いか@ 筑豊境 寓 『看猫録』

Across a Death Valley with my own Distilled Resentment

史上最大のベンチャー・プロジェクト?=すたーと・あっぷ となるか??? あるいは、なぜ、現代支那で資本主義が興隆なのか?

2017年09月24日 13時53分47秒 | 中国出張/遊興/中国事情

たとえば、最近、この愚記事(①かっぱらい、麦 笛 の作製に失敗; ② 董 必 武 中共国家主席@法政大学卒を知る)へのアクセスが認められる。

ところで、おっさんであるおいらは、現況にも鈍くなったのであるが、スタート・アップという言葉を、ある界隈で、見る。

あの「意識高い系」界隈である。おいらは、意識は高くなかったが、15年ばかり前から7年ほど、「ベンチャー会社」にいた(愚記事:日本で「ベンチャー」といえば当然(?)ブラックである。ちなみに、このあと今に至るまで、バイト先はずーっとブラック企業である。それも超ブラック企業だ)。

意識高い系の彼らはプロジェクトを考案し、立ち上げ=スタート・アップし、ひいては、上場し、一攫千金を手にし、そしてなにより、世界に対する卓越と優越を宣言したい、とのこと。

それなら、中共史に学べ!!!???

やつらは、1921年に立ち上げ=スタート・アップし、28年を経て、1949年に「上場」した。 

(もっとも、この上場は北朝鮮より遅いのだが...。ただし、その北鮮も「後輩」を見習ってがんばっている。現在見習いの北鮮の発達段階は1964年の中共核実験成功あたりだ。そのうち、米国大統領が電撃訪問すると期待しているのだ。)

そして、さらに1921年から約90年を経て、世界第二の経済大国@しかも1964年からとっくに核保有国だ。

■ 日本教育の「陰」、あるいは、「影」。

今、毛沢東の伝記を見ると出てくる。湖南省での恩師・楊昌済茗渓会(=東京師範学校卒業)だ。

そして、最近アクセスのある愚記事(①かっぱらい、麦 笛 の作製に失敗; ② 董 必 武 中共国家主席@法政大学卒を知る)には、1921年と1949年の両方に顔が見える唯一の人物が董必武=とう ひつぶであることが書かれているのだ。董必武さんは法政大学卒らしいのだ。

■ まとめ

史上最大のベンチャー・プロジェクト?=すたーと・あっぷ となるか??? 

米中世界最終戦争に勝利すれば、1921年のベンチャー・プロジェクト=すたーと・あっぷ は、史上最大となる。

その点では中国人のほうが論理的であって、継承の順序を逆にする。つまり、息子を父が貴族とするのではなくて、息子が貴族権を得ることによって、それを祖先たちにまでさかのぼらせ、かれらの賤しい家系をかれの努力によって名門にするのである。 (オルテガ、『大衆の反逆』)

あるいは、なぜ、現代支那で資本主義が興隆なのか?

ベンチャー精神にあふれ、資本家が住みやすい無政府状態が実現されているからである。

 Google [資本家の専制支配下の分業、社会では無政府性が支配]