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奴隷の世界歴史(連載第19回)

2017-09-19 | 〆奴隷の世界歴史

第二章 奴隷制廃止への長い歴史

旧奴隷制損害賠償問題
 先に見たように、奴隷制禁止の条約化は20世紀半ば過ぎに一応完成を見たのではあるが、そこでも積み残された問題がある。それは過去の奴隷貿易・奴隷制による被害に対する損害賠償問題である。
 奴隷禁止条約は条約制定以後の奴隷制の存続・復活を禁止する将来効を有するけれども、過去の奴隷制に対する被害救済については埒外に置いている。条約は過去を不問に付しているわけではないとはいえ、被害救済が全く行なわれないことは不正義ではないかという疑義が生ずるのは必然である。
 こうした疑義は奴隷制廃止後の19世紀からくすぶっていたが、賠償請求運動として本格的に組織されたのは、公民権運動が一段落したアメリカで1987年に設立された「損害賠償のための全米黒人連盟(N’COBRA)」が最初と見られる。この団体は過去の奴隷制への損害賠償を集団的なアイデンティティを理由に迫害された人間の基本的人権として位置づけたのである。
 こうした運動を受けて、アメリカにおける黒人政治家の草分けでもあるジョン・コニャーズ連邦下院議員は1989年以来、アフリカ系アメリカ人に対する損害賠償に関する調査委員会設置法案を発議し続けているが、アメリカ史上初のアフリカ系バラク・オバマ大統領の誕生を経ても、なお採択には至っていない。
 一方、国際的な動向としては、15のカリブ海諸国/地域によって構成されるカリブ共同体(CARICOM)が、2013年にCARICOM損害賠償委員会(CRC)を発足させたことが注目される。CARICOM諸国/地域はいずれも英・仏・蘭の旧植民地にして大西洋奴隷貿易を通じた黒人奴隷の送り先でもあり、現在はその末裔が政治的にも多数派を占める諸国/地域が多い。 
 CRC設立を主導したのは、CARICOM加盟国の一つであるセントビンセント・グレナディーンの首相を2001年から務めるラルフ・ゴンサルべスである。ただし、彼自身は黒人奴隷の子孫ではなく、英国での奴隷制廃止後、ポルトガル領マデイラ島から年季労働者として送り込まれたポルトガル人の子孫である。
 CRCはCARICOM加盟諸国/地域が共同して、旧宗主国である英・仏・蘭に対し過去の奴隷制に対する損害賠償問題を提起することを目標として設立された公式機関であり、実際に国際司法裁判所に提訴することを模索している。
 こうした賠償請求は、何世紀以上も前の名も記録されていない奴隷に対する不法行為の立証、賠償金額の算定方法といった法技術的な難題とともに、請求を受ける旧宗主国側の体面上の拒否感やそれら諸国で多数派を占める白人勢力の反発も予想され、実現への壁はなお高い。

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