ザ・コミュニスト

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水の革命

2016-09-11 | 時評

10日のNHK・ETV特集は、アフガニスタンで長年にわたり灌漑事業を展開してきた日本人医師・中村哲氏の活動の中間総括をテーマとするものであった。『医者井戸を掘る』の著書でも知られる人だが、改めて見ると、その活動は凡百の「開発援助」よりもはるかに効果的かつ革命的でさえあると感じられた。

中村氏自らも作業を手伝う地元民総がかりの灌漑事業に江戸時代の堰の工法が応用されているということも興味深い。当然時間はかかり、建設は10年がかりだが、資金の乏しい途上国では高価なハイテク機材を必要としない前近代の職人技術はかえって有用であることがわかる。

河川から長大な用水路を引く灌漑の結果、旱魃に襲われてきた不毛の砂漠地帯が広大な緑の農地に豹変したのは、まさに革命である。アフガニスタンと言えば、歴史上何度も政治革命を経験済みだが、どんな革命スローガンも砂漠の緑地化の革命性には勝てない。

まだ全土の一部でしか実現していないこの灌漑プロジェクトが、中村氏が構想する現地人技術者の育成を通じてさらに拡大されれば、アフガニスタンは平和を取り戻し、過去のどの革命政権もなし得なかった農業大国化を達成できる可能性も秘めている。

中村氏によれば、氏の事業は「平和運動」ではなく、「結果として得られる平和」であるというのも、意味深い。これは「豊かになれば、誰も戦争など行かない」という地元民の言葉とも重なり、平和は「運動」でなく、生活基盤を築く「事業」であることを教えてくれる。革命についても、然りである。

このような貴重な番組を時々見せてくれるのも、商業スポンサーを持たないNHKならではのことである。近年は、民放を意識した娯楽仕立て番組の増発で、NHKの擬似民放化が進行しているように見えるが、この路線がさらに拡大されれば、ETV特集のような番組は真っ先に姿を消すだろう。

NHKの統制に熱心な政府が近年ちらつかせている“NHK改革”の方向が、「武器ではなく、命の水を」というような、中村氏らにも機銃掃射を浴びせる「テロとの戦い」に全面協力する政府にとって耳障りであろうタイトルを持つ番組の一掃に向けられているのだとしたら、なおさらである。


[追記]
中村氏は2019年12月4日、アフガニスタン東部を自動車で移動中、武装集団による銃撃を受け、死去された。殉職と言える。

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