本連載は「死刑廃止への招待」と題されているように、死刑廃止を説得するのではなく、死刑制度は当然/やむを得ないと考える方々―おそらく日本国民の大部分―に、死刑廃止とはどんなことかしばし考えていただけるようご招待しようというもので、全体として不特定多数の方々への手紙のような形をとっています。
近年、死刑存廃の議論はすでに出尽くしたとか、しょせん水かけ論争であるとか言われ、存廃の議論よりも死刑制度の運用実態を知ることの方が重要であるというような議論(死刑実態論)も見られるようになってきました。
たしかに死刑存廃の論争には長い歴史があり、その主要な論拠は出尽くした観もありますが、そのわりに死刑廃止の意義は十分に理解されていないように見えます。そうした中で、存廃の議論を棚上げして死刑実態論へ移行しようというのは、結局死刑廃止を先送りする姿形を変えた新手の死刑存置論ではないかと疑われます。
国際的に見ると、本文でも改めて取り上げるように、死刑廃止はすでに法(国際法)として確立されつつあり、あらゆる犯罪について死刑を廃止した国も90カ国を超えています。
まだ死刑を存置している約60ほどの国の中でも、毎年死刑執行を継続していると見られる国は、日本を含め20数カ国にとどまると推定されています。
日本も自ら加盟する国際連合(国連)から従来たびたび死刑廃止を勧告されてきていますが、政府は国民世論を楯に拒否し続けているばかりか、2007年以降国連総会でほぼ連年採択されている全世界における死刑執行停止を呼びかける決議にも反対票を投じ続けています。
こうした国際環境と国内事情との著しい乖離の中、死刑廃止を検討することすら事実上タブーとされたまま、くじで選ばれた一般国民が裁判官とともに重罪事件を審理し、死刑判決にも直接に関与する裁判員制度が2009年度からスタートしました。
この制度の下では、一般国民が自ら同胞に死刑を言い渡す“覚悟”が強調される一方で、死刑廃止については全く論外のこととされています。ここにはこの制度を通じて死刑という二文字を国民に改めて体で覚えさせようという隠された国策的狙いも透けて見えています。
そんな状況の中で、本連載は単なる死刑存廃論でも、また近時流行の死刑実態論でもなく、「死刑廃止」について正面から考える機会を持っていただこうとの意図から企画されました。
初めに述べたように、本連載は死刑廃止の説得の書ではないので、一方的に死刑廃止を情宣するのではなく、まず第1話から第6話で死刑廃止の積極的な理由を紹介・検討した後、第7話から第13話では死刑存置の側からの反問に応答するという形式で叙述していきます。そして、最後の第14話では実際に死刑廃止のプロセスはどうなっていくのか、あり得る道筋を具体的にお示しします。
読者の皆様は本連載によって死刑廃止を説得される必要はありませんが、本連載を通じて死刑廃止について真剣に考える時間を持っていただけたならば、筆者としてはその目的を達成したことになります。
なお、すでに死刑廃止の考えを固めている読者にとって本連載は釈迦に説法となるかもしれません。ただ、本連載では従来の死刑廃止論に内在していたある種の脆弱性を補うような試みにもいくつか挑戦していますので、そうした限りではご参考になる点もあろうかと思います。