
さて味は。やはり少しばかり塩辛く感じた。開きを5%の塩水濃度の浸すのは30分以内でいいのかな。干す時間もその日の天気で変わるのだろうが、この日なら午前中で取り込むべきだった。ということでサンマの丸干しと開きを作ってみて、なんとなく要領をつかんだような気がする。

この冬の干物づくりは、メヒカリの干物から始まった。ヒマつぶしにやってみると意外と簡単だった。干し網は初めて使ってみたが、これは重宝する。まめになれば自作のうまい干物が食べられることはわかっていた。どうも面倒だ、億劫だといいながら干物づくりから遠ざかっていた。干物はうまい。これはやるべきだなと思った。


        
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ニンジンの春まき

2015-03-06 | ニンジン

 ↑昨年の夏まきニンジン。冬の間は地中に埋めて保存。
2月末にすべて掘り出し、いまだに食べ続けている

↓春まきは穴あきマルチにタネをまき、穴あきビニールをトンネル掛けして保温

ニンジンのタネを2月27日にまいた。春まきと夏まきの2回行っている。今回は春まきになる。

ニンジン栽培のポイントは発芽を揃えること。これができれば成功したも同じだ。それだけにむずかしい。経験がものを言う。失敗を重ねるほどに発芽をきれいに揃えることができるようになった。それでもタネをまいてから発芽を見るまでは気が気ではない。

発芽を揃えるには春まきの方が容易だ。味は夏まきが数倍うまい。春まきの収穫は6月から、夏まきは11月からになる。

わが家のニンジンは秋冬によく食べる。夏はあまり食べない。それなら春まきは作らなくともいいかなと思っているのだが、腕が鈍らないようにとことしも作ることにした。

わたしのニンジン栽培はいつも同じ。15㌢間隔の穴あき黒いマルチを敷き、ひとつひとつの穴にタネを適当にパラパラとまいて覆土する。春まきは保温のために穴あきビニールをトンネル掛けしてやる。家庭菜園だからこんな面倒なことも楽しい。すべての穴から発芽すれば大成功。だがたいがいそうはいかない。

今回は125の穴にタネをまいたから125本収穫を目指している。穴の1割ぐらいからは発芽してこない。この割合でも大成功である。しかし芽が出てこない穴は欠株になる。わたしはこれが嫌だから、発芽してこない穴に再度タネをまいて、すべての穴から発芽させるように努める。

欠株が気になるのは初期生育のときだけ。ある程度生育すれば欠株なんか気にならないとわかってはいるのだが、どうにも気になるから欠株対策をする。ふだんの生活はずぼらなのに、欠株だけには神経質になる。どうしてだろう?

いま食べているニンジンは昨年の夏まき秋冬どり。150本ほど作った。冬の間はいったん抜き取って再度地中に埋めて保存していた。地温が上がって放置しておくと腐るからすべて回収した。まだまだ残っている。味も悪くはない。

■これまでの春まきニンジン

2014年=2月25日に種まき3月19日に発芽を確認、6月10日に収穫

2013年=2月10日に種まき、3月12日に発芽を確認、6月14日に収穫

2012年=3月3日に種まき、3月25日に発芽を確認、6月25日に収穫

2011年=2月6日に種まき、3月10日に発芽を確認、6月7日に収穫


       
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ジャガイモー種イモの植えつけ

2015-03-04 | ジャガイモ

浴光育芽(催芽)したジャガイモ。植えつけの2,3日前に分割して乾燥させる。

ウネ間80センチ、株間30センチで植えつける

2月25日にジャガイモの種イモを植えつけた。いつもの年よりも1週間ほど早い。品種は男爵、メークイン、キタアカリの3種を各1キロ。

2月3日から芽出し、いわゆる浴光育芽(催芽)を行ってきた。強い芽が出て伸びてきた。もうこれ以上待ってはいられない。一個が30グラム以上になるように縦に切り、2,3日乾燥させた。

ジャガイモは畑に事前に石灰などまいて調整することは必要なし。小型耕うん機で耕し、ウネ間80センチ、株間30センチ、深さは5~7センチ程度で深く植えない。

狭い菜園だからといってウネ間を狭くしては後悔する。土寄せをするときに困るからだ。肥料は株間にケイフンをひと掴みずつまき、さらに化成肥料をほんの少しばかり追加してまいた。毎年こうしている。


        
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サトイモー種イモの芽出しをスタート

2015-03-02 | サトイモ



畑に深く埋めて保存していた種イモを掘り出す。これは土垂の親イモ。
芽出しは、すき間なく一段に並べて3センチほど覆土。ビニールなどをかけて保温

農閑期でのんびりしていたのに先週は一気に動いた。まずはサトイモ種イモの芽出し、次に小型耕うん機で耕してし、ジャガイモの植えつけ、ニンジンのタネまきをした。やむなく動かざるを得なかったのではない。もう少し待てばいいものを待ちきれずに動いてしまったといったほうがいいかもしれない。空気は冷たいがこの時期の天気がいい日に畑に立つと冬から解き放たれた気分になって気持ちがいい。春がきたなと。

まずはサトイモの種イモの芽出しを開始。
芽出しは出芽をそろえ、欠株を防ぐためにやっている。

1、芽出しは1カ月かかる。4月上旬に植えつけるので、3月はじめから芽出しをスタートさせる。
2、畑に深く埋めて保存していた種イモを掘り出す。これがけっこうな重労働だ。
3、芽出しをするには保温が必要だ。種イモをすき間なく一段に並べて、3センチほど覆土する。その上にワラを敷き、さらにビニールシートなどをかけて保温する。方法はなんでもいい。とにかく保温が必要だ。芽出しといってもやるのはこれだけである。
4、1カ月もすると芽が出てくる。芽が2センチほどになると植えつけている。

芽出しをするとどうなるのか。参考まで昨年の芽出しによる出芽の写真を示す。
上がヤツガシラの種イモ、下が土垂(親イモ)の種イモ。この程度まで出芽させる。

畑の地中に保存していた種イモは無事に冬を越した。掘り出すまでは寒さで腐っていないかと心配する。ことし芽出しさせるのは昨年と同じく、ヤツガシラ、土垂、エビイモ、愛知早生の4種。昨年は豊作だった。おかげでいまも食べ続けることができている。種イモも十分に確保できた。食べ比べながら毎年のことながらやはりツヤツガシラが一番うまいかなと思う。

種イモはたっぷりある。しかし狭い菜園だから植えつける数には限りがある。好きなだけになんとも惜しい。


        
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