いか@ 筑豊境 寓 『看猫録』

Across a Death Valley with my own Distilled Resentment

占領軍米兵と猿;猿と少年を飼う米兵の話

2020年11月10日 19時22分37秒 | 日本事情

愚記事「マッカーサーと一緒に「厚木」に来たこの子猿はどこへ行った?」で猿の行方に関心を持った。

もちろん、これ以上の情報は得られるはずはないと思った。

でも、占領軍米兵と猿の話をネットで見つけた(田中雅一、「コンタクト・ゾーンとしての占領期ニッポン : 「基地の女たち」をめぐって」);

小野年子の手記にはさまざまなエピソードが語られている。友人の米兵が飼っていた欲しさに,自分の女性(オンリー)をの飼い主に引き渡す米兵。もちろん当の女性はと交換に捨てられたとはつゆ知らず,もと飼い主の男が来るたびに形だけの抵抗をするが,結局は抱かれてしまう。 この米兵は,街で拾ってきた靴磨きの少年を基地で雇っているが,かれの楽しみのひとつはに追い回させることである。あるとき少年がに刃向かうと,米兵は怒ってかれを追い出してしまう。しかし,少年は出ていくと見せかけてオフィスに戻ってきてこのを撲殺する。これを知った米兵が少年を殺そうと追いかけるが,少年は逃げる途中で自動車にひかれて死んでしまう。

ここで、小野年子とは米兵相手の娼婦、パンパンである。 「年子は,京都で米兵たちにだまされて外に連れ出され,輪姦される。東京でダンサーになるが,ダンスホールでも暴行を受け,売春をはじめる。一時オンリーになり,裕福な暮らしも経験し」た女。小野年子の話は、『日本の貞操―外国兵に犯された女性たちの手記 』(1953年) (Amazon)によるとのこと。

この小野年子の手記に出てくる猿も南方から日本に連れられて来たのだろうか?

■ この「街で拾ってきた靴磨きの少年」という人物像は興味深い。占領軍兵士と娼婦の話はあまたあるが、米兵が少年を拾って、飼うのだ。いいなぐさみものだったのだろう。

さて、この話を知って、思い出したことがある。まだ前世紀、ただしネットがあった時期、つまり世紀末にある web siteがあった。まだブログの時代ではなかった。普通の個人用web siteだ。そのweb siteがおいらの目を引いたのは、奇想天外な物語だった。すなわち、web siteの主が主人公で、その主人公は少年。主人公の少年は、札幌の米軍基地のキャンプ・クロフォードに出入りしていたが、朝鮮戦争の勃発時に遇し、米軍と一緒に朝鮮半島に行くという話だ。ただし、その話は第1話以降続くことはなかった。今でも、あのweb siteは何だったのだろう?と思う。

 

 



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