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マルクス/レーニン小伝(連載第10回)

2012-08-10 | 〆マルクス/レーニン小伝

第1部 略

第2章 共産主義者への道

(4)盟友エンゲルス

エンゲルスという人
 フリードリヒ・エンゲルスはマルクスよりも2年遅い1820年、ライン州バルメン(現ブッパータール)に、プロイセンの裕福な紡績工場主の子として生まれた。このようにエンゲルスはプロイセンの正統的なブルジョワ階級の出自であった。
 しかし、エンゲルス家はマルクス家のように知的ではなく、エンゲルスも家業を継ぐことが期待され、正規の大学教育を受けることはできなかった。それでも知的なエンゲルスは1841年にベルリンへ出て砲兵隊に志願する一方で、ベルリン大学の聴講生となり、ここで彼もヘーゲル左派に加わったのである。
 このようにエンゲルスは独学者と言ってよい人であったが、元来知的な彼はたちまち頭角を現し、精力的な論文執筆によって注目されるようになった。特に42年秋、英国のマンチェスターで父が経営していた紡績会社で見習いをするため渡英した後に英国の労働者階級の惨状を実地調査してまとめた『英国における労働者階級の状態』は初期エンゲルスの代表作とみなされている。
 エンゲルスはこの渡英の途中、ケルンの『ライン新聞』編集部に立ち寄り、編集主幹マルクスと初めて面会した。しかし、当時のエンゲルスはマルクスがすでに不和になりつつあったベルリンの「自由人たち」の人脈に連なっていたため、マルクスの態度も冷ややかなものとなり、この最初の対面はすれ違いに終わったのだった。
 とはいえ、当初はエンゲルスの方が知名度が高かったうえ、自覚的な共産主義者となったのも、後にマルクスとの共著『共産党宣言』の素材ともなる論文「共産主義の諸原理」を書いたエンゲルスが先行していた。

再会と意気投合
 父親の経営するマンチェスターの紡績工場で見習いを終えて郷里バルメンへ帰国する途中のエンゲルスがパリでマルクスに再会したのは、1844年8月のことであった。
 これより先、エンゲルスは例の『独仏年誌』に論文「国民経済学批判大綱」を発表していた。この論文は初期資本主義の理論家アダム・スミスやデーヴィッド・リカードウらの国民経済学(古典派経済学)を批判するための基本的視座を示したもので、これを読んだマルクスは経済学研究の重要性に開眼し、エンゲルスと文通するようになっていた。
 再会して話してみると、二人の見解は近く、後にエンゲルスが「理論上のあらゆる分野で二人の意見が完全に一致していることが明らかとなった」と述懐したほど意気投合した。この劇的再会はマルクスの人生そのものにとって一大転機となり、これ以降二人は生涯の共同研究者兼政治的同志として固い絆で結ばれることになる。マルクスの私的人生が妻イェニーなしにはあり得なかったとすれば、マルクスの理論家・革命家人生はエンゲルスなしにはあり得なかったと言ってよい。
 とりわけ、マルクスが経済学研究の道へ入るうえで、その先鞭をつけたエンゲルスとの出会いは決定的であった。また自らは研究・執筆のかたわら資本家として会社経営を続け、無産知識人として次第に窮乏していくマルクスとその家族を金銭的に支えたのもエンゲルスであった。エンゲルスはそのように実際家であり、学者肌のマルクスに対して編集者的役割も果たすようになる。編集者エンゲルスの才覚は、マルクスの死後やや有害な形をも取って発揮される。
 このように盟友関係は結んでも肌合いに違いのあった二人の完全な共著による単行本は三作と意外に少ないが、その最初のものは例のバウアー一派をイエス・キリスト一家(聖家族)になぞらえて徹底批判した書『聖家族』であった。これはマルクスにとっては最初の単行著作であり、実質は大半をマルクス自身が執筆したにもかかわらず、共著者としてエンゲルスの名が先に掲げられているところにも、当時はエンゲルスの方が知名度も高かったことが示唆されている。
 いずれにせよ、この本はその内容からしても、すでに疎遠になっていたドクトル・クラブ時代以来の旧友たちに対するマルクスの最終的な決別宣言であった。この中で、マルクスは現実社会の問題と取り組もうとせず、純粋思弁哲学へ沈潜していくバウアーらの立場を「批判のための批判」(批判的批判)と評して鋭く批判し、先に論文「ヘーゲル法哲学批判序説」で提示したプロレタリアートの人間解放という歴史的使命をより詳しく再確認するとともに、誤った現実を投影したヘーゲル精神弁証法における精神と人間的現実との転倒をも批判し乗り超えていこうとするのである。いよいよマルクスは唯物弁証法の世界に一歩近づいていく。
 『聖家族』は1844年11月、二か月足らずで完成した。しかし、この記念すべきマルクス‐エンゲルス最初の合作を公刊する前に、マルクスはパリから立ち退かなければならない重大な事態に直面する。

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