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近代科学の政治経済史(連載第27回)

2022-11-21 | 〆近代科学の政治経済史

六 軍用学術としての近代科学

兵器はそれ自体が科学的な産物であり、兵器の開発は物理学・化学及びそれらを応用した工学、さらには生物学・医学にも及ぶ総合的な軍事科学の成果である。そのため、近代科学の形成以前から、兵器の開発は経験的な自然学的知見と不可分であったが、近代科学の形成と発展は軍事科学の発達とも相即不離であり、従来見られなかったような殺傷力の高い兵器の開発を促し、20世紀以降の戦争のあり方をより陰惨なものにした。同時に、兵器その他の軍事技術産品の生産は軍需産業の発達を促進しつつ、軍・産・学の複合的な巨大ネットワークを生み出し、科学の軍用学術化を高度に進行させていった。より効率的・大量的な殺傷力を追求する、言わば「死の科学」の誕生である。


近代軍事工学の確立
 およそ軍にまつわる学術を包括した最広義の軍事学の中でも科学的分野は軍事科学と呼ばれるが、その中でもとりわけ兵器その他の軍事技術産品、さらには通信設備などにも及ぶ軍需品の開発に関わる下位分野が軍事工学である。
 こうした軍事工学を最初に体系化したのは古代ローマであるとされるが、古代の軍事工学は近代的な科学的知見に基づいておらず、専ら経験的な実践知識の蓄積に基づく知的体系であった。それがより科学的な形を取るには、やはり17世紀以降の近代科学の形成を待たねばならなかった。
 その点、主に18世紀に火薬の研究で名を成したフランスの科学者(化学者)アントワーヌ・ラヴォアジエとアメリカ植民地生まれのイギリスの科学者ベンジャミン・トンプソンは興味深い事例である。
 トンプソンはラヴォアジエの未亡人と短期間結婚したこともあり、両人には縁があったが、生前のラヴォアジェがフランス軍の兵器廠に研究室を構えて火薬の改良に貢献すれば、トンプソンは王党派としてアメリカ独立戦争に際してはイギリス軍のために火薬実験に従事した。
 共通項の多い両人であったが、摩擦熱をめぐる科学論争では対立関係に立った。すなわち、トンプソンは、摩擦熱の発生要因に関する長年の通説だったフロギストン燃素説に代えてラヴォアジェが提唱したカロリック熱素説を反証して熱素説に終止符を打ち、熱力学の発展にも寄与したのであった。
 両人は18世紀の軍事工学者としての一面を持つが、軍事工学の飛躍は19世紀から20世紀初頭にかけての科学的な進展によってもたらされた。この時期の重要な成果として、爆発時の発煙量が少ない無煙火薬、爆速が音速を超える爆轟、弾薬を自動的に装填しながら連射できる機関銃の開発は画期的と言える。
 また、19世紀後半から20世紀初頭にかけての電気工学の誕生は、電信・電話技術を早速軍用通信に応用することを可能にし、それまで伝令兵や伝書鳩に頼っていた軍事通信システムを刷新し、通信速度を高めた。
 蒸気船の発明は同時に蒸気戦艦の開発を促進し、19世紀末から20世紀初頭にかけて大国間の建艦競争を促進した。これは軍事工学の発達が軍拡競争の動因となった初例でもあり、今日まで日夜継続されている事象でもある。
 さらに20世紀初頭の航空機の発明、さらに航空工学の誕生は、それまで想定されたこともなかった空戦という新たな戦術を生み出し、空戦に専従する航空隊、さらには独立した新たな軍種としての空軍の誕生につながっていく。

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