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旧ソ連憲法評注(連載第1回)

2014-05-31 | 〆ソヴィエト憲法評注

 ソ連憲法(ソヴィエト社会主義共和国連邦憲法)は、ソヴィエト連邦自体が解体・消滅した現在、すでに過去の法文献にすぎない。しかし、そこには現在、再び世界の憲法のスタンダードとなった古典的なブルジョワ憲法には見られない特徴も多々認められる。一方で、事実上ソ連憲法最終版となった1977年憲法には、ブルジョワ憲法の影響も認められる。いろいろな意味で、興味深い内容を持つのが、ソ連憲法である。本連載は、そうした旧ソ連憲法を改めて現時点で振り返り、その長短を総決算することを目的とする。
 ソ連憲法は、ロシア10月革命の翌年1918年に制定されたロシア社会主義連邦ソヴィエト共和国憲法を下敷きにして、ソ連邦結成の2年後、1924年に最初のものが制定された。以後スターリン政権時代の36年(スターリン憲法)、そしてブレジネフ政権時代の77年(ブレジネフ憲法)に大改正され、結果としてこの77年憲法が最後のものとなった。もっとも、ソ連末期ゴルバチョフ政権時代の88年と90年にもいわゆる「ペレストロイカ」の憲法的な担保として77年憲法に実質大改正に近い重大な修正が加わっており、これを含めれば、実質3回(ないし4回)改正されたことになる。
 年代順に並べると、このゴルバチョフ憲法が最終版となるが、これはソ連を社会主義的一党制から資本主義的議会制へ転換していく反革命的な―好意的にとらえれば民主的な―志向性を明確にしたものであったため、いわゆる社会主義的な憲法としては、77年憲法が最終版となるのである。
 その意味で、77年憲法にはソ連型社会主義国家の集大成としてのエッセンスが詰まっている。本連載では、この77年憲法(以下、単に「ソ連憲法」という)を逐条的に評注しながら、その先進性と限界性を明らかにしていく。日本語訳は『新ソ連憲法・資料集』(ありえす書房)の訳文に基づく(一部訳文変更)。

 

前文

 ソ連憲法前文は日本国憲法をはじめとするブルジョワ諸憲法とは大きく異なり、その内容はロシア10月革命の成果とその後の発展の総括・讃美に始まり、ソ連社会の中間到達点と未来展望を発展段階論に基づいてイデオロギシュに叙述する一種の論文の体裁を取っている。相当に長文であるので、ここでは全文表示せず、要約評注するにとどめる。
 一連の文章で記述された前文は大きく歴史的総括・現状認識・未来展望・憲法誓約の四つの部分に分けることができるが、その最初の部分では、「ロシアの労働者と農民が、ヴェ・イ・レーニンのひきいる共産党の指導のもとになしとげた十月社会主義大革命」によって作り出された「プロレタリアートの独裁を確立し、新しい型の国家であり、革命の成果の防衛および社会主義と共産主義の建設の基本的手段であるソヴィエト国家」が内戦と帝国主義的な干渉に勝利したうえ、ソ連邦を結成して「人類の歴史上はじめて社会主義社会がつくられた」ことを謳い上げる。
 その後、ソ連邦は大祖国戦争(第二次世界大戦)にも勝利し、さらなる社会主義的発展を経て、「ソヴィエト国家はプロレタリアート独裁の任務をはたしおえて、全人民国家となった」とされる。
 こうした歴史的総括に基づき、ソ連の現状を「発達した社会主義社会」と規定する第二の部分では、この「社会主義がそれ自身の基礎のうえに発展する段階」の諸特徴が記述される。すなわち、それは「強力な生産力および先進的な科学と文化がつくりだされ、人民の福祉がたえず向上し、個人の全面的発達にとり、ますます好ましい条件がつくられつつある社会」であり、「成熟した社会主義的社会関係の社会」であり、「愛国者であり、国際主義者である勤労者が高度の組織性、思想性および自覚をもつ社会」であり、「各人の幸福についての万人の配慮と万人の幸福についての各人の配慮が、生活のおきてとなっている社会」であり、「真の民主主義の社会」であるとされる。
 こうした現状認識を踏まえ、第三の部分は「発達した社会主義社会は、共産主義への道における法則にかなった段階である」であると規定し、ソヴィエト国家―「社会主義的全人民国家」―の最高目的は「社会的共産主義的自治が発達している無階級の共産主義社会の建設」にあるとする。すなわち、そうした未来の共産主義社会の実現の過程にある中間到達点が「発達した社会主義社会」だということであって、現時点はそのための準備段階にあるとされるのである。
 そのうえで、社会主義的全人民国家としての現ソヴィエト国家の任務を「共産主義の物質的、技術的基礎をつくりだし、社会主義的社会関係を改善し、それを共産主義的社会関係に改造し、共産主義社会の人間をそだて、勤労者の物質的および文化的な生活水準をかため、国の安全を保障し、平和の強化および国際協力の発展を促進すること」と規定する。
 最後に以上の趣旨を理解・実践するソヴィエト人民の憲法誓約で結ばれる。この部分はソヴィエト人民が憲法制定権者であることの宣言ともなっている。
 かくして、ソ連憲法前文の特色は歴史的な総括・現状認識とともに未来展望が明示される点にある。この点、ブルジョワ憲法の内容は本質的に反革命的であるので、このように未来に向けたさらなる発展方向が憲法前文に示されることは通常なく、その意味で静止的・現状保守的なのであるが、ソ連憲法は発展的・革新的な性格を持っていた。
 他方で、プロレタリアート独裁期を過ぎて全人民国家となった現ソヴィエト国家では「全人民の前衛である共産党の指導的役割が大きくなった」とし、共産党の指導性が宣言されている。これが、悪名高い「一党独裁」の典拠でもある。
 このような規定は実のところ、ソ連が立脚していると公称していたマルクスの政治理論に反するばかりか、同じ前文が別の箇所で発達した社会主義社会の特徴の一つを「真の民主主義」だとして「その政治システムは、・・・・・国家生活への勤労者のますます積極的な参加ならびに市民の現実的な権利および自由とかれらの義務および社会に対する責任との結合を保障する」と謳う規定とも自己矛盾するものであった。  

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