「家」 @ 鎌倉七里ガ浜 + 時々八ヶ岳

湘南七里ガ浜(七里ヶ浜とも)から発信。自分の生活をダラダラと書きとめるブログ。食べ物、飲み物、犬の話題が多い。

犬と暮らす(8) 本を読む

2009-06-17 08:55:27 | ペット
私が読む本の分野はかなり限られている。英国と住宅(建築)と犬と田舎暮らし(アウトドア関連を含む)の関連が多い。犬に関する本もやたらと読んだ。前回ご紹介したピーター・ラーキン博士とマイク・ストックマン氏共著の「DOGS 犬種と犬の世話」は犬種紹介本としてはかなり良いと思う。何か犬種のことで知りたければ、これを見る。そうすればたいていそれについて記載がある。犬種について良いことも悪いことも書いてある。

日本の犬種図鑑に関して「良くない」と私が思うのは、特定の犬種について悪いことを強い表現では書かないことだ。これは、犬種図鑑の多くがペットショップ、ブリーダー、ペットグッズのメーカーの広告を掲載しており、犬種図鑑の出版社にとってはそれらが貴重なスポンサーであることが影響しているのではないかと推測している。ある犬種特有の病気についてやたら詳しく書いてある犬種図鑑に、同種のブリーダーが広告を載せるわけがないだろう。しかも多くが動物学者ではなく、出版社の編集によるものだったりするのである。



犬雑誌は楽しい。昔は「愛犬の友」しか定期的な雑誌はなかった。しかし今ではいろいろと出版されている。特定の犬種に関するものもあり楽しめる。それらの雑誌は、あらゆる他の分野の雑誌と同様、どういうことが世の中で起こっているかを理解するには良い。しかし犬の動物学的理解をしたいなら、ちゃんとした本を読んだ方が尚良い。住宅設備メーカーやハウスメーカーのカタログ的雑誌である月刊ハウ○ングは、今の日本の住宅建築事情を理解するには良いが、それをいくら読んでも建築が理解出来るわけではないのと同じである。

今までに読んだ犬に関する本で一番面白かったものを挙げよと言われれば、私は迷わずスティーヴン・ブディアンスキー著「犬の科学」(築地書館)を挙げるだろう。著者は動物学者あるいはトレーナーというわけではない。どちらかと言うと動物に関する著書が多数あるジャーナリストである。様々な最先端の犬研究をとりまとめ、「科学的に」犬のことを分析している。

そもそも特定の分野の人が主張することだけを信じるのは危険である。ドッグフードのメーカーの広報担当者にドッグフードの安全性を語らせて、それを鵜呑みにする人はいないはずだ。あるいは長良川河口堰の環境破壊について国土交通省の役人やその御用学者の言うことを信じる人もいないだろう。役人はその権益の維持拡大に、御用学者はそれに追随することでおこぼれをもらうことに命賭けなだけだからだ。



犬に関しても、以前述べたとおり、犬の専門家(と称する人たちも含む)の間で意見がいろいろ分かれる。ペットショップ経営者、ブリーダー、ドッグ・トレーナー、動物学者(獣医)。皆が犬の専門家だが、言うことはバラバラなのである。また同じ獣医でも勧める治療法や薬が違う。つまり誰も何もハッキリとはわかってはいないのだ。またもや建築に例えればハウスメーカー、設計士の先生、大工のそれぞれが主張することが真っ向から異なり、さらに同じ大工でもベストな木組みついて主張が異なる。犬の専門家もそれと同じ状況で、立場が違えば利害も異なり主張も異なって当然だ。

上記「犬の科学」はその点取り扱いが偏っていない。分類をしにくいけれどなにせ著者は敢えて言えばジャーナリストである。様々な現代の犬研究の成果を、彼なりにあれこれと組み立てて紹介してくれる。面白いのは著者がかなり個性的で、こう言っては失礼だが、やや変人的なところだ。目次を少し見ただけで噴き出してしまいそうな項目が多い。そういう本はたいてい面白い(中にはハズレもあるが)はずだ。

ただ単に犬と暮らすだけならそれは簡単であるかもしれないが、この種の本を読んだ人は、犬について自分が知らないことがあまりにも多過ぎることに気づくだろう。また知れば知るほど、犬と暮らすことが相当複雑な心理ゲームに近く、時にはただの壊れたおもちゃであり時には親友ともなる犬の思考方法が大変興味深いものだと感じることだろう。

世の中に広く行き渡る犬に関する通説は、信じるには値しないのである。「犬を飼うことに馴れている」と思っている人でも、こうした本により、未だ知らない犬の本性がいろいろと理解出来るに違いない。あなたはフィンランド、イヌイットあるいはチベットの民族文化について、どれだけのことを知っているだろうか?私はろくに知らない。それと同じで、私も含め「愛犬家」と称する人も、実は犬についてろくに知りやしないのだが、大事なことは「自分が知らない」ということを知ることだろう。



上の画像はC.W. ニコル著「わが友モーガス」(小学館)である。私にアイリッシュ・セターのことを最初に教えてくれた本だ。私はそれ以前にも図鑑などで同犬種を見たことはあったのだろうが、本当に強い興味を持ち始めたのはこの本を読んだことがきっかけだろう。このブログで以前紹介したニコル氏の著作、小学館文庫の「人生は犬で決まる」の下敷きになったハードカバー本である。サイズはほぼ正方形で、写真が大きい。猟犬としてのアイリッシュ・セターの魅力が満載だ。それがどんな犬種であるかを最もよく私に教えてくれた本である。誰もが思い出となる本を持つ。この本は私にとってそうした本の一つである。

皆さんどうですか? 表紙を飾るこの顔は? 犬のオス。そして独立心と自尊心の高い犬の顔はこうなる!・・・の見本みたいな顔だ。内に潜む本性は、人間同様に犬でも顔というか、表情に見事に現れる。この表紙のモーガスは、強烈に個性的な顔を示している。犬観察のモデルケースみたいだ。

ところがこの本を私は買ったことがなかった。当時いつも通っていた獣医さんの待合室でほとんど写真を見てしまったからである。さらにその後それを文庫化した「人生は犬で決まる」が出たことから私はそれを買ってしまい、「わが友モーガス」は私の手元になかった。しかも現在は廃刊。私はインターネット古書通販を利用して最近手に入れた。1993年初版本第一刷の無傷の古書がいくらだと思いますか?・・・なんと価格は150円!!送料340円。合計490円。古書サーチに関してはインターネットは誠に有難い。最近私もすでに廃刊になった古書をこうして買うことが多くなった。探すことが容易になったからである。


(伏せっ!・・・ずっと伏せ!)

我が家の犬、アイリッシュ・セターという犬種に限定したノウハウ本は日本には存在しないので、私は米国製と英国製の本を2冊購入した。紹介をここでは省略する。かように私や妻はここまで我が家のお犬様を理解することに努めている。当のお犬様は、飼い主たる人間を理解することにわずかでも努めようという気持ちがあるのだろうか?専門書を読む限りでは、残念ながらそれはない。犬は飼い主(人間)を生物として特別視していないだろう。

よく「ウチの犬は自分を人間だと思っています。だってソファに座ろうとしますし、食べ物だって・・・」と云々する飼い主がいるが、それは「人間を優位」と考える人間による勝手な犬の解釈であろう。

犬が自分を人間と考えはしない。それについて彼らは何も考えていないかもしれないが、もし犬が何か考えていると仮定するなら、それは「犬は飼い主を犬の一種と思っている」くらいのことであろう。犬は、犬の考えがなかなか理解出来ない飼い主のことを「(犬自身と飼い主からなる)集団の中で、理解力が乏しい仲間だなぁ。不快だ(あるいは悲しい)なぁ」と思っているだけかもしれない。犬は飼い主のことを、せいぜいのところが、同じ仲間(犬)のリーダーくらいにしか思ってくれていないので、その点を理解した上で我々は彼らと一緒に暮らす方法を考えるしかなさそうである。

こうした読書はその読者である犬の飼い主をいろいろと助けてくれる。しかし人間優位な社会を絶対視する人にとっては、何の役にも立たないどころか、却って邪魔な思想をもたらす行為となる。
コメント (4)
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