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近代革命の社会力学(連載補遺9)

2022-09-05 | 〆近代革命の社会力学

六ノ二 メキシコ独立/第一次共和革命

(1)概観
 中南米のほぼ全域に広がっていたスペイン植民地では、ナポレオンがスペイン本国を侵略した1808年以降、独立の動きが地殻変動的に活発化し、1809年のラプラタ(現アルゼンチン)を皮切りに、中南米全域に独立運動が拡大していく。
 そうした中、中米を中心とするスペイン植民地ヌエヴァ・エスパーニャの中枢メキシコでも、1810年、カトリック司祭ミゲル・イダルゴを指導者とする独立運動が開始されたが、スペインとしてもヌエヴァ・エスパーニャの中枢であるメキシコの死守には全力を注いだため、独立運動は長期の独立戦争へ転化した。
 メキシコの最終的な独立は1821年のことであったが、これは前年度にスペイン本国に勃発した自由主義的な1820年立憲革命の海を越えた余波事象であった。
 そうした経緯からも、メキシコの独立は、1810年代から同20年代にかけて継起したラテンアメリカ諸国の独立が、革命というよりはスペイン植民帝国の総崩れ現象であった中にあって、革命としての性格が強いものとなった。
 一方、同時期にスペインから独立したラテンアメリカ諸国が初めから共和制を採択したのに対し、メキシコはより保守的な立憲君主制(帝政)を採択した点でも、特徴的であった。これはメキシコ独立革命が、元来はスペイン本国側で独立運動の鎮圧作戦に参加していた保守派軍人アグスティン・デ・イトゥルビデを指導者に立てていたことが影響している。
 そのため、メキシコはいったんイトゥルビデを初代皇帝アグスティン1世として推戴する君主国として独立することとなったが、アグスティン1世のあたかもナポレオンのような専制的な振る舞いに対して、共和派の州知事や軍司令官らが総決起し、1823年にアグスティン1世を退位に追い込み、改めて共和制のメキシコ合衆国を樹立した。
 こうして、メキシコでは帝政を樹立した独立から間を置かずに共和革命が勃発するという特異な経過を辿った。このプロセスは時間的な近接性からして、一連の事象とみなすことが理にかなっているため、ここではメキシコ独立/第一次共和革命と称することにする。
 ちなみに、メキシコでは1860年代にフランスの介入によって成立した傀儡帝政が再び革命によって打倒され、共和制が復活するという二転三転があったため、この二度目の共和革命に対して、1823年の革命は第一次共和革命と位置づけられる。


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