たんなるエスノグラファーの日記
エスノグラフィーをつうじて、ふたたび、人間探究の森へと分け入るために
 



昨日久しぶりに会った人たちにわたしが罹った感染症のことについて話しているさいに、ある人が「そのことを聞いてびっくりしましたよ、しばらく会わないほうがいい、近づかないほうがいいと思いましたよ」と言ったので、わたしは軽いめまいを覚えた。おそらくその方は、14世紀にヨーロッパで大流行したペストやインカ・アステカ文明を滅ぼした天然痘、日本でも時々流行して人びとを苦しめた麻疹、最近では、飛行機に乗ったワイドスプレッダーによって世界各地に運ばれたSARSなどのイメージの延長線上に、レプトスピラ症というなんだか聞いたこともないような流行り病のことを考えたのかもしれない。SARSがハクビシンという獣から人に感染し、さらには人から人へと広がったという事実、あるいは、豚インフルエンザが豚から人へ、さらには人から人へと染ったという事実認識に照らせば、レプトスピラは人から人へは染らないと言われているが、その方の恐れは得心できなくもないと、わたしは後に考えたのである。

この点に関して思い出すことがある。
中高と同じだったAくんのことである。Aくんは、中学のときに腸チフスに罹って隔離入院し、その後しばらくして学校に復帰した。そのときのことを、彼の病後に中学の先生から話を聞かされた。Aくんは生死の境をさまよったとか、他の人に染らないように保健所の人が彼の家を消毒に来たとか、汚れた水が感染源だからみなさんも飲みものには十分注意しなさいとか、Aくんが勉強の遅れを取り戻すために先生たちも家に行って勉強を教えたいうような話だったと思う。その後、わたしは、Aくんとは同じ高校に入学して、3年間同じクラスだった。別の中学から来た同級生Bくんが、どこかから、Aくんの腸チフスの話を聞きつけて、Aくんのいないところで、彼は腸チフスに罹ったことがあり、家と家族が消毒されたこともあるということをどうやら触れ回っているようだった。あるとき、Bくんが、Aくんがいないときにその話題を出したときに、
Aくんとわたしの共通の友人であるCくんが、、「B、そんなこというたらあかん、友達やんけ」というようなこと言った。そのとき、わたしには、Cくんが神々しく思えた、Cくんはなんて立派な奴だと思った。Bくんは、その後、そのことを触れ回ることをしなくなったように思う。

それから、高校を卒業して数年後に、電車のなかで偶然Aくんに会ったとき、彼のかつての病気のことやこのエピソードのことがふと頭をよぎった。それは、封印された恐ろしい出来事なのだとも思った。そのことをAくんにはいっさい言わなかったが。今、改めて、高校時代の出来事を思い返してみるならば、Aくんの家の衛生状態などを問題視して、悪意をもって発せられたBくんの言葉を制するように思えたCくんの勇気ある発言は、Bくんの立ち回りを前提として、じつは、Aくんが罹った流行り病を、話題に出してはいけないほどの恐るべき現象へと引き上げたのではなかったのかと思える。結果的に、その流行り病に蓋をすることで、はからずも、逆に、闇の奥に、その病気の恐ろしさを浮かび上がらせることになったのではないだろうか。わたしがAくんにしばらくぶりに会ってすぐさま、隔離され、消毒される恐るべき法定伝染病に侵されたかつてのAくんのことを思い出したように。


こうした問題に、医療人類学はあるヒントを与えてくれるかもしれない。スーザン・ソンタグは、「結核」「ガン」「エイズ」などの病気を例に、それぞれがおかれる文化的な位置づけや社会的なイメージを分析している。結核はかつては才能のある人がかかる美しい病気とされ、ガンは自己を抑える人がかかりやすい病気とされ、エイズは性経験豊富な人の病気とされる。わたしたちは、病気そのものを経験するのでなく、病気の文化・社会的な側面を経験している(池田・奥野『医療人類学のレッスン』45-46頁)。病気は、多分に、そのイメージを伴って、われわれの経験世界に流通する。流行り病が、それと聞いただけで、恐ろしい、近寄らないほうがいいというイメージを連想させるのは、その意味では、何も驚くべきことではないのだ。

さきごろ行われた人類学者たちの集いで、そうした場ではよくあるように、現地で罹った流行り病が話題となった。自分は三日熱マラリアをやったし、彼女はデング熱をやった。アフリカ研究者の誰某は熱帯熱マラリアで危なかった。ファンシダールやクロロキンはもはや効かなくて、メフロキンでもドキシサイクリンでもなく、中国のヨモギからつくった抗マラリア薬が効く。国内でもときどきマラリア様の症状がぶり返す。それを聞いていた北方民族を調査対象にしている人物は、自分は寒いところで、そんな流行病がなくてよかったと言っていた。そうした話は、人類学者どうしの情報交換であるとともに、人類学者としての一種の自負(現地で流行り病に罹ってないなんて、まだ一人前のフィールドワーカーではない!)の語りでもある。
その延長線上に、わたしは、わたしが罹った流行り病を、授業ネタなどとしても使えるなと無邪気に考えていたのだが、事態はもう少し複雑であり、慎重に考えたほうがいいかもしれない。流行り病の記号論は、話の聞き手に、それを解釈する手がかりとなるあるイメージを伴って、受け取られる。

(夜中に酔っ払って狩猟の支度をして写真に写るフィールドの人びと)



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