昨日はほんのちょっとした出来事があり
そんなほんのささいなことで
人は簡単に希望を失うことができるんだ
と気づいて本当に驚いた。
希望を持つということは
それまであまり希望を持てないでいた人にとっては
それ自体が大きな変化で
自分に何度も問いかける。
夢なんて 抱いたって傷つくだけじゃないだろか
現実主義でいたほうが つまらなくっても
それでも傷つくことはない
夢なんて 描いたところで 実現するわけ
ないじゃないか
そんな風に リアリスト になってた人が
希望をもって 夢を描くのは難かしいけど
ようやく希望をもてたところで
希望をもつのは大変なのに
一瞬にして どうでもいいような出来事で
それを失うことがある。
希望を持つのも自分自身なら
それを失うのも自分自身で
私はちょっとの間希望を失った自分を
味わってみて するとどうだろう
世界が全く違って見える。
ここでの暮らしも
こんな暮らしも 前は本当に嫌だったけど
それでも悪くもないのかも?
田舎の風景も美しいしな
そんなことを思ったりもしてはいたけど
それは私に希望があるから
私の中に 夢が芽生えて来たからで
もしそれがなく この生活が
やっぱり一生続くのならば
この先ずっと変わらないなら
それは本当に恐ろしい。
希望があるから 夢があるから
今の私には力があって だから
ブログも書いていけるし
だから勉強だって続けていける
だけど夢も希望もなかったら?
世界はまったく違って見える
そう 灰色でしかなくなってしまう。
だけど夢っていうのは
乙女のように 描いているだけじゃいけない
家事が不得意な私にとって
他の人より得意なことがあるとするなら
それは夢を現実化する能力かもしれなくて
本を書きたい!と思うこと は簡単だけど
白い紙に文字を埋めていくのは
恐ろしく孤独な作業。
ようやくそれが終わっても
今度は校正の繰り返し。
書けたって出版しないと本は
本として流通しない
それらが全部そろったときに
「本を出す」という夢が叶ったことになる。
そのために は 苦しくっても
それを現実化する 地道な努力が必要で。
それですよそれ
もう希望も夢もない人生なんて
本当に嫌だから 死にながら生きているのと
同じだ と痛感したから
だから私はエネルギーを燃やして生きている
だって もう 一度死んだようなものなんだもん
死ぬよりは生きたいと そうフランスで
はじめて思うことができたから
今の私はがんばれる
だって希望があるのなら
世界は違って見えてくるから
もう灰色なだけじゃないから
私は希望を失いたくない
その世界はもう 恐ろしい
頭の中で 夢を描くのも大切だけど
夢が夢のままであったら いつまでたっても
到達しない。でも絶対そんなのイヤだ!!と
昨日は痛感してしまったから
試験が済んだら少しずつ
夢を現実化していけるよう
それなりに努力していこう。