alternativeway

パリ、カフェ、子育て、サードプレイス、
新たな時代を感じるものなどに関して
徒然なるままに自分の想いを綴っています。

諦めないこと

2011年11月14日 | 想いをカタチに

 最近は「11月にはいいことが一杯起こる!」と
念じていたら この1週間はなんだかすごい出来事が一杯あって
本当にありがたい限りです。今日はものすごい念願だった
キャトルセゾンの社長さんとお話をしに行って来て
というのももう4ヶ月も前から「連絡をしなきゃ、、、」
と思っていたのにそのメール一本が書けずにいたら、
エイやっと書いたその日に連絡があり、「またコラムをお願いしようかと
思っています」とのことだった。その嬉しかったことといったら!!!


 しかもすごいタイミングで、カフェのツアーの報告を書いてみては?とのことで
どこかで書かなきゃなー でもどうしようかと思っていたので
まさにかつて(今も)私が憧れていた様な、キャトルセゾンのお店にある
フランス旅行アルバムみたいな形で報告できたら素敵だろうなあ。。。
蓮太郎とお店の前を通る度に「お母さんこのお店が好きでねえ」と
想いをはせてたキャトルセゾンに、また再び関われるなんて
本当に嬉しい限りです。ありがとうございます!!
(あのエッフェル塔たちになんと勇気づけられたことか!)


 さて、私はそのメールをいただいた際、気づいたのだけど
世の中でいう「才能」っていうことばなんてほとんど嘘だなあと思った。
「あの人は才能があるからなれたのよ」という言葉は
ものすごくよく耳にするけど そんなの「私には才能がない」と
思っている側がいいように使える言葉なだけで
多分世の中でうまくいくかどうかは「才能」なんかじゃなくって
諦めないで押す力があるかどうかなのだろう。
だって私の今度の話でいったら原稿を見せたわけでもなんでもなくて
(そのかわりブログは読んでいただいていた)なんだかよくわからないけれど
具体的な話の前に「じゃあやりましょう!」となっていた。
そうして人は 誰かにちょっと信頼されて「じゃあ君が言うなら
ちょっとやらしてあげるからね」と言われた時に
それに沿った形になれるよう 努力をしていくのだろう。


 だからはじめに才能ありきじゃないと思う
だって本にも書いたけど 才能のある人なんてゴマンといるんだ。
毎年どれだけの人間が文学部に入り、美術大学に入学するだろう、、、

 もしも私がこの先 これから 書く ということを仕事で
続けて行けたとしたら それは才能によるものではなく
ただ辞めなかったから。もしかして何年か後には とても
スマートな文章になって「才能ある」感じの文体になれるかも
しれないけれど それは才能が先にあるわけではなくて
ただ書くことを続けて行ったからだろう。
そしてもしかしたら4ヶ月も出せないでいた一通のメールを
エイやっと思って送信してみたことだろうか。
「才能は勝ち取られたものなのです」とボーヴォワールは言っていた。
私はその意味がやっとわかった。人は何かをしたいと思って
たまたま誰かがその枠にいれてくれたとき このままの自分じゃ
やばいと思って努力して のちにその枠の中で恥じない自分になれるのだろう。
沢山の場所で 沢山のことが要求される その要求をなんとか満たそうとして
がんばっていたら 次第にあれ?けっこうできるようになったななんて
思える日 が 来るのだろう (だからこそそういうところにちょっと
人を入れてあげられたカフェのアトラクターは偉大なんですね)

 
 だから諦めないことなんだ


 そして自分を信じてみること


 私はすっかり自信がなかった 

 でも自信をとりもどそうと夏から自分に沢山いい言葉をかけてみた
自分のイメージをもっとよく思えるように 毎日毎日がんばった。
それは今も続いてて 奇跡が起こるかななんて待っているけど
奇跡が起きたらいいのだけれど 今の時点でも 相当素敵なことが起こってる。
それなりに自分を認めてあげられるようになってみると
誰かに言われたことというのもすうっと通って
あー この人 今までお世辞で言ってるのかと思っていたら
もしかして本気で言ってくれてるのかな??だとしたらすごいことだなとか
いろんな可能性を感じたりして ようやく自分の人生の意義や
やるべきことが 見え始めて来た様な 私だからできることが
ちゃんとあるんだと見えて来た様な そんな気がする。


 お世話になっているみなさん 本当にありがとうございます。
カフェツアーも本当に素晴らしいものになるといいですね!!
もうすぐフランス 体調治して行ってきます。

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