負けてない

　多少人が少ないかな、と感じる程度の、いつもと同じように混んだ電車に乗り、横浜駅の階段を上ったり下りたりしながら、いつもの風景を眺める。いつもと同じように見えるが何かが違う。なんとなく、みんなおとなしい。下を向いているのではない。逆だ。いつもなら、うつむきがちにせかせかと歩いている人たちが、落ち着いて、人の顔を見ながら歩いている。朝のラッシュの殺気立ったものが無い。誰もが落ち着いた優しい顔をしている。彼らの力だ。

　走って走って体をぶつけて、蹴って倒れてそれでも走って１２０分戦い続けたその姿も素晴らしかったが、ＰＫ後に見せた彼らの優しさがどれだけ日本に、日本人に影響を与えた価値あるものだったか、計り知れない。なんていいやつらなんだ。


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報告

　コミュニケーションの重要性はわかっているけれど、実生活の中で何をすればいいのかわからない、という人が多いようだ。

　例えば、「報告」という行為、これがコミュニケーションだと思っている人が少ない。わが社では、月に一度、必ず自分の仕事の状況を報告書にまとめて提出しなければならない。この月次のルーチンがあるためか、月初に新しい仕事に着いても月末まで音無しを決め込んでしまう社員がいる。あちこちに散って仕事をしているため、連絡は密に、などと常に話しているつもりだが、何の連絡を密にしなければならないのか、そこがわからないらしい。つまり、フォーマットがあって書き込む内容のガイドがあるなら、なんとなくそれらしく書き上げることもできるが、フォーマット無しで自由な形式で自分の状況を伝える、ということが苦手なのだ。

　フォーマットがあると、その枠内に当てはまるだろう内容は書くが、それ以上は書かない。社内の人間との関係がこんな風なら、社外のお客様、プロジェクトメンバーとの関係は押して知るべし、と言うことになる。

　毎回ほとんど同じ内容の報告書を送ってくる者もいる。前回の報告と同じ内容の仕事をしているので、内容も同じ、と言うことなのだろう。何枚もこのような報告書を見ていると空疎な砂漠を歩いているような気持ちになる。

　どのようなビジネスも人の心にある種を育てるものであることに変わりない。美しいものを見た時、珍しい体験をした時、その経験を共有したい、と言う思いは誰にでもある、と思う。何を美しいと思うか、何を珍しいと思うか、人それぞれであるが、見方によっては、世界はすばらしい奇跡であふれている。心を動かされた風景や言葉。心が暗くなった行為。何でもいい。人の心を持っているなら、日々感じるであろう様々な出来事を「報告」するのも立派なコミュニケーションだ。心の中の種は、人の心に触れないと育たない。これからもビジネスを通して成長して行こうと思うなら、誰かと心を通わす努力を惜しんではいけない。

　努力をしていれば、いつかきっと、自分がいかに多くの人に支えられているのか理解できる日が来る。そうなったら、支えてくれる人たちに自分の今を「報告」したくて仕方がないという気持ちにもなるだろう。


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じとじと

　じめじめと暑い。着ている物が体にへばりつく。キーボードを打つ指から湿気が飛び散り、キーが粘りついてくる。後ろを歩く社員も、足からねっとりどろりとしたものを引きずっている。みんな湿り気でずるずるしはじめ、ナメクジやカタツムリのようなどろりとした感じで机に向かう。飛び出した目の先だけ左右に動かしてモゴモゴ会話する。

　が、ひとたび冷房のスイッチが入ると、見る間にナメクジが人間に変わって行く。ねとねとのヒダヒダだった足が、２本のしっかりした足に固まっていく。体と一体になっていたシャツも体から分離し、シャツとして再生する。会話も人間らしく「これお願いね」「はい」などと、人語と解される音声に変わる。文明の利器とはよく言ったものだ。

　長期にわたって電気が止まるようなことになったら、文明の利器の恩恵にあずかれなくなったら、私たちはどんなことになってしまうのだろう。長い時間かけて私たちの先輩方が作り上げてくれた社会の基盤が、私たちを快適に活かしてくれている。ナメクジから人間に生まれ変わった私は、まず最初に先輩方に感謝した。


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やった

　涙が出た。うれしかった。
　デンマークのパス回しの速さにおびえ、レフェリーの判定をにがにがしく思いながら見入った。

　少ないチャンスを活かすことができた。落ち着いていた。くらったＰＫだって１回は止めたのだ。

　降ってわいたとか、棚ぼた、と言うようなうれしさとは、まったく異なるうれしさがあった。はじけるようなうれしさ、と言うのでもない。全力でなすべきことをなした後、結果がついてきたうれしさ、だ。

　試合後のインタビューで、岡田監督は目をしばたたかせていた。涙をこらえていたのだろう。中澤は気持ちを聞かれて、ほんの少し、言葉に詰まった。走りに走って守りに守った男が、一瞬やさしいはにかんだような柔らかい笑顔になった。とにかくうれしい、と言った。また涙が出た。


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楽しく仕事

　ひたむきに自分の仕事に向き合っている人に出会うことがある。そういう人に出会えただけでうれしい。
　今の自分の仕事が成功することによって将来どんな展望が開くか、逆にここで失敗することによってどんな問題が出てくるか、よく考えて体に染み込ませている。
　そういう人たちがチームで動いているのを見ると、格別だ。同じ職場のそれぞれが皆自分の言葉で自分の仕事の意味をそれとなくしっかり語ることができる。そんなチームに出会うと、なんと良いチームだろうと感動する。

　楽しく仕事をしている姿は、それだけで人を感動させるのかもしれない。日本語で「楽しく」と言うと、面白おかしいという言葉に通じてしまうかもしれないが、「楽しく」仕事をするというのは、「真剣に」仕事をする、という言い方に近い。頑張らず、適当にしているのがいい、と言う風潮がある。「適当」というのは、ぴったりちょうど、ということだが、ここで言う「適当」は、周囲に合わせて目立たないよう、そこそこに、ぐらいの意味だ。そんな姿勢で仕事をして仕事が「楽しい」わけがない。

　自分が任された仕事を考えに考え抜いて体に染み込ませ、自分がしなければならないことを全力でやる。手を抜かない。
　それでも、失敗することはある。頑張って頑張って、一瞬、ほんの少し気を抜いてしまったために、タイミングよく頑張った誰かにうまくやられてしまうこともある。
　そんな時は、悔しい。心から悔しい。頑張って頑張ったから悔しいのだ。一生懸命やったから悔しく思う。頑張らず、適当にしておれば、「楽しく」も「悔しく」もない。

　オランダ戦に負けて悔しがる日本チームは、良かった。私も一緒に悔しかった。あきらめずに、ひたむきに自分の仕事に向き合う「楽しさ」が、胸に来る。
頑張れ！

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