30坪+20坪+30坪の菜園

BIG FARMの農事日誌です。

400本のタマネギの苗を植えつけた

2011-10-31 | タマネギ


↑ことしのタマネギの苗づくりはうまく行った。その横に植えつける畑を用意。準備万端だ


↑タマネギの植えつけ作業

タマネギの苗を400本ぐらい植えつけた。今年の品種は「奥州」オンリーだ。腰を下ろしての作業だから腰が痛い。これも山歩きの鍛錬と思えばいいかなと思いながら一気にやり遂げた。植えつけが済んだタマネギ畑を、やったもんだねと感心して眺めている。

今年は苗づくりがうまく行った。タマネギの苗づくりは何十年やっていても苦手だ。今年は2袋をまいた。これまでは1袋から、年によって違うのだが100本から200本ぐらいの苗が取れた。そうなると今年はうまくいけば倍の400本は取れるかなと皮算用。9月上旬にタネをまいてから、それはそれは目をかけて育ててきた。順調だった。こんなことははじめてだった。

タマネギ栽培の面白さは、苗づくりにある、と思っている。だが、それは私にはむずかしいく面倒だ。いっそのこと市販の苗で間に合わせたい。大方がそうだ。しかし、タマネギは苗を植えつけてしまうと、収穫までこれといって苦労なくできる。作っているといった実感がない。家庭菜園は少々の苦労が楽しみになる。そこが面白いから長年あきないでやっていられる。

といっている手前、ずっと苗づくりをしている。300本の苗を植えつけている。すべてを自家育成苗でまかなえないのでいつもは100本の不足分は市販の苗を買って補充している。

今年は2袋をまいたうえに順調に育ったから予定の400本の苗を得ることができた。すべてが自家育成苗だから気分がいいのはいうまでもない。

苗を掘り起こして、用意していた畑に植えつける。畑は2畝を用意。一方は穴開き(15㌢間隔)の黒マルチを敷いた。もう一方はそのままである。

苗は大きなものから小さなものまで不そろいだ。小さな苗は捨てる。もったいないからといって植えつけたところで駄目だ。これは経験すればすぐわかる。捨てる苗の基準はアバウトだ。これも経験でしかない。それと根がたくさん付いているのがいい。根がちょぼちょぼだとなかなか根付かなく生育が悪い。苗を買う場合は根が新しくて多いものを選ぶべきだ。

さあ、植えつけ作業の開始だ。苗を掘り越し、選別して、植えつける。この繰り返しである。一本一本植えて行く。400本もやるのかよと、少しばかり弱気だ。とにかく400本を休むことなく作業を続けて済ませた。

苗はまだ残っているが、いったんこのまま様子を見る。植えつけた苗が枯れたり、虫に食われたりすれば補充しなければならない。そのために残しておく。自家育成苗は根がしっかりしているから枯れることはないが、ヨトウムシに根元から食われてしまうことはよくある。

あと50本ぐらいは植えつけるだけの苗がある。しかし、たまたま苗づくりがうまくいったからといって、こんなに植えつけてどうするんだと、あたりまえのことに気が付き、さてどうしたらいいものかと考えているところだ。


   


ソラマメの難敵アブラムシに頭が痛い

2011-10-30 | ソラマメ

この秋はソラマメのタネを買ってきた。25個入っていた。10月17日にセルトレイにまいたところ発芽率はよく、すべてから芽が出てきている。

ソラマメは2年連続不作だった。それで自家採種ができなく、タネを買ってきたわけだ。すべてがアブラムシのせいである。ソラマメは食べたし、されどアブラムシは怖し、である。

ソラマメ栽培といえば、アブラムシとの戦いになる。かなり手ごわい。次々と新たな戦力が加わってくる。そのしつこさにはうんざりする。いいかげんにしろと怒鳴りたい。それで逃げてくれればいいのだが、そうはいかなく、最後にはとうとうあきらめてギブアップしてしまう。もちろん私の口に入るソラマメは極端に少なくなり、自家採種も困難になる。

ソラマメを作るべきか、それとも作らざるべきか。この秋も悩んだ。やっぱり作らないわけにはいかない、というのが結論だった。タネを新しくしよう。そしてアブラムシ必殺の浸透移行性殺虫剤を使うことにしよう。

わが菜園に限らず、ソラマメを作っている菜園はどこもアブラムシ対策で頭を悩ましている。たとえば、近くの菜園では、麦を両側に植えてアブラムシを寄せ付けないようにしているのだが、私の見るところ効果はないようで、かえって麦が日差しを遮って肝心のソラマメに日が当たらなくなって生育不足になっていた。1カ所でもアブラムシの被害があればすぐに周囲に蔓延する。ところが周辺の畑でアブラムシの被害がなかった畑があった。尋ねたところ、浸透移行性殺虫剤を使ったのこと。これを聞いてなるほどねと得心した。

ソラマメについては無農薬栽培をあきらめることにしよう。とてもじゃないが気が短い私には、辛抱強くアブラムシと戦うのがいささか面倒になってきている。


   


サヤエンドウの発芽はうつくしい

2011-10-29 | キヌサヤ

ナスは頑張ってくれた。10月末までよく実をつけてくれたが、もう限界だ。すべて引っこ抜いて片づけた。6月下旬からずっと収穫が続いた。おかげで大好きなナスの漬物をこれでもかと食べることができた。できることなら漬物をまだまだ食べたい気がする。しかしもうあきらめるしかない。

10月17日に畑に直まきしたサヤエンドウとスナップエンドウが1週間ほどで芽を出してきた。うまくいった。両者に限らず豆類の芽出しは何年やっていてもむずかしい。いつもセルトレイにタネをまくのだが、つい水をやり過ぎたりして腐ってしまうものがあり、なかなか発芽がそろわなくて、これが意外と難しい。

今年は直まきしてみた。30センチ間隔で一カ所に2、3粒まいた。最初に水をたっぷりやって、あとはほったらかしにしていた。苦労なくして発芽がきれいにそろうのだから、わからないものである。

エンドウに限らず豆類の芽の色は美しい。つややかでさわやかだ。とてもきれいだ。いまは恋する乙女の雰囲気のようだといいたいが、残念ながらこちらも長くは続かない。

同じ日にタネをまいたソラマメはやっと芽が動いてきた。


   


トウガラシの赤に首ったけ

2011-10-28 | その他

トウガラシを株ごと抜いて、そのままの姿でいま乾燥させている。秋の日差しに輝く真っ赤なトウガラシ。その姿をじっと見つめていても飽きない。なんていい色なんだろうと感心して見つめている。この爽やかな秋の青空に真っ赤な原色は似つかわしくないはずなのに、不思議と合う。派手なけばけばしさはなく、目を刺激することもない。しっとりと切なくなるほどこころ沁みる赤だ。同じ真っ赤なトマトは秋の空に似合うのだろうかと思ってしまう。

トウガラシは毎年作っている。使う量は高が知れている。辛いのが大好きな人とか、食べるラー油を作るとかいう人は別だが、わが家には昨年作ったトウガラシがまだ冷蔵庫にわんさと残っている。これだけ残っているのだから、今年は作らなくともいいかなと思っていても、トウガラシが畑にないと、なにかを作り忘れていのでないかと気になってしまう。

そうか、それならせめて1本だけでも植えつけようか。ポット苗を1個買って植えつけた。1株あれば、わが家の1年分には十分な量だ。トウガラシは好きなのだが、激辛は苦手だ。あまり辛すぎると、いらいらして腹立たしくなる。やはり適度な辛さがいい。

これだけトウガラシが残っているのだから、粉末に加工して一味唐辛子にすればいいものをと思うのだが、いつも思うだけで終わってしまう。今年は粗挽きにしてみようかなと思っている。これなら、うどんにもそばに使えるはずだ。


   


ハクサイはヨトウムシにご用心

2011-10-27 | ハクサイ

風呂に入ろうとして、湯船のふたを開けたら湯がたまっていない。またやってしまった。これで2回目だ。風呂の栓をしないで給水スイッチを押してしまっていたから、湯が排水の穴に流れ続けている。これではたまるはずがない。気をつけていたのだが、このざまだ。こんな失敗が年を重ねると往々にしてある。そんな年齢だとわかっていてもショックだ。山の装備をザックに入れるときは指差し確認してから入れるようにしている。これからはお風呂の湯を入れるにもこれをやるしかないようだ。

ハクサイが葉を巻いてきた。順調だ。1カ月前の姿と比べるとよくわかる。このまま育ってほしいと期待を込めて追肥をしてやった。ハクサイの栽培で気をつけているのはヨトウムシによる食害だ。寒冷紗をかぶせているので被害はこれまでなかった。それで安心していたのだが、やはりというか、被害がないかどうかすべて見て回ると、2個にヨトウムシが侵入して葉を食い荒らしていた。黒い糞があるからすぐにヨトウムシの仕業だとわかる。憎いあんちきしょうだ。

ヨトウムシの仕業とわかると、葉の中に潜んでいるはずだ。見つけて摘まみ出さなければならない。ところがこれがなかなか見つけにくい。やっと見つけて摘まみ出したときは、まさに親の敵である。


  


かみさんの山歩きのみやげ酒

2011-10-26 | 

あいかわらず能天気な酒の話を。

今回の酒は、かみさんが登山の帰りに土産に買ってきてくれた酒だ。新潟の白瀧酒造「魚沼」と、富山の富美菊酒造「富美菊 純米5年古酒」の2本である。前者は奥只見の山の帰りに浦佐駅近くの酒店で、後者は北アルプスの帰りに富山駅ビルで買ってきてくれた。

まずは「魚沼」。飲兵衛ならすぐわかるとおり、白瀧酒造といえば「上善如水」である。そこにこの「魚沼」が加わった。白瀧酒造は南魚沼郡湯沢町にある。魚沼米ブランドにあやかっての命名だろうかなと思ってしまうのだが、そんな土産酒はたいがいうまくないのが相場だ。せっかくだから飲んでみるか、そんな失礼な先入観で慎重にほんの少し口に含んでみた。おやっ。おやっ。これは違うぞ。そこでグイッと杯を挙げた。うーん、これはいける。さわやかだ。それでいて米のうま味も感じるぞ…。自分の先入観が見事に違った。なんともバツが悪い。甘く見ていた私のこんな思いはだれにも知られていないからそっと一人自分の中にしまっておこう。かみさんに、たいした酒じゃないんだろうなんて言わなくて良かった。

次は「富美菊 純米5年古酒」。富美菊酒造という造り酒屋ははじめて聞く名前だった。それに5年古酒ときている。えらいものを買ってきてくれた。すぐに飲んでもいいものか。戸惑う酒だ。富山は名醸地である。私の好きな酒がいっぱいある。古酒だけに見るからに見事な黄金色というか山吹色をしている。思い切って開栓した。これは5年古酒だという構えて飲むのである。古酒といえば、これまでのわずかな経験からして「ひね香」に似た香りがするものだ。これは腐った酒かと思うときがある。劣化した酒と古酒とを混同してしまいがちだ。この酒もそんな香りがわずかに感じられる。古酒をありがたいと飲める人はいいのだが、私は敏感でどうも苦手だ。気になるものだから富美菊酒造をネットで見た。やってみるもんだね。おかげでこの造り酒屋があの「羽根屋」の蔵元だとわかった。なんだ、そうだったのか。かみさんは私に気遣って高い酒を買ってきてくれたのだろうが、私の好みからすれば「羽根屋」のほうはよかった。しかしそんなことはかみさんにいえないからね。

いつも私に向かって不平たらたらのかみさんだが、こうして私の好きな酒を下山してからわざわざ現地から持ち帰ってくれるのだからわからないものだ。それとも遊び過ぎの自分を省みてのしょく罪なのかと考えないでもないのだが、好意をそう考えること自体失礼千万だとすぐに思い直し、感謝しよう。感謝である。


   


シュンギクのほのかな香りをいち早く

2011-10-24 | その他


10㌢から15㌢ほどの背丈の、まだ収穫するには早い状態のシュンギク。これを一本一本、ていねいに摘み取った。こんなにか細いものをなぜ摘み取るのかといえば、いち早くほのかな香りとやさしい食感を楽しむためである。もちろんこんな小さなシュンギクは市場には出ない。

シュンギクの収穫はもっと背丈が伸びて茎が太くなってからのほうが摘みやすい。しかし大きくなるとその香りは私には強すぎる。いまの状態のものを食べられるのは、菜園をやっているからできる、ささやかなぜいたくである。こんな小さなシュンギクでも摘み取るときは、一番下の葉2枚は残す。その後は伸びてくるわき芽を順次摘み取って収穫を続けることができるからだ。

シュンギクを含めた葉ものは9月24日に一斉にタネをまいた。ミズナ、シュンギク、ホウレンソウ、それにコマツナの4種だ。冬の野菜といえばハクサイ、キャベツ、ネギ、ブロッコリーといった大きなものに目が行きがちだ。私もその傾向にある。小さな葉ものはおかずづくりには欠かせないし、酒の肴にはこれらがないと困る。そこで常に小さな葉ものを作るのを心掛けている。小さな葉もので、一番食べるのはホウレンソウだ。これは冬の常備菜で9月24日から10月中旬まで3回にわけてタネをまいてきた。なんともありがたい野菜になっている。


 

  


冬ネギの最後の土寄せ

2011-10-21 | 下仁田ネギ

狭い菜園なのに冬ネギ畑が一番広い。右から九条太ネギ、赤ネギ、左3列は下仁田ネギだ

冬ネギの最後の土寄せを行った。9月に入ってから2回から3回に分けて徐々に行ってきた。葉鞘部を伸ばすためである。これでやれることはすべてやった。あとは12月中旬からの収穫を待つことになる。

いま食べてもうまそうに見えるのだが、実際に食べてみるとまだかたい。やはりなんども霜が下りて寒さに当たらないと冬ネギ本来のうまさにならない。これからの寒さはネギには試練のときだが、食べるほうには至福の季節を迎える。

なんども言うが、ネギは冬に限る。だから冬ネギしか作らない。しかしタネをまいてから収穫まで1年以上もかかる。栽培期間が一番長い野菜だ。

ネギはよく食べる。一番食べる野菜だ。だから狭い家庭菜園ながらも栽培面積は一番広い。2人の食卓からすれば半端な量ではない。これだけの量の冬ネギを旬である2月下旬までに食べ尽くしてしまう。わが家にネギは欠かせないというか、いや、無駄にしないようにせっせと食べ続けるといったほうがいいのかもしれない。


  


ニンジンも収穫できるほどに育っていた

2011-10-21 | ニンジン

キャベツに続いてニンジンを収穫できた。このニンジンは7月初旬にタネをまいたものだ。きのう、夏まき野菜の収穫第1号はキャベツだと書いたのだが、待てよと気になってニンジン畑を見たら、すでに収穫できる大きさになっていた。というよりもすでに収穫できる大きさに育っているのをすっかり忘れていたようだ。ニンジンに悪いことをした。

わが家は思いのほかニンジンをよく食べているのがわかった。そんなにニンジンを食べているのかなと思うほどで、それがわかってからというもの、買うよりもわが畑でと、ニンジンをまめに作るようになった。

ニンジンはなんど作っても、肝心なのは芽出しである。芽出しがきちんとできればあとは楽だというのがよくわかる。この夏もタネをまいた直後に大雨にやられて、一部は再度タネをまく羽目になった。芽出しはやはり気を使うし、芽出しに失敗するとタネの巻き直しをしなければならないから、芽がきれいにそろうまではなにかと苦労する。

出来はまあまあである。言葉は微妙なもので、私の場合は、「まあまあの出来」は「まあ満足だ」という意味だから、かなりいい。ニンジンの甘さは、とれたてをジュースにして飲んでみるとよくわかる。こんなに甘いもんなのかとびっくりする。寒さが厳しくなるとさらに甘みが増す。

12月末には厳寒から守ってやるため、引っこ抜いてダイコンと同じように地中に埋めて防寒してやり、食べるたびに掘り出すと春まで長持ちする。


  


夏まき野菜の収穫第一号はキャベツ

2011-10-20 | キャベツ



虫除けのため、タネまきしてから収穫まで寒冷紗の中で育つキャベツ

直木賞を受賞した池井戸潤著「下町ロケット」は一気に読み通すのが惜しいほどのおもしろさだった。もったいないので一時中断して、縮こまった体を伸ばすためいつものように利根川の川堤をウオーキング。♪冬が来る前にもう一度あの人とめぐり逢いたい・・・♪ 冷たい風が吹いてくると、人恋しくなり、こころをあたためたくなる。

帰りに畑によってキャベツ畑をのぞくと、いつの間にか葉を巻いていた。いや、それ以上にもう収穫できる大きさになっていた。うかつだった。そういえば7月中旬にタネをまいたのだから、できていて当然だなと気がついた。

キャベツは虫との戦いになり、殺虫剤を使うのが嫌だから、タネをまいてから収穫までずっと寒冷紗の中で育つ。土寄せや肥料をやるときには寒冷紗をはずす。それが面倒なのだが、害虫の被害を考えれば、そうせざるを得ない。

おかげで、寒冷紗というベールをとると、それはそれはきれいなキャベツだった。無農薬でこういうキャベツができるとうれしいものである。この秋冬キャベツは20個ほどある。相変わらず作り過ぎで、2人の食卓では多すぎるのだが、春夏キャベツに比べて、これからは気温が下がる一方だから、畑においていても長持ちする。

夏まき野菜の収穫第一号は、てっきりニンジンかと思っていたのだが、キャベツのほうが先だった。


  


ありがたや、シシトウさまさまである

2011-10-19 | ピーマン

かみさんは先週につづいて、1週間後のきょうは新潟の奥只見の山を歩いている。元気だ。昨晩は銀山平に泊まっている。奥只見の山々のことしの紅葉はどうなのだろうか。私は安上がりにできているのか、充実した山歩きをしたあとは、しばらくはその余韻を楽しむことで満足している。その余韻が時間とともにしぼんで行くと、また山に行きたい気持ちが強くなるのだが、年を取ってくると余韻を楽しむ時間が長くなっているように実感する。さあ山に行こうと、腰をあげるのがそれだけ億劫になってきているのかもしれない。

夏野菜でいまも収穫ができているのはナスとシシトウの2つになった。ナスは10月末まで食べられるように計画栽培してきたのでその通りになっているのだが、意外だったのはシシトウだった。シシトウがここまで頑張って実をつけてくれるなんて思いもよらなかった。

シシトウは6月下旬から収穫がはじまった。いつもならとっくに収穫が終わって始末してしまっているのに、今年はいまの季節までしっかりと実をつけてくれている。これは飲んべえにはありがたい。シシトウさまさまである。シシトウがあれば、酒のつまみの一品になる。定番は焼いてショウガ醤油で食べるのだが、味噌炒めもうまかった。

長く食卓にのってきたシシトウも、もうおしまいだ。今週に最後の収穫をしたあとに、引っこ抜いて始末することにした。


 

    

 


ヤツガシラの食感は官能的だねと言ったら

2011-10-18 | サトイモ

サトイモをすべて掘り起こした。それらを別なところに掘った穴に移し、再度埋め戻した。畑が広ければそんな作業は不要だ。霜が降りるまでは食べるときに順に掘り出せしていけばいいだけのことなのだが、そこは零細菜園の宿命で、スペースをやりくりしなければならない。11月にサトイモのところにタマネギを植えつける。そろそろスペースを準備しなければならないから、サトイモには移動してもらわなければならなかった。穴掘りばっかりの作業だから、すっかり疲れてしまった。

1、まず、葉をすべて根元から切り落とす。
2、つぎに掘り起こす。株は約36株ほどある。試し掘りと称して食べてきたから、残りは30株くらいだ。
3、別のところに穴を掘り、そこにすべて埋め戻す。
4、埋め戻す前に、来年の種イモを確保する。種イモは、ヤツガシラ30個、愛知早生30個で、やや多めに確保する。種イモは、深く掘ってそこに貯蔵、保存するのだが穴が浅いと寒さにやられて腐ってしまう。何個かは腐るのが出てくる。
5、サトイモ畑は雑草などを取り除き、苦土石灰と有機肥料をまいて耕した。これで11月のタマネギの植えつけを待つ。

すっかり疲れてしまったというか、久しぶりに充実した野良仕事だった。この後の楽しみは食べること。それはなんといってもヤツガシラを今季初めて食べられることだ。試し掘りして食べてきたのはすべて愛知早生ばかりで、ヤツガシラをここまで待っていた。

うまいもんだね。さすがにヤツガシラはうまい。このねっとりとした食感がなんともいえない。噛んでいると、粘膜にまとわりついてくる。粘膜に深く絡んだり、そう思うとすっと離れたりと、すべての粘膜を微妙に刺激して、そのからみつき具合が味わい深い。なんともいい心地だ。「なんか官能的だね」。ふと率直な感想を述べた。そうしたら前に座っている人が、「なんかいやらしい」。気持ちいいものは気持ちいい。ヤツガシラの味は満足のいくものだった。やはりサトイモの中では味はピカ一だ。このヤツガシラが今年は豊作だ。ずっと食べ続けることができる。

ヤツガシラの恵みはそれだけではない。もうひとつの楽しみを提供してくれる。茎の皮をむいて天日に干すと「イモガラ」ができる。秋の日差しを浴びながら皮をむくのだがこれがけっこう手間ヒマがかかる。アクがすごいので手袋は欠かせない。素手でやると手のひらが真っ赤に、どす黒くなる。それを針金ハンガーに通して日に当てている。


 


飲んべえには堪らない塩ゆでラッカセイ

2011-10-16 | ラッカセイ



ラッカセイを収穫した。実の付き具合は平年に比べてやや不良といったところだ。それもそのはずで、ラッカセイの世話は、芽が出たのを確認すること、黄色い花が咲きだしたら土寄せすることの2点ぐらいで、あとはほったらかしだ。それで豊作を望むのは無理というもので、これぐらいが私の世話に対する見返りとしては十分なものである。

根元をつかんで引っ張り上げる。土の中からラッカセイが顔を出す。世話をやかなかったといっても、やはりでき具合は気になるものだ。実がいっぱいついている株もあれば、少ない株もある。

掘り出してから、一個一個をもぎ取る。だれもいない畑で、秋風に吹かれながら黙々と作業をする。収穫の喜びをかみしめながら静かな時間が過ぎていく。これがいいんだな。

家に持ち帰り、水で泥を洗い流す。やっとラッカセイらしくなった。きれいになった。これを天日で干す。ラッカセイの保存に湿気は禁物だ。完全にカラカラになるまで乾かす。乾かしたラッカセイを耳元で振ると、中の実が縮んでカラカラと音を立てる。それくらいまで干す。


■出来上がった殻付き塩ゆでラッカセイ

天日に干す作業と同時に、すぐに塩ゆでラッカセイを作った。これがラッカセイ栽培で一番の楽しみだ。取れたてのラッカセイを殻をつけたまま鍋に入れて、そこに塩と水を入れて茹でる。途中で味見をする。もうもうと湯気がたっているなかから、あっちちといいながら、一個を取り出してやわらかさと塩加減を確かめる。収穫したばかりのものは、実がやわらかいから20分もゆでると出来上がりだ。

ラッカセイはいろいろ調理できるが、取れたての殻付きを塩ゆでするのが一番シンプルで、一番好きだ。これは酒のつまみには最高で、晩酌には欠かせない一品になる。真っ先に手が出て、皿が空っぽになる。殻を割るのが面倒だって? そのちょっとした手間がいいのである。程よい塩加減にできると、ホントうまいものだ。


  

    


2011紅葉の山ー焼岳

2011-10-14 | 登山

焼岳の頂。北アルプスを眺める絶好の展望台だ。背景はことし8月に歩いた笠ケ岳


焼岳の紅葉もきのうの乗鞍岳と同じく、やはりよくなかった。真っ青な空に白い噴煙が上がり、前景には赤く燃えるナナカマドと黄色に輝くダケカンバの紅葉、一面のササの緑がその彩りをより一層鮮やかにするーそんな風景を期待していたのだが、いかんせん紅葉が寒さでやられいてはどうしようもない。それでも、標高2000㍍付近では足を止めて眺める紅葉の景色が広がっていた。私はこれまで満足のいく紅葉シーンを何度も各地で見てきただけにいつも最高の景色をもとめてしまいがちなのだが、かみさんのほうは感激して満足していた。それもみてわたしも少しは胸をなでおろした。

焼岳は、昨年9月に歩くまではあまり魅力ある山とは思えなかった。ところが変化に富んだ山だと体感して気に入っている。やはり先入観は間違いのもとだ。前回は上高地から入り、下山は中の湯コースを取った。今回は新中の湯コースを往復した。中の湯温泉旅館に前泊することでもあり、新中の湯コースは紅葉がいいというからこのコースを選んだ。中の湯コースのほうは現在立ち入り禁止になっている。


山行日 2011年10月11日(火)
天気 晴れ
山域 北アルプス
メンバー かみさんと2人
コース&タイム
中の湯温泉旅館5:45-6:00焼岳登山口-8:35焼岳9:25-11:45登山口-11:55中の湯温泉旅館(入浴)13:30=(中央道、首都高速、常磐道)=18:30我孫子の自宅


←前10日の乗鞍岳

山は早出に限る。展望も午前中が勝負だ。旅館の朝食に興味があったものの弁当にしてもらった。

旅館の右脇が新中の湯コースの出発点。15分で登山口に着く。平日なこともあり登山口前に止めてある車の数は少ない。新中の湯コースを歩くのははじめてなのだが、前回に中の湯コースを下山しているので、ポイントはわかっている。

今回のハイライトシーンの場所に着いた。ここは標高2000㍍付近である。焼岳の紅葉写真はすべてこのあたりから撮影したものだ。さてどうかと、気分が期待で高揚する。まだ朝が早いのか、真っ青な空にはなっていない。北峰の噴煙が見える。しかし、うーん・・・。やはり紅葉に鮮やかさがない。今年は紅葉がよくないよといわれていても、やはり期待していただけに、ちょっぴり残念だ。でも、「紅葉初心者」にはじゅうぶん満足できる景色ではないだろうか。
 

この先すぐに、中の湯コースの分岐がある。前回はこのコースを下りたのだが、現在は「立入禁止」の看板が置いてあった。

ナナカマドを近くから見るとすっかり冷害で枯れているのがわかる。


登るにつれて紅葉が楽しめる。

少しずつだが青空になってきた。

北峰の噴煙が見えてきた。左は南峰。


北峰の噴煙。頂上へは岩壁に沿って右へ進んで行く。


北峰と南峰との鞍部。後ろは南峰だが登山禁止で侵入禁止のロープが張ってある。

噴煙の上がる岩壁に沿って進む。

最後の岩場を両手を使って登ると、焼岳の頂上だ。飛び込んでくるのが槍ヶ岳から穂高岳。いい眺めだよ。

北から東に、北アルプスの峰々が勢ぞろいだ。まずは北に笠ケ岳から抜戸岳へのスカイライン。きれいだ。抜戸岳の右には双六岳。

目を少しずつ東へ移動していく。稜線の向こうに水晶岳と鷲羽岳が顔をのぞかせ、さらに稜線をたどると野口五郎岳もだ。そして槍の鋭峰となる。 


槍から穂高岳への峰々が続く。


そして圧巻は穂高の全貌。

南に目を転じると、きのう歩いてきた乗鞍岳だ。


この展望にかみさんは上機嫌だ。だれだってそうなる。


登山者はみな一様に穂高岳に向かっている。

満足、満足。さて宿の弁当とするか。



目も、こころも、おなかも、いっぱいとなった。50分ほどいて下山にかかる。岩場は慎重に。

下山にかかると、太陽が紅葉を照らす位置にきた。ササの緑が銀色に輝きだした。やはり2000㍍前後が一番きれいだ。


このあたりで登ってくる登山者に次々と会う。もっと早い時間に出ないと頂上からの展望がなくなるのにな。

 



登山口近くに大きなブナの木。これは立派だった。このあたりはブナ林だが黄葉にはちょっとばかり早い。ここまで下りてくると、葉が冷害で枯れてはいないから、この先、黄葉は楽しめるはずだ。


 ブナの森


登山口の駐車場。そんなに疲れを感じることなく無事に下山。気持ちのいい登山だった。
早朝の出発時にはがらんとしていたが、いまははみ出して路上駐車の車ばかり。

すぐに<中の湯温泉旅館>の温泉で汗を流す。ここは内風呂。


露天風呂。

露天風呂の縁の岩の上に木の実を見つけた。あれ、この三稜の形はブナの実だ。目の前に大きなブナの木があるから間違いない。そこから落ちてきたのだ。山を歩いていても、ブナの実はめったに見られないし、見られた人は幸運だ。私は何年ぶりになるだろう。記録を調べてみる。山の記録をきちんとまとめておいてよかったと思うときである。2005年に越後駒ケ岳で目撃している。

最後にブナの実にも会えるなんてうれしいものだ。紅葉の山旅も、今年はやや期待に反したものの、天気には恵まれてそれなりの紅葉も楽しめた。気分は上々だ。


2011年の乗鞍岳と焼岳の紅葉情報
2011紅葉の山ー乗鞍岳
 2011紅葉の山ー焼岳


    

 

 

    


2011紅葉の山ー乗鞍岳

2011-10-13 | 登山

3026㍍の山頂まで1時間30分で行けるなんて、バチがあたりそうだ。


山行日 2011年10月10日(月)
天気 晴れ
山域 北アルプス
メンバー かみさんと2人
コース&タイム
我孫子市の自宅3:15(マイカーで常磐道、首都高速、中央道)=7:15乗鞍高原観光センター8:00(専用バスの乗り替え)=8:50乗鞍岳・畳平9:00-10:20乗鞍岳・剣ヶ峰11:25-(下山中にアクシデントあり。単独女性が捻挫したため支援)-12:45畳平13:05=13:55乗鞍高原観光センター=白骨温泉=15:30中の湯温泉旅館


マイカーを利用しての山行。行先は北アルプスの乗鞍岳と焼岳の2山である。目的はもちろん紅葉だ。しかし今年ははずれた。詳しくは昨12日に「速報ー乗鞍岳と焼岳の紅葉情報」で報告した。

紅葉は期待外れだったが、その代わり天気は大当たりで展望を思う存分楽しむことができた。紅葉もまったく駄目というわけでなく、焼岳ではまあまあの紅葉を楽しむことができた。上を見ればきりがなく不満は残るものだが今回はそれでも「まあ満足」といったところである。しかし、そんなことで自分を納得させてはいるが、紅葉も展望も両方いいことに越したことはない。


乗鞍岳は畳平バスターミナルからだと最高峰の剣ヶ峰3026㍍まで手軽に登山できる。1時間30分ほど歩くと山頂だ。3000㍍の頂へ短時間で行けるなんてバチが当たるのでないかと、これがなんともいやで、うしろめたくて、これまで乗鞍岳は敬遠してきた。しかし、山での興味は年とともに変わるもので、この10年ほどは展望が楽しみになっている。その点からすれば3000㍍からの頂からの展望は魅力的だ。いい天気が続く。ことし8月の御嶽山につづいて3000㍍の山へお手軽登山に出掛けた。

かみさんはといえば、すでに夏の乗鞍岳を歩いている。それも野麦峠から歩いている。いまは環境保護のため?にこの登山道は利用できないようだから、貴重な体験になっている。このコースはお花畑がすばらしいと感心していた。なんともうらやましい。どこの山もそうだが、足跡が少ない道ほど花ざかりだ。

乗鞍山の畳平へのアプローチは長野県側からの乗鞍エコーラインを利用した。出発地点は乗鞍高原観光センター。ここからはマイカー規制のためバスかタクシーを利用する。バスは往復で2400円。50分ほどで一気に1200㍍の高度をかせいで、標高2702㍍の畳平バスターミナルまで運んでくれる。

出発地点の乗鞍高原観光案内所。8時発のバスに乗るため20分前にバスターミナルに移動して並んだ。人が少ない。ガラガラだ。3連休最終日とはいえ、たぶんバスは混雑するだろうと予想して覚悟していたのに。しかし出発時刻が近くなると見る間に行列が延びた。「昨年の10日は、混雑でバスを2時間も待たされた」。私の前の老人がそういう。バスは4台で出発した。


平年だとこの観光案内所のバスターミナル付近でも紅葉の見ごろとなるはずだが、どうも様子が変だ。
バスターミナルから乗鞍岳が遠望できる。剣ヶ峰にはさきほどから雲がまとわりついている。離れたり、くっついたり。


最高峰の剣ヶ峰をズームアップ。

紅葉が気になる。いまの時期は2000㍍から2300㍍くらいで紅葉の盛りを迎えているはず。それなのにバスの車窓からみえるのは、葉が枯れてしまっていて茶褐色ばかり。赤や黄色の本来の色づくが見られない。

高度を上げると乗鞍岳のピーク群が見えてきた。こうして全体の姿を見る機会はなかなか得られない。貴重な瞬間だ。バスの中から、いいアングルだ、いまだとカメラを向けると、バスがカーブを曲がり対象が消えてしまって、なかなか捉えられない。これはその中の一枚。窓の反射もなくきれいに撮れた。真ん中の山が最高峰の剣ヶ峰だ。


終点の畳平バスターミナル。ここの標高はすでに2702㍍。あっという間にこの高さまできてしまった。最高峰の剣ヶ峰が3026㍍だから、標高差はわずか324㍍。これだけを自分の足で登れば3000㍍の頂に立てるというわけだ。


肩の小屋までは、登山道というよりも車道だ。肩の小屋の車が往来する道だから幅が広い。なんとも味気ない道でもある。わたしは出発したときから、どうも頭が重い感じがする。バスで一気に高いところに来たから、軽い高山病なんだろう。かみさんはそんな私を無視して相変わらず先行する。


しだいに近づいてきたぞ。


肩の小屋が見えてきた。

登るに従い、穂高岳から槍ケ岳が姿を現してきた。この展望を楽しみでやってきたのだから、うれしい。ホントうれしい。見あきているのに、それでも見たい、見ればそのたびに感激する。不思議だ。


剣ヶ峰手前の蚕玉岳を通過しているところ。ここから少し下って登り返すと剣ヶ峰になる。

剣ヶ峰直下の登山者。さすがに多いねとつぶやく。

畳平から1時間20分で頂上だ。ここが3026㍍だなんて、どうもピンとこない。やはり苦労して登らないとありがたみがない。

頂上に立つ乗鞍本宮奥社。「ありがとうございました。無事に着きました」

山頂標識の先の雲間に、今年7月に歩いた御嶽山が。

山頂で昼飯を食べながら展望を楽しんだ。しだいに雲が出てきて、穂高の姿がぼんやりしてきた。山の展望は午前中に限る。奥穂の左手に今年8月に歩いた笠ケ岳を見つけたいのだが、どうもだめだ。


山頂直下の権現池。

1時間ほどゆっくりしてしまった。楽しい時間はあっという間に過ぎていく。さあ下山だ。

蚕玉岳から剣ヶ峰を振り返る。


雲が出てきたと思っていたら、また雲が消えて眺めがよくなった。槍ケ岳にかかっていた雲が消えている。

下山後しばらくしてアクシデントに遭遇。かみさんの前を行く女性が、足をねんざしているようで歩行がむずかしいことがわかった。かみさんがすぐに湿布薬とテーピングテープを取り出した。しかしどうテーピングしていいのかわからないようだ。そこで私に番が。私もはっきりわからないのだが、うろ覚えで巻いてみた。しかしこれでいいのか。そこで周辺を行く登山者に大声を出して呼び掛けた。「ここに捻挫した方がいます。応急処置ができる方がいましたら応援してください」。言ってみるものだ。目の前を登ってきたグループの中の女性が対応してくれた。こんなにうまくいくとは思わなかった。看護師さんなのだろうか。やはりうまい。巻き終えものの、一人で下山できるのか。どうもまだ痛そうで無理なようだ。同行者がいるのか尋ねると、両親と3人で、両親は先に下山していて、この下の肩の小屋で待っているはずだという。さて困った。そこでかみさんが彼女を手助けしてそろりそろり下山することにして、私が肩の小屋で待っているという両親にこの事態を知らせることにした。火事場の馬鹿力ではないが、こうなると私の下山の速さはすごい。「急病人が出た。どいた、どいた」。登山者をかきわけて駆け足で肩の小屋に着いた。「△△さ~ん」と大声で呼んだ。すぐに反応があり、父親がいた。事情を話して急いで迎えに行くよう頼んだ。あたりまえだが、娘がそんな事態になったのだから、あわてて登って行った。それを見届けて私の役目は終わった。肩の小屋のベンチに座って、かみさんが下りてくるのを待った。ほどなく下ってくる姿を見つけた。父親が来たので代わったという。亭主がいうのもなんだが、かみさんはやさしいひとだ。心根がきれいだ。人一倍やさしい心を持っている。絶対に地獄に堕ちる私なんかとは天と地ほど違う。「あたりまえのことをやったまでよ」というのだが、これがなかなかできないことだ。

ほっとしながら、畳平のバスターミナルを目指す。剣ヶ峰を名残惜しそうに振り返って眺める。

13時のバスに間に合った。観光バスが勢ぞろい。

行くときのバスからの紅葉は「今年はひどいものだ。もう見るべきものがない」と悲嘆していたのだが、帰りのバスから見ると、下っていくにつれて、満更悪くもない紅葉の風景が出現してきた。おかしい。どうして行くときに気がつかなかったのだろう。そうか。日差しの関係か。ちょうど日が紅葉にあたり、このおかげで彩りがよくなったのだろう。バスの中からカメラを向けることにした。

バス終点には観光案内所がある。尋ねてみた。「ことしの紅葉はよくないようですが、どうしたんですか」「紅葉の最盛期の前に寒さで葉が凍てついてしまい、枯れてしまった。そのためこのあたりの紅葉はもうおしまいです」。

今回の山行へ出発する前に、紅葉の具合を検索してみたのだが、まったくと言っていいほど記載が見当たらない。観光協会のページを見ても、登山者の最新の記録を呼んでも、最新情報がないのである。うがった見方をすれば、北アルプス周辺の各地の観光協会が「ことしの北アルプスの紅葉はよくない」と書くはずもないか。

そんなわけで紅葉は期待外れだった。仕方ないとはいえ、やはりがっかりだ。気を取り直して今晩の宿の<中の湯温泉旅館>に向かう。その前にかみさんが白骨温泉を見てみたいという。いまは、白骨温泉へは、沢渡からの道が工事中のため、乗鞍高原からの道を走った。私が白骨温泉を訪ねたのはかなり前だ。様子が変わっていた。

釜トンネル手前を平湯方面に左折し、安房トンネル手前を右折して旧道を登っていくと、今夜の宿<中の湯温泉旅館>だ。かみさんがここに泊まってみたいというのでこの宿にした。

露天風呂では登山者同士、話がはずむ。7日から9日まで北穂高岳から奥穂高を歩いてきた若い人がいた。「涸沢の紅葉はどうでしたか」と尋ねたところ、間髪入れずに「だめでした」とがっかりした返事があった。そうか、やっぱりなあ。露天風呂での登山者の話を総合すると、この北アルプス一帯の紅葉は今年はいずこもだめだったらしいことがわかった。この3連休、涸沢への道は今年も大渋滞だったらしい。たぶん私と同じ目に遭ったようだ。


2011年の乗鞍岳と焼岳の紅葉情報
2011紅葉の山ー乗鞍岳
 2011紅葉の山ー焼岳