30坪+20坪の菜園

BIG FARMの農事日誌です。

地場野菜で漬物

2007-01-31 | その他

生まれて初めて漬物に挑戦した。
28日に野良仕事をしていると隣りの専業農家の奥さんから声がかかった。これを食べてみない。一晩塩漬けすると食べられるよ。
「ふせ菜」だった。このあたりの野菜で全国で見直されている地場野菜の一つだ。カラシナ・タカナとよく似ている。たぶん変種だろうか、と質問しても「昔から作っている野菜だ」としか返ってこない。「ふせ」はこのあたりの地名「布施」からたぶんとったのだろうと思う。近くには
「布施弁天」がある。
昨年の12月ごろに種をまいて3月のお彼岸ごろに収穫して漬物にする。ところがこの暖冬だ。ぐんぐん伸びていまが収穫時期になった。もうすぐトウが立ちそうな感じだ。
少し頂戴した。「塩漬け」に初挑戦だ。手順は農家の人から聞き、ネットと本で勉強した。やるじゃないか、BIG FARM。いや、本と首っ引きで作業だよ。

□これが「ふせ菜」。カラシナ、タカナとよく似ている。

□寒さで傷んだ葉を取り除く。

□一握りくらいにずつに分けて輪ゴムをかける。上の葉と下の茎を切りそろえる。これで準備OKだ。

□輪ゴムをつけたまま漬ける。塩漬けというからには塩が必要だ。何グラム入れるのか。本によると4%から5%とある。「ふせ菜」の重さは1.2㌔。塩の量はその4%だから約50㌘。それを少しずつ振る。



□最後に押しふたをして重しをのせた。なんか簡単だな。農家の人は一晩漬けると食べられるというが、30日の朝に見たらまだ水が上がってこない。それでも取り出して食べてもいいのか。それとも少し様子を見たほうがいいのか。水が出てこないときは差し水するのもいいと本には書いてある。漬物初挑戦だし気楽に試行錯誤してみよう。なんかはまりそだ。あれもこれも漬物にしたくなりそうだ。


 


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「アルプ」の特集号とアンソロジー

2007-01-30 | 閑話

一昨日と昨日、書いてきた山の雑誌「アルプ」。
「ずいぶん興奮しているんじゃないか、BIG FARM」
「そうなんだ。意外な出会い
には驚いたよ」
中 身にはまだ目を通していない。目次と特集号の題名をざっと見ただけだ。私の好きな「辻まこと」の名前を見つけた。同氏の作品を多くを読んでいる。「アル プ」に同氏の作品は何篇あるのだろうか。再読が楽しみだね。特集号は少し束が厚い。どれから読もうか。わくわくする。私も山への思いを、このタイトルで書いてみようかという題名ばかりが並んでいる。

□特集号の題名
牧場(45号)、山小屋(50号)、岩(54号)、峠(69号)、夜(79号)、山 の博物誌(85号)、谷(91号)、森(98号)、道〈105号〉、高原(111号)、山村(129号)、朝(120号・10周年記念特集)、山と私 (100号)、山で会った人(116号)、小さな山(136号)、道具(141号)、湖(147号)、憧れ(150号)、山の仲間(157号)、深田久弥 遺稿増大号(159号)、アルプ教室(162・170号・176号)、山小屋(165号)、雨(172号)、頂き(177号)、風(184号)、尾崎喜八 (196号)、忘れ得ぬ山(200号)

□「アルプ」を概観する手っ取り早い方法がある。池内紀さんが「アルプ」からのアンソロジーを2冊出している。2003年に「ちいさな桃源郷」、続いて2005年に「山の仲間たち」。いずれも31篇を選び、幻戯書房から刊行されている。

□その「ちいさな桃源郷」で池内さんが「アルプ」について書いている。「アルプ」の解説は多々あるが私はこれが好きだ。

アルプのこと   池内 紀

昭 和33年(1958)3月、一つの雑誌が創刊された。並外れて美しく、並外れて高価な雑誌だった。終刊は昭和58年(1983)2月。まる25年にわたり 300号を数えた。 誌名は「アルプ」。その名前からもわかるように山の雑誌だった。少なくとも山の雑誌としてはじまった。発行所は創文社。創刊号は全 68頁。定価80円。 昭和33年当時の80円が、どれほどの価格であったか。そのころ、東京の日常の乗り物だった都電が13円。2年前にすったもんだの 末、10円から13円に値上げされたばかりだった。

300号を通して、装丁はほとんど変わらなかった。表紙は緑がかった水色。フランス語で、「ヴエール・ドー」とよばれる色だろう。漉きのスジが横 にうっすらと入っている。そこに黒、あるいは濃いべージュで「アルプ」のタイトル文字。本文はクリームがかった高級紙。原色版の挿画が一点。ほかにモノク ロ写真、多くのカットがついた。 山の雑誌だが、山の案内はしない。コース紹介、技術や用具をめぐる実用記事といったものもまるでなし。広告は一切のせな い。

そんな雑誌が300号つづいた。わが国のジャーナリズムにあって、とびきり大胆で、きわめて珍しいケースだったのではあるまいか。ふつう雑誌は何であれ、 にぎにぎしく騒ぎ立て、読者にウインクし、新味をちらつかせ、情報で脅しつける。そんななかで、ひとり「アルプ」は終始つましく、ひっそりとしていた。み ずからの孤独を言いきかせるように、表紙の絵も沈んだ中間色におさえてあった。雑誌そのものがあまりにそれ自体で完成されていたので、すぺてが「アルプ」 自身のなかに封じこめられ、思い返すとき、さながら白昼夢のような気がする人もいるのではなかろうか。

写真上=特集号の山小屋(50号)と峠(69号)
写真下=特集号では一番部厚い「尾崎喜八」(196号)。「アルプ」の名付け親である

つづく 


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宝の山「アルプ」

2007-01-29 | 閑話

2007年1月27日の土曜日は登山の予定でいた。二日酔いだった。天気もいまひとつはっきりしない。これを口実にやめることにした。こうなると私の休日の過ごし方は、野良仕事してからウオーキングそして図書館となる。いつものパターンだ。

こ の日もそうなった。図書館に行くとリサイクル本コーナーがにぎわっている。保管期限が過ぎた雑誌などを廃棄処分にするところを「リサイクル本」として市民 に自由に持ち帰ってもらう。ただし10冊までという制限付き。だれもが手を出さないコーナーがあった。A5版の薄い小冊子がびっしりと並んでいる。100 冊以上はあるだろうか。背表紙は茶褐色に変色している。見るからに体裁が悪い。「これはなんだろう」。背表紙をみると「アルプ」とある。もしかしたらこれ は?! 

そ う、なんとあの「アルプ」ではないか。創刊号(1958年3月)から200号(1974年10月)まで ある。バックナンバーが揃っている。確認できたわけではないがざっと見渡すとほぼ揃っている感じだ。「なぜ、この雑誌がここにあるのか」「ほんとうにこの 雑誌をもらっていいのか」。創刊号から200号まで揃っているものを、ばらばらに散逸してしまうのはなんとも惜しい。私には“宝の山”だ。すべてを私は欲 しくなった。係員に尋ねたところ「リサイクル本の還元期間中は渡すことはできません。終わって残っていれば。廃棄処分に回すだけだから・・・」。

こ うしていま私の手元にある。創刊号から200号まで。確かめてみると7冊ほどかけているだけだ。 “宝の山”を前にして、これだけの「アルプ」を分散させないことはできた。死蔵させないためにも本当は地元の山岳会なんかが持っているのが一番いいのだろ う。これからどうするか。楽しみが一つ増えた。

写真上は「アルプ」の背表紙。これが200冊近くある。
写真下は「アルプ」創刊号、2号、3号(左から)


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伝説の山岳雑誌「アルプ」

2007-01-28 | 閑話

にんまりして眺めている。よほどうれしいんだな。なにがって目の前に山の雑誌「アルプ」が山積みになっている。これをすべて読めるんだと思うと心が躍る。
「アルプ」は1958年(昭和33)3月に、串田孫一責任編集で創文社から創刊された。25年後の 1983年(昭和58年)2月に300号をもって終刊した。山の雑誌だ。四半世紀前に終わった雑誌だけに山登りをしている人も知っている人は少なくなった。
その雑誌が今ぼくの目の前にある。一冊だけじゃない。ズラリだ。うれしいなんてあまり連発したくないのだが、やはり楽しみだ。しかし山に興味のない人には紙くず同然だろう。
目次を見る。予想通りすごい。当時の登山界の錚々たるメンバーが執筆している。「アルプ」25年間の執筆者は約650人、1号平均15から20篇として300号の合計は五千篇以上になる、という。
A5版。創刊号の裏表紙を見ると定価「¥80」。
トップの写真が創刊号(1958年3月)。
下の写真は記念号。100号(1966年6月)、150号(1970年8月)、200号(1974年10月)。

どうして手に入れたのかって? それはまたあした。


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やっぱり暖冬かな

2007-01-27 | 閑話

春の陽気だった。野良仕事のあと、ウオーキングが気持ちいい。一枚上着を脱いだ。筑波山は霞んで見えない。春霞がたなびいている。

玄関先に1週間前からいるオンブバッタ。まだ生きている。その生態をまったく知らないのだが冬を越すことができるのか。いや、なんかの間違いだ。やっぱり暖冬のせいか。きっとそうだと思う。なにを食べているのだろう。

2週前に開花した紅白梅この陽気で一気に開花した。梅の花は寒空に健気に咲く。楚々とした風情だ。ところが梅の匂いはきつい。根元から見上げると匂いが降りそそぐ。目を閉じて匂いをかぐと熟れたように甘い。胸一杯にすいこむ。初物はなんでも新鮮だ。ハチが蜜を求めてさかんに飛び回っている。                                 


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わらのベッド

2007-01-25 | キヌサヤ
キヌサヤは手がかからない。だから放ったらしにしている。思い出したようにたまに様子を見るだけで、なんとなく申し訳ない感じだ。
この冬を越してくれれば、春先に支柱を立て、4月5月の収穫を待つだけである。あえて心配といえばこの寒さを無事に乗り越えてくれるかどうか。

11月初旬に種をまいた。時期が少し遅かったかなと心配した。暖冬のおかげというか、背丈もちょうどいい具合だ。凍って枯れている株はいまのところ一株もなく順調に育っている。保温のために根元にわらを敷き、防虫ネットをトンネル掛けしてある。



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品薄

2007-01-23 | ホウレンソウ

「甘い!」。今晩はホウレンソウのおひたしを食べている。口に入れると甘さに感じ入る。うまさに誘われてまた口に入れるとますます甘さを感じる。「この甘さはなんなんだろう」。シンプルだからこそ素材の味がストレートにわかる。食べてしまうのがもったいないくらいだ。これだから晩酌がすすんでしまう。「竹鶴・H16BY雄町純米にごり原酒」にも舌鼓を打つ。

露地栽培のホウレンソウが格段に甘い。「どうだ、うまいだろう」と自信満々に胸を張って声をかけてくる感じだ。肉厚で歯ごたえがある。これに比べたら10月11月収穫のものは味はいいんだけど薄っぺらでぺらぺらした舌触り。「それも仕方ないか」。納得の感じだ。



このホウレンソウが、わが菜園では品薄になっている。1月に収穫予定でいたもののが生育が遅れて収穫できないからだ。
ホ ウレンソウは、常時食べられるように9月下旬から少しずつ時期をずらして種をまいてきた。最後は11月にまいた。これを1月に収穫できるものとあてにして いた。しかし生育が遅い。早く大きくなってくれよとビニールトンネル掛けして生育を促している。それでも思うように大きくならない。冬の食卓にホウレンソ ウは欠かせない。いま食べないと。



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京美人と坂東武者

2007-01-22 | 冬ネギ

九条細ネギが大変身して九条太ネギになった。いまが旬だ。
このネギが今晩の酒の肴。ネギ焼になっ た。シンプルだからこそうまいネギかどうかすぐ分かる。うまかったね。口に入れると表面は歯ごたえがあり、なかはとろりとした美味しさ。おかげでいつもよ り少しばかり飲みすぎた。新潟〔〆張鶴・本醸造〕、茨城〔武勇・純米〕、締めは奈良〔生もとのどぶ〕。

九条ネギはすらりとのびやかだ。いかにも「京美人」といった姿に見える。それに比べるとこの時期の下仁田ネギはいかにも「坂東武者」で無骨だ。 

九条細ネギを土寄せすると、関東の「根深ネギ」のように白い部分の軟白部が長く太くなる。葉も軟白部も両方 食べられるというのだから家庭菜園には最適だ。初めての挑戦にしてはうまい具合にできた、と自画自賛している。味もいい。要領も分かったのでこれなら今年 も作らなければならない。ぜいたくな話、いつも下仁田ネギばかりではさすがに飽きる。


下仁田ネギ

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もっと食べないと

2007-01-21 | ダイコン
12月の登山から一カ月。そろそろ山登りの虫が動き出してきた。1月の山は決めてあるのだが、こう寒いと早起きが億劫であり、天気もままにならない。
喪中通知と年賀状を整理。先輩や知り合いが亡くなっているのを知る。身近に接してきた人たちが一人欠け二人欠けていく。年々歳々さみしくなるばかりだ。この現実に「いつの間にかそんな年になった」としみじみと思わざる得ない。

貯蔵してある大根を掘り出した。寒さから守るために、すべていったん抜き出して葉を切り落とし、再度土の中にすっぽりと埋め戻してある。今年から貯蔵方法を変えた。掘り出す手間が掛からなくなり具合がいい。鮮度も味もいまのところ変わらない。
だいぶ貯蔵してある。もっともっと食べないと無駄にしてしまう。だからといってそう食べられるものでもない。
おでんの具に大根は欠かせない。最近好みが変わってきたようだ。いの一番はいまも大根に変わりないのだが、二番目が昆布かコンニャクになった。いままでは練り物だったのに。

玄関先にオンブバッタを見つけた。目を疑った。ホンモノ? 生きているの? 暖冬とはいえ、この寒い時期にどうしてここにいるんだろう。


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山岳雑誌「アルプ」のこと

2007-01-20 | 登山

  

 



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本当の味って

2007-01-18 | サトイモ
わが菜園もしだいに野菜が少なくなってきた。
□1月中旬に収穫できるもの
ハクサイ、下仁田ネギ、九条ネギ、ホウレンソウ、ブロッコリー、コマツナ、キャベツ(今週でおしまい)、タアサイ
□土の中に貯蔵しているもの
ダイコン、サトイモ
□苗を育てているもの
春採りキャベツ、タマネギ、キヌサヤ、下仁田ネギ

鮮度を保つため土の中に貯蔵してあるサトイモ。再度掘り出してみたが鮮度も味もまったく問題はない。
サトイモがわが菜園では欠かせないものになっている。取れたてがこんなにうまいものだとは知らなかったからだ。畑に余裕があるならぜひ栽培を勧めたい。たぶん、収穫したばかりの味にはびっくりするよ。いままでのサトイモはなんだったのだろう、と。
多くを地中に貯蔵した。「まだまだあるな」とか「これなら当分楽しめそうだな」と確認している自分がいる。よほどうまかったのだろうね。
食用とは別に、今年植えつける種イモを昨年より多く保存してある。すべて植え付けたいのだが、いかんせん農地が狭い。



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秋まき春採り

2007-01-17 | キャベツ

キャベツだけは自分の作ったものが一番安心して食べられる。キャベツ栽培は虫との戦いになり、農家では防虫のため薬を使わざるを得ないからだ。とくに夏まき秋採りのキャベツがそうだ。7月末ごろに種をまくのだから生育中は虫との戦いになる。

防虫に殺虫剤が手っ取り早くていいのだが、自分の口に入れるのだから一匹一匹を手で捕まえて殺している。不織布をかけていてもアオムシがどこからともなくいつの間に発生して増えている。虫との闘いに根気負けしないことだ。私のような小さな家庭菜園だから捕殺できる。これが栽培面積が大きい農家だと薬に頼るしかない。当然だと思う。だから虫食いのまったくないキャベツを見るとこわい。薬を散布しているな、とつい思ってしまう。

その夏まき秋採りキャベツはこれでおしまい。頭の天辺を何かにかじられている。野良犬、野良猫、カラス? その現場を見ていないのでなんともいえないのだがたぶんカラスだろう。

秋まき春採りキャベツも同じウネで作っている。これは9月末に種をまいた。この秋まきのほうは虫の心配がない。ただカラスに食べられないようにビニールトンネル掛けをしていたらこの寒さにもかかわらず青々とだいぶ大きく育ってきた。冬を越せばみずみずしいキャベツが食べられる。春キャベツはやわらかく、よりうまいと思う。


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本領発揮

2007-01-16 | 下仁田ネギ
同じ被写体を同じ時間に写した。知らない間にフラッシュライトがついてしまたっのか。こんなにも印象が違う写真になった。
下 仁田ネギがいよいよその本領を発揮してきた。本来の味になった。しかし見た目がいけない。葉身は寒さで枯れてしまい、食べられるのは葉鞘部と葉身のごく一 部になった。下仁田ネギの美味しさを知らない人に、いま贈ったら「失礼ね、こんなくずネギを!」といわれるだろう。そういわれても仕方ない姿だ。しかし、 いまが一番うまい。育てていればこそ味わえる美味しさだ。♪ぼろは着てても心の錦・・・。そんな感じだが、ちょっとミスマッチか。
口に入れると、あちっ。その瞬間にとろけて甘さが広がる。これは冬の口福だね。そう思うよ。






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残り少なし

2007-01-15 | ハクサイ
昼ご飯のときたまたま女性二人の隣に座った。聞くとはなしに耳に入る。独身者が既婚者に、いい結婚相手がいないか相談しているようだ。隣に座っているのが申し訳ないような話で私は落ち着かない。
 「年下でもいいの?」
 「30歳までなら。私、年がいっているから」
独身女性は私の正面右に座っている。見た目には彼氏がいないのが不思議なくらいだ。団塊ジュニアの世代だろうか。若い女性の会話を久しぶりに耳にした、そんな感じだった。

わが菜園のハクサイ。ふくよかな姿だ。中晩生の品種だから寒さに耐えて生き生きしている。外葉を一枚めくるとみずみずしい真っ白な肌を見せてくれる。漬物の「おこうこ」 になる。毎晩毎晩欠かさず食べている。たいぶ食べたなあ。それでも不思議と飽きがこない。しかし「おこうこ」を食べられるのもあとわずかの期間だ。今年は 育てた株数が少ないかなと思っていたがちょうどいいくらいの分量だった。残りがわずかになった。大事に食べないといけない。

これは農家のハクサイ畑。早生の品種なのだろう。だいぶ寒さにやられて外葉が枯れてしだいにやせ細り無残な姿になっている。いまが一番うまい時期なのだが、こうも見た目が悪くなっては市場に出せるのだろうか。


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紅白梅

2007-01-13 | 閑話

紅梅が咲き、白梅がほころびはじめた。毎週末にウオーキングで通る公園の梅林で見つけた。日当たりのいい斜 面に多くの梅が植えられている。先週に観察したとき今週かなと期待していた。梢を見上げとつぼみが開き白梅がのぞく。隣を見るとなんと紅梅が咲いているで はないか。紅梅のこの姿に“明眸”という言葉を思い出した。どうかな。紅白の侘助に続く紅白の梅。わが猫額庭の梅のつぼみはしっかりと堅いままだ。


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