じゅくせんのつぶやき

日々の生活の中で感じた事をつぶやきます。

目立ちたい症候群

2008-07-17 14:40:18 | 事件
★ 秋葉原事件に刺激を受けたのか模倣犯が続いている。これもネット社会の一面かも知れない。

★ 最近の子どもたちを見ていて思うのは、ノリが彼ら達の評価基準で、ウケよう、モテようと必死だ。刹那的な盛り上がりに歓喜し、それに水をさす人物は疎外される。

★ 今ひとつ思うのは、「人に自分を認めて欲しい」という願望が異常に大きいと言うことだ。意味もなく奇声を発したり、度を越えた大笑いをしたり、問題を解くのに独り言とは思えない声を発したり。

★ 彼らの行動は「目立ちたい症候群」とも言えそうだ。その「目立つ」のも、努力してその結果を評価されることは稀で、手軽に評価されたい、耕作の苦労を経ずして果実だけを手に入れようとしている感がある。

★ ひどいことに、努力して評価される人々は彼らにとって嘲笑の的になったりする。そうした「優等生」は自分達とは違うのだと疎外するか、あるいは足を引っ張って自分たちのレベルに落とそうとする。

★ 自己の欲求が見たされないことを他者のせいにする者も多い。親のせいにする、教師のせいにする、社会のせいにする。彼らは決して自らの無力さや敗北感を自覚していないわけではなく、その劣等感を感じながら、それを言い訳やノリで埋め合わせているようだ。

★ 自己顕示欲は必ずしも悪いものではない。劣等感は成長に不可欠だといった心理学者もいたように記憶している。

★ 「目立ちたい症候群」が広まっているのは大衆社会の一面かもしれないし、誰もが主人公になれるネット社会の一面かも知れない。

★ あふれんばかりの情報、その中で異常に高まる自己肥大感。それと現実とのギャップ。そこをうまく折り合えない人が突飛な行動を起こしてしまうのかもしれない。

★ 少子化やゲーム感覚と言った背景もあるのだろうか。実際は家庭問題が大きいと思う。本来は家庭で充足される欲求が満たされていない。そのはけ口を彼らは外の世界に求めているのかも知れない。

★ 「目立ちたい症候群」は「甘え」と裏腹の関係にあるように思う。
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駄々子的犯罪

2008-07-17 10:18:08 | 教育
★ 昔は縁日などで、親を困らせて欲しいものをねだる子どもがいた。最近でもスーパーなどで「これ買って」が受け入れないとと泣き叫ぶ幼児はいる。

★ 子どもの行き当たりばったりの欲求は長続きしないから、「またな、またな」を20分程度繰り返すか、関心を他に向ければ、その場は収まることが多い。

★ 14歳少年のバスジャック事件を見て、この駄々っ子に似ているなと思った。親に欲求が受け入れられないから、親に迷惑をかけてやろうなどとは、実に幼稚な発想だ。「家族をむちゃくちゃにしてやろう」と思ったそうだが、自分自身がむちゃくちゃになってしまった。

★ 14歳ににて、自分の行動でどれほどの人々が迷惑するか、自分の行動がどのような結果を生むか、そんなことさえ想像できないのだろうか。まさに自暴自棄。

★ 自らの欲求が通らないからといって、世間を騒がせようとする。駄々っ子そのものだ。

★ 思春期、犯罪や自殺を想像することはそれほど珍しいことではない。嫌な人物の殺人や社会をぶっ壊そうとテロのイメージトレーニングをすることもあるかも知れない。しかしほとんどの場合、それで欲求が充足され行動には移さない。それがいともたやすく重大犯罪をやってしまうのだから、その点が恐ろしい。

★ 人間の社会はお互いの信頼関係の上に成り立っている。しかし、それはテロ行為には実に脆弱なものだ。昨今通り魔的犯罪があまりに多い。それも人を殺傷するような重大犯罪が横行している。

★ 共通するのは自己中心的な発想、表現力の未熟さ、犯罪によって自らをヒーロー化しようとする自己肥大感など。ごく一握りの人々の異常な犯罪ではあるが、彼らを生み出す土壌がこの社会に芽生えていることは警戒すべきだろう。

★ せっかくここまで積み重ねてきた人間社会。戦々恐々としたアナーキーな社会へと戻してはもったいない。深部に迫る対策が必要だ。
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