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横須賀の世界三大記念艦『三笠』

2016-06-24 01:50:59 | 日記
(日本語) 神奈川県横須賀港はアメリカ海軍施設と海上自衛隊の司令部が置かれた港
として広く知られており、その付近の「三笠公園」に保存されている 記念艦三笠』 は、
世界三大記念艦の一つです。1902年にイギリスで竣工、1905年に「日本海海戦」で
連合艦隊旗艦を務めた。 全長約 132m、全幅約 23.2m、常備排水量約 15,000 噸、
1904年に開戦した日露戦争に決着をつけたのが、1905年行われた「日本海海戦」と
言われています。戦艦 『三笠』 はその「日本海海戦」おいて敵艦の集中的な砲火を
浴びながら戦い抜き、大勝利に導いたという歴史的に貢献した名戦艦です、1926年
横須賀市の現在の場所に係留して以来、記念艦として日本海軍と民族の誇りの象徴
とも言えます。艦内には乗組員の遺品、日露戦争に関する貴重な資料が数多く展示
されている。現存するもっとも古い旧帝国海軍の鋼鉄戦艦で、そんなに大きな船では
ないですが、ガイドさんより詳しい歴史の解説や映像があり、実際に使われていた大砲:
2基(計4門)の主砲塔と船の脇に約30門の副砲と速射砲を間近で見ることができ、
とても迫力がありました。


(中文)  神奈川縣的横須賀(Yokosuka)港以美國海軍第七艦隊等的海軍設施、與日本的
海上自衛隊司令部設置於此地、而成為家喩戸曉的軍港、附近之「三笠公園」内保存有日
俄戰爭時期著名的聯合艦隊旗艦 『三笠』 (Mikasa) 紀念艦、為世界三大紀念艦之一。於
1902年英國製造完成、全長約 132m、全寬約 23.2m、常備排水量約 15,000 噸、日本國於
1904年開始的日俄戰爭之所以勝利、稱之為1905年「日本海海戦」中日本海軍壓倒制勝為
最大原因、而戦艦 『三笠』在此戰不屈於敵艦砲火的猛烈攻撃、是曰本海軍歴史上頗具貢献
之有名戦艦。從1926年固定在現在的横須賀港為紀念艦以來、為日本海軍和民族的象徴、
艦内呈示有乗組員的遺品與曰俄戰爭之有闢貴重資料。是現存舊日本帝国海軍最古老的
鋼鐵戦艦、雖然不是很大的軍艦、船内有導遊詳細解説和影片介紹、又能窺視軍艦上實物、
尤其是2座主砲塔(計4門)、和船艦側舷上共約30門之副砲與速射砲、近在眼前迫力十足。

神奈川県横須賀港付近の「三笠公園」 (Mikasa Park in Yokosuka)




公園内の世界三大記念艦 『三笠』 (みかさ) (Memorial Ship “Mikasa” in the Park) (記念艦 『三笠』是日本海軍史上的名艦)


記念艦 『三笠』の前に戦艦を指揮した“東鄉平八郎”提督の像が有ります (Stature of “Heihachiro Togo” [Who was an Admiral of Japanese Combined Fleet ] in the Front) (在紀念艦的前方,矗立著手握軍刀的聯合艦隊司令長官 “東鄉平八郎”的銅像)


艦首には菊花紋章が有ります (艦首的菊花紋、相當有尊嚴)


左舷に多数突き出た副砲と、主に対水雷艇用の速射砲。下層(中甲板上)の口径の大きいものが副砲で、40口径15.2cm砲が14門、上層(上甲板上)の開放孔から出ているものが40口径7.6cm単装砲×20門 (側舷副砲與速射砲)


船の外側に“鎮遠の砲弾” が飾られています


軍艦が使った機械水雷


無線電信室(三六式無線電信機) (無線電發報室)


舵輪機械が故障した時、人力操舵用舵輪、艦橋の物よりずっと大きいですって (艦橋的方向盤故障時、人力操舵用方向盤、比艦橋上的要大許多)


射撃操作、装填を人形模型で示した副砲室 (以人偶顯示射撃操作、彈丸装填等的副砲室)


船体前部の主砲塔(共2基): 40口径30.5cm連装砲 (The Main Gun Turrets) (前面甲板的主砲塔、共2基40口径30.5cm連装砲)


艦前部の主砲塔と前艦橋 (從前主砲塔瞭望艦首方面)


多数(全20門)配備された7.6cm速射砲


吸気ダクトが並ぶ上甲板部 (Air Intake Duct) (上甲板部的吸氣管)


ロープ、帆布で作られた釣床(ハンモック) 、傍に40口径15.2cm単装砲の副砲があります、ここで就寢、食事、砲の手入れ、訓練、砲撃等を行いました。 (Frankfort of 6 Inch Gun. Total Ten Gunnery Crew Members Under Gun Captain Were Assigned Here) (艦內吊床室、旁有40口径15.2cm単装砲之副砲、呈現了當時水兵的居住環境、大約有10名組員在此就寢、飲食、維修砲基、訓練、砲撃等)


艦内の中甲板上の展示室、組員の遺品、日露戦争に関する貴重な資料が数多く展示されている (艦内中甲板上的展示室、呈示有乗組員的遺品與曰俄戰爭時之有闢貴重資料)


艦内の東郷平八郎の胸像 (艦内有"東方納爾遜"之稱的"軍神":‘東鄉平八郎’的胸像)


艦尾の第二主砲塔のあたりは休憩所になっており、日よけがかけられて、ガイドさんがここで説明をしたりします (艦尾的第二主砲塔設有遮雨蓬、導遊也在此做講解、説明等)


司令長官室等






時鐘


船からの眺め (從船上遠眺)




「三笠公園」内の紫陽花も綺麗に咲いています (園内繍球花也盛開)



Memorial Ship "Mikasa" in Yokusuka :
Mikasa is a Pre-Dreadnought Battleship Built in 1902 for the Imperial Japanese Navy. On 27 May, 1905, Japanese Combined Fleet, Commanded by Heihachiro Togo Intercepted Russian Baltic Fleet off Tsushima
and Obliterated Them. IT’s Saying That’s Why Japan Gained the Victory in the Japanese - Russo War.
Mikasa was Decommissioned in Accordance with the Washington Naval Treaty and Preserved as a Museum Ship at Yokosuka Since 1926.

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1 コメント

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海軍的榮耀 (紐約客)
2016-06-25 12:13:57
很多國家都有退役的軍艦展示。
在紐約市碼頭邊也停靠有一航空母艦,此艦名為「無畏號」,已成了博物館,供遊客參觀體騐。
不知「三笠」之名對日本有何特別的意義?

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