草花探訪

季節の草花苗づくり

身近なところに秋の気配が

2016年08月31日 | 花の写真

今年の夏は多くの地域で観測史上最も暑い夏だったよです。京都市も同様、8月の猛暑日の

日数が19日間、よく体調を壊さず持ちこたえたと、少し自分をほめてやりたい気持ちです。

一昨日からほぼ一昼夜降り続いた雨が猛暑を沈めてくれて、昨日から今日にかけては

からっと乾いた空気の質感、それにコオロギの鳴き声など、身近なところに夏の終わりを

感じるようになりました。

この秋の気配の訪れをなんとかしてカメラにとらえられないかと思うのですが虫の声や

さらっとした感じを画像にできません。とりあえず日課のオーキングで目に入る風景の

変化を写してみることにしました。

家をスタートする5時は日の出前です。(8月30日現在の日の出時刻は5時30分)

30分近く歩いて北野天満宮に戻ってくる頃、ようやく日の出です。

日の出の光を背に受けて平野神社に5時半ごろ到着です。

さらに西へ、立命館大学のキャンパスを通り抜けるころ、夜はすっかり明けて青空です。

6時ごろに竜安寺に到着です。

小休止し水分補給して家路につきます。約90分間、一万歩のウオーキングです。

 

さて、明日は9月1日、昔人間の感覚では夏休みが明けて2学期始業式のはずですが

京都市内の小中学校ではすでに始まっています。多くは25日からの登校です。

宿題の大きな荷物を持った姿、わずか一か月合わない間に背丈も伸びて大きくなって

いました。全員元気に登校しました。ほっと一安心です。

私は30名余りの子供たちと挨拶を交わしているわけですが、新年度早々から

全員が元気に登校できていたわけではありません。30名余りの子の中には

不登校傾向の子や一人で登校できない子もいます。だから挨拶を交わすだけの

「見守り隊」活動ではなく、その子たちが元気で学校生活を過ごせるように、

少しでも役に立ちたいと心がけています。登校を渋って泣く子に付き添って校門

前で先生に状況を伝えて引き継いだりと、小さな心配りをしています。昔取った杵柄

といったようなことを。

 

最後は今秋の花、植物園で出会った「秋の七草」の中の5種の花たちです。

フジバカマとオミナエシはは咲き始めた所でした。

撫子とキキョウは初夏から咲いていてもう終わりのようです。

ハギとススキはこれから咲き始めるようです。

    

 


感動の余韻に浸りながら

2016年08月24日 | 花の写真

17日間にわたる熱い戦いが終わりました。ハラハラドキドキし、ライブではまともに画面を

見ていられないシーンの連続でした。

開会直後の水泳・柔道のメダル獲得に勢いづき、次回東京を目指す若者の躍進も相まって

メダル獲得は41個(前回よりも+3個)と予想以上の好成績に日本中が興奮しました。

それに惜しくもメダル獲得は逃したものの4位~8位の入賞数も、前回より4種目多い

45種目と、これも素晴らしい成績でした。

テレビの画面にくぎ付けとなりながら何度も涙を流しましたが、その中でも私が最も感動

したのは陸上競技の男子400mリレー銀メダル獲得の場面です。(TV画面からの撮影)

前々回(北京大会)でも銅メダルを獲得していましたが、その時はUSAをはじめ数国の

強豪国が失格しての三位という成績。

でも今回はアメリカにも胸の差一つで抑え、勝ち取っての正真正銘世界の二番目です。

あのボルトが祝福と健闘をたたえて、レース直後に日本の選手たちに自ら握手を求めて

きたたシーンも感動的でした。

振り返れば近代五輪は1896年に開幕し、日本は1912年から参加してきました。

その間104年、競技の花形である陸上競技、その中でもトラックの短距離種目には、

まったくというほど歯が立たず、日本人が体格・体力の面で世界の一流のアスリートと

互角に戦うのは無理だとの考えが支配的でした。

その意識や風潮を根底から覆してくれた今回の快挙に、陸上競技の指導者たち、とりわけ

長距離・マラソンの指導者の奮起を願っています。トラック種目で自己ベストを出したのは

リレー第一走者出た山縣だけでは無かったでしょうか?男子長距離種目ではトップと周回

遅れで自己ベストよりはるかに遅れの選手がいたり、マラソンでも惨敗と。

 

さて、猛暑日が続く今頃は、四季の区切りがはっきりしている日本でも秋の花の開花

にはもう少し時の流れが必要です。

このような時は府立植物園を訪れることにしています。「生態園」は木々が茂り、その

木陰の下には小さな花がところどころに咲いているからです。

まず、カラマツソウです。花径1㎝ほどの小さな花ですが美しい花姿に引き付けられます。

紫色の小さな花があちらこちらと数多く咲くのはカリガネソウです。ピント合わせに一苦労。

ホタルブクロウ(青紫・白)です。

エドミソハギです。「萩」より一足早く咲いていました。

シロサギソウです。密集して咲いているためにどこをどのように写せばよいのか

目移りして困りました。

カメラを構えているうちに名前をメモするのを忘れました。美しい花です。

下の二つは京都新聞にも紹介されていた花です。

ブルグマンという名の熱帯の花、見た目から「エンジェルストランペット」、

下は「チュウキンレイ」、中国~ベトナムに分布するバショウ科の植物。

    

    

夏休みも終わりに近づきました。京都市内の公立小学校の多くは8月25日が

夏休み明けです。子供たちは宿題の写生に頑張っていました。

 

 

 

 

 

 


傘寿の夏は思い出いっぱい

2016年08月17日 | 花の写真

毎週定期便のブログをつづっている水曜日の今朝は、卓球女子団体戦の激闘ぶりとその後

のインタビューに心震わせながら書いています。

福原選手が「皆の足を引っ張って 本当に 本当に苦しいオリンピックでした」と涙しながら

答えている映像には目頭が熱くなりました。歳をとると涙腺が緩むせいだけではありません。

17日朝現在「金 7個  銀 4個  銅 18個」の素晴らしい成績もさることながら、それぞれ

の選手・チームの中には現在の力と技と記録を精一杯あるいはそれを超えて発揮している、

その姿に感動しています。

例えばメダルには届きませんでしたが7人制ラグビーであのオールブラックスを撃破したこと、

女子バスケットボールが格上のチームを次々と倒したこと、またこの大会で自己新記録を出した

選手など。

 

テレビ観戦で一喜一憂する老人の顔とは別に、体育教師であった頃の思い出を振り返って

います。教える「体育の知識の内容」の中にはオリンピックの歴史についてもあるのですが、

理論や知識の授業よりも体育実技を好んだ生徒たちも、オリンピックに関する内容の座学には

興味を持ってくれて、それにこたえようと教材研究した昔の思い出が蘇ります。

例えば96年ぶりのメダル獲得と報じられた錦織選手のテニスでの銅メダル、1920年の大会で

熊谷選手が初メダル以来の快挙ですが、五輪での初金メダルは1928年の大会で三段跳び

織田選手、200m平泳ぎ鶴田選手で、それ以後両種目とも日本が三連覇して、「お家芸」と

言われていた事はいまでは忘れられているようにおもいます。

また卓球のことでは、今は男女とも中国が抜き出ていますが、1950年前後は日本が男女とも

世界選手権を連覇していて「お家芸」であったたことも、今はあまり知られていません。

私が最後に勤務した京都市立城巽中学校の先輩校長であった南 俊一先生は、当時日本選手団長

でしたし女子の中心選手(西村)も京都の人だったのです。

福士選手が14位と惨敗した女子マラソン、アフリカ勢と6分の差をつけられていました。でも有森選手

が1992年に銀、次の大会に銅と続けて獲得して、2000年に高橋選手・、2004年野口選手が

金メダルを連取していました。12年前のことです。

せめてその頃のレベルに戻ることぐらいは陸連が一丸となって取り組んでほしいものです。

今回の敗戦の原因を「今の練習は暑いときに涼しいところ、寒いときに温かいところと、よい環境を

求めすぎている」とある選手のコーチが言っていました。

どん底まで落ちた柔道が4年でよみがえった努力の足跡、シンクロが井村コーチ復帰で取り組んできた

事等、お手本はいっぱいあるはずです。勿論水泳チームにも。

 

長々とオリンピック関係について書きました。これからはお盆をどのように過ごしてきたかの報告

です。

長男一家と一緒に墓参り、そして海水浴と温泉の旅です。長男は小学校の教頭、中1の孫は

野球部と、日程調整が難しくなりました。私たちは老いぼれていくし。

丹後夕日が浦温泉の「坂本屋 瑠璃亭」が目的地です。ここは50年前勤務校の「臨海学舎」

を高浜から移してからの付き合いです。まずは長男一家の集合写真と海岸の風景。

    

遠浅で砂浜も広く景色抜群、中1小5の孫のお気に入り。夕日百選にはいり、今回は

幸運にも沈む瞬間もぱっちりと。

80歳なり立て老人と間もなく80歳になる老夫婦、ともに体育教師でしたのでぶよぶよの

老体をさらけだし海での夫婦の記念撮影、そして帰り際、ロビーでの集合写真と。

海から帰った翌日は女房の里の墓参り。

例年、16日は長男の家の屋上から五山の送り火の鑑賞のはずが今年は雨で中止。

代わりに天満宮のお火焚きと昨年の左大文字の写真を。

    

 

 

 

 


猛暑と五輪の熱気で

2016年08月10日 | 花の写真

京都は6日連続の猛暑日、「老人は暑さに慣れようと思わずに、暑さから逃れる努力を」と

TV番組で言っていました。本当にそうだと思います。

しかし、早朝散歩をし続けて感じることはかすかな時の流れです。夜明けが一日一分ほど

ずつ遅くなっていて5時にスタートする頃は下の写真のような夜明け前の空です。

6日の早朝にはコオロギの鳴き声を初めて聞き、ツクツクボウシの声も平野の森で聞きました。

暑い暑いと愚痴っていますがもうしばらくの辛抱と自分にいいきかせています。

平野神社に到着する5時半ごろには夜もすっかり明けて朝景色です。蝉の鳴き声を

聞きながら参拝。原爆記念日の頃ここにの夾竹桃はまだ咲き続けています。

     

竜安寺方向へ向かう途中、児童公園には芙蓉が咲き始めているのにカメラを向け、

15分歩くと竜安寺到着です。

    

帰路途中コーヒータイムを入れて、7時ごろに北野天満宮に戻り、老人体操に参加して

朝の日課が終わります。

オリンピックの報道が始まってもこのペースは崩さず、早朝のテレビ実況は見ずに

7時からのニュースで結果を確認し好成績の場面だけは何度も繰り返してみて

います。今回も「五輪には魔物がいる」事を実感しているからです。

期待の大きさがあればあるほど思わぬ敗退を目の当たりにするショックは大きい

ので、それが怖くて早朝散歩の時刻に中継している競技を見ないで歩きだして

います。嫌な予感は的中し卓球の石川選手、フエッシングの大田選手の一回戦敗退に、

そのうえ体操団体予選で4位スタートと。だから体操団体の優勝の場面も早朝7時のニュースで

見た次第です。五輪hまだ始まったばかり、これからの約2週間はハラハラドキドキしながら、

結果がわかってから成績のよい場面を選んで観戦する予定です。

 

最後に本題のこの時期の花ですが、「熱帯性スイレン」です。植物園で写したものです。

温帯性の睡蓮は水面のすぐ上に花をつけるのですが熱帯性は水面から高く突き出た

茎の先端花を付ける特徴があります。花色も多彩で鮮やか、水面に花影が映っている

要素を狙ってみました。

    

睡蓮ではありませんが鬼蓮の花のつぼみです。


朝顔の花ひと時

2016年08月03日 | 花の写真

今年も猛暑日が続くなか8月が始まりました。かんかん照りの西日本なのに東日本は

ゲリラ豪雨による被害が報じられ、極端な気象が顕著になっている日本列島です。

あるTVの番組で「早起きする人は早死にする」と言っていましたが、そんなことは気に

せずに、いつもの通り5時からの早朝ウオークとスロージョギングを続けています。

 

連日、昼間は気温が35度前後まで上がります。エアコンをフル回転させていても

つい「暑い!」と独り言を連発する毎日ですが、でも夜明け早々はさらっとした肌感覚です。

いつもであれば夜明けを待ちかねたようにセミの大合唱が始まるのですが、この数日は

5時40分を過ぎたころから鳴きき出しています。どうもクマゼミは気温25~6度を超える

までは静かにしているようです。

この日が昇り切らない頃に出会う朝顔のみずみずしい美しさは何とも言えません。

グリーンカーテン仕立ての朝顔が多いため奥行が乏しく、写真ではこのように横から写

さねばなりません。

なんとか背景をぼかして花の美しさをとらえようと工夫したのが次の写真です。

早朝の涼気の中、朝露を含んだようなみずみずしさをとらえたいと工夫したのですが。

蕪村の名句 「朝がほや  一輪深き  淵のいろ」 思い出します。

このみずみずしい美しさも日が昇り、暑さを感じるころには出会えません。

真夏の明け方に咲いた花は半日も持たずにしおれます。「朝顔の花ひととき」

「朝顔の露」と言うようにはかないものの例えられる花でもあります。

 

大輪の朝顔展が植物園で開催されているので出かけて写してきました。

どの鉢も花径20cm以上と自慢の作品ばかりでしたが、素人カメラマンの私には

薄茶色とか斑入りとかいろいろあり過ぎて狙いが定まらず、うまく写せませんでした。

 

いつも花の写真を求めて重宝に利用させていただいている京都府立植物園、

最後に噴水と花との風景を投稿して終わりにします。

カンナ・西洋フヨウ・ルドベキアです。