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生駒山の山麓にある石切劔箭神社(いしきりつるぎやじんじゃ)で吟行会がありましたので報告します。
近鉄奈良線の石切駅で降り、道幅の狭い急坂を下ると石切劔箭神社の境内に着きます。
今通ってきた急坂の両側には小さな店が立ち並び、門前市のような賑わいです。
この神社はでんぼの神様として有名らしく、参詣者の多いのには驚きました。
特に、拝殿前のお百度石を巡る人の列は壮観でした。回数を数えるために紙縒(こより)のようなものを握り、速足で歩いていました。写真が無くて残念ですが、Wikipediaに写真が載っていますのでご覧ください。(カットの写真は吟行とは無関係です)
百度石巡り巡りて日脚伸ぶ
悴める手に紙縒持ち百度踏む
願掛ける人の多さよ風冴ゆる
道狭くものの匂や冬の街
ブリキ製の湯たんぽ売らる商店街
寒ければ頭も見せず神馬どち
大石の狭間に落つる寒の水
びしやびしやと石打つばかり冬の滝
今晩は!!
暖かく穏やかな日があるかと思えば、昨日のように
雨が上がれば、急激な冷え込みが来たりと少しも
定まりませんね!!。
それでも日毎に日脚が長くなり春の足音がひたひたと?いや、昨日は雨でしたからぴちゃぴちゃと聞こえ
来るようです。
東大阪の石切さんは、小生もかなり前に訪れた事が
あります。
家内の従妹が若いのに癌になり、そのためのお参り
でした。お百度は踏みませんでしたが、祈祷を上げ
て貰い、お払いを施した肌着を授かり、田舎に送り
ました。
しかし、可哀そうにその甲斐もなく程なく亡くなって
しまいました。
長女の為婿取りの旦那でしたが、義理の両親に若いのだからと諭され、泣く泣く実家へ帰りました。
その為、とても辛い想い出です。
石切さんと言えば、坂道と狭い門前市の賑わいが
想い出されます。
さて、前置きが長くなりましたが以下の御句を選ば
せて頂きました。
☆百度石巡り巡りて日脚伸ぶ
☆悴める手に紙縒り持ち百度踏む
小生がお参りした時にも見かけましたが「巡り巡りて」
「手に紙縒り持ち」との措辞にお百度を踏む人の必至
の思いが伝わって来ます。
☆道狭くものの匂や冬の街
石切さんは急坂な坂道と、狭い道の門前市が想われ
お土産屋さん、食べ物屋さんと軒を連ねいて、人が
2~3人横列に肩を並べれば、道を塞いでしまい
そうでした。「ものの匂」なる措辞が効いていますね。
☆ブリキ製の湯たんぽ売らる商店街
門前市ですから、おもちゃの木刀、せんべい、お菓子
などあらゆるお土産が並んでいます。湯たんぽ?
何故?それもブリキ製と不思議でもない所が、門前市
の雑踏を思わせ、愉快な賑わいです。
この時期の吟行はなかなかきついものがありますね。
石切さんは行ったことはありませんが、古くから有名ですから独特の雰囲気があるのでは思いますが。
次の句を頂きました。
悴める手に紙縒持ち百度踏む
凍える手に紙縒を持ち、お百度を踏むと言うのは昔から変わらぬ人間のよく欲望、願い、信心にすがる姿なのでしょうか。それによりしばらく心が救われればやはり大切な意義を有していますね。
道狭くものの匂や冬の街
如何にも歴史ある大阪の独特の庶民のにおいが伝わってきます。恐らく何百年も変わらぬ匂いと人々の生活が溢れているのでしょう
大石の狭間に落つる寒の水
寒の水と石の肌の冷たさが互いに競い合ってその場の寒の厳しさを盛りたてているように感じます。
百度石の句が3つとも気に入りました。受験シーズンの影響でもあるのか、人が多いのでしょうね。こよりを持って、この寒い日に百度参りをする光景が良く見て取れます。
百度石巡り巡りて日脚伸ぶ
悴める手に紙縒持ち百度踏む
願掛ける人の多さよ風冴ゆる
生駒山麓にそんなに人が集まる神社があるのですか? 面白そう、一度行って見たくなりました。それにしても神社の名前がむつかしい、読めません、書けません、参りました!冬至から一月が経ちました。たしかに日が長くなってきた感があります。頂いたのは次の一句です。
”百度石巡り巡りて日脚伸ぶ”
行ったり戻ったり、ぐるぐる回っているうちに身体も温まってきたことでしょう。そんな中、日脚が伸びつつあるのを実感として感じられたのでしょうか。なんとなく頷ける一句です。そして、逸句です。
4句もお採り下さり有難うございます。
人出が多くにぎやかな神社ですが、たろうさんが悲しい思い出を持っておられるとは! 信じても救われないとつらいですね。
お百度を踏むのは早朝か深夜の誰もいない時にするものと思っていましたが、石切さんでは大勢の人が列をなして途切れずに巡回しているのでびっくりしました。手に握っているものを紙縒といいましたが、神社では「紐」と呼んでいるようです。
「ものの匂い」という措辞は凡兆の「市中は物の匂ひや夏の月」から拝借しました。湯たんぽは昔懐かしくまた庶民の暮らしがしのばれましたので句にしてみました。
3句もお採り下さり有難うございます。
お百度を踏んでいる人たちは必ずしも年寄とは言えず、また足早に歩いているのであまり悲壮感はありません。願い事も千差万別なのでしょう。結構運動にもなるのでしょう。
石切さんの商店街は確かに大阪の庶民の匂いがします。また占いの店がたくさんありました。霊的な街なのかもしれません。
石切さんから東の方へかなり坂を上ったところに石切神社の上社があります。そこからは大阪の街が一望のもとに臨めます。そこに小さな滝がありましたので詠んだのが最後の句です。
百度参りの句をお採り下さり有難うございました。
成る程受験シーズンの所為かもしれませんね。歩いている人達はおおむね元気そうでしたから。それにしても神頼みする人の多いのにびっくりしました。
百度石の句をお採り下さり有難うございました。
石の間隔を25mとすると一巡で50m百回で
5㎞ですから1時間以上かかることになります。ということで見ているだけで参加しませんでした。いい運動になるとは思いますが。