語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

【読書余滴】野口悠紀雄の、常識の誤り+非正規雇用がもたらす年金制度の危機

2010年08月24日 | ●野口悠紀雄
<常識の誤り>
 ・非正規雇用者の増加は、一般に考えられているように「雇用調整をしやすいから」ということではない。
 ・企業の立場から整理したいのは、非正規労働者よりは、賃金コストが割高な正規雇用者である。

(1)非正規雇用の増えた原因
 雇用と社会保険は密接に関連している。
 日本でいま雇用されている5,472万人のうち正規雇用者は3分の(3,386万人)、非正規雇用者が3分の1(1,699万人)である。長期的にみると、日本の雇用者は、非正規雇用者を中心として増加してきた。
 正規雇用者は、1980年代中頃には約3,300万人だったが、1990年代に増加し、1990年代中頃には約3,800万人となった。しかし、1990年代後半から減少しはじめ、最近では約3,300万人と、1980年代中頃とほぼ同水準に戻っている。
 これに対して非正規雇用労働者は、1980年代中頃には約600万人だったが、傾向的に増加し、1990年代中頃には1,000万人を越えた。そして、2003年には約1,500万人となり、2008年には1,700万人を超え、1,800万人に近づいた。
 つまり、1900年代中頃以降の日本の雇用者の増加は、ほぼ非正規雇用者の増加によって実現してきたのである。

 経済危機の雇用調整で正規雇用者と非正規雇用者の減少率にあまり大きな差がない。
 よって、非正規雇用者の増加は、一般に考えられているように「雇用調整をしやすいから」ということではない。

 より大きな要因は、社会保険料の雇用主負担であろう。
 正規雇用者の場合、とくに厚生年金保険料の雇用主負担は賃金コストを引き上げる大きな要因になっている。
 法人税が日本企業にとって重い負担になっている、と言われる。しかし、法人税は利益にかかる負担なので、これが生産コストを高めることはあり得ない。実際に問題になるのは、利益のあるなしにかかわらずかかる社会保険料負担、ことに年金保険料の負担だ。負担の大きさは、いまや法人税よりも重くなっている。国際競争力を下げていることは間違いない。

 1990年代以降、中国をはじめとする新興国の工業化によって低賃金労働による安価な製造業の製品が増えた。
 これに対抗するため、賃金コストの引き下げが必要とされた。その手段として社会保険料の雇用主負担が低い非正規労働差に頼った。・・・・というのが実態ではなかろうか。
 
 そうだとすると、企業の立場から整理したいのは、非正規労働者よりは、賃金コストが割高な正規雇用者である。
 民主党の労働政策で、雇用確保の観点から非正規労働者に否定的な態度をとっているのは見当違いということになる。

(2)雇用と社会保険料との関係
 厚生年金の被保険者は、1987年の2,800万人弱から、1990年代末の約3,300万人まで500万人増加した(1997年の旧3公社の統合、2002年の旧農林共済組合の統合の影響は除去して推計)。この期間に正規労働者が500万人弱増加していることと対応している。
 厚生年金の被保険者の増加は、雇用者総数増加の半分程度でしかない。これは、増加した非正規雇用者の一部(推計3分の1)しか厚生年金に加入しなかったことを示す。
 非正規雇用者が厚生年金に加入できないのは、厚生年金の制度からして不可避な結果である。日雇い派遣、週労働時間または労働日が正社員の4分の3未満のパート、2か月未満の短期契約社員、請負人は原則的に厚生年金に加入できない。

 2000年から2009年までの間に、非正規雇用者は400万人増加している。うち、3分の2の270万人は厚生年金に加入していない。
 他方、この間に、自営業主およびその家族従事者は200万人減少している。また、農業従事者は170万人減少している。
 国民年金の被保険者は、2000年以降ほとんど変化していない。
 以上を考え合わせると、厚生年金に加入しなかった非正規雇用者は国民年金に加入した。・・・・と考えることができる。

 しかし、問題は、加入したものの、保険料を完全に支払っているとは思えない点である
 国民年金の保険料納付率は、1980年代中頃まで90%を超えていた。その後、1990年代末には70%台になった。さらに、2000年頃から急激に低下して60%台となった。
 非正規雇用者の所得が低く、保険料が支払えなかったのが大きな原因ではないか。事実、年齢層でいえば、30~40代は正規雇用者が多いが、若年層と高齢者で非正規雇用者が多くなっている。

 60%台の納付率であるにもかかわらず保険料の引き上げや給付の引き下げがおこなわれないカラクリの基本は、基礎年金制度における財政調整のしくみにある。簡単にいえば、被用者年金(厚生年金と共済年金)が国民年金を財政的に補助しているのだ。
 こうしたしくみをとる理由は、非正規雇用の問題があるからだ。
 年金制度は労働者の福祉のためつくられた。→それを維持するにはコストがかかる。→雇用主負担を回避するため、企業は非正規雇用への依存を強めた。→非正規雇用者の多くは厚生年金から排除され、国民年金に追いやられた。→保険料を負担できず、未納に陥る者が増えた。
 かくて、第一に、大量の年金難民が発生した。第二に、国民年金財政を支えるため被用者年金が本来の負担を超えて負担を負うことになった。

(3)収支を悪化させる要因
(ア)給付が減る要因はなく、むしろ増える可能性が強い。
 ことに在職老齢年金制度との関係で給付は増える。
(イ)保険料が減少する可能性が強い。
 雇用者が減少すれば、厚生年金の加入者は減り、保険料収入も減る。また、企業負担も減る。厚生年金の財政状況はさらに逼迫する。
 企業の海外移転が加速すれば、雇用者はこれまでの見通しより大幅に減り、保険料収入も大蒲に減る可能性が高い。保険料の高さが企業の海外移転を早め、それが保険料収入を減少させるという悪循環に陥る可能性がある。

(4)公的年金の問題は日航企業年金と同じ
 日本航空の再建に関して、企業年金の削減が最重要課題となった。年金・退職金債務の積立不足は、2009年3月末で3,000億円を超える、とされた。金融機関からの借入などである有利子負債が約8,000億円であることと比較して、これは大変大きい。
 とくに問題なのは、予定していた利回りを実現できないことだ。日航の年金の積立金の給付利回りは、年4.5%とされていた。しかし、これは長期国債利回り(現在1.2%台)と比較して、いかにも高い。日本の低金利は1990年代以降継続している現象だ。日航の企業年金は高度成長期のままで、1990年代以降の経済情勢にはまったく不適合になっていることがわかる。
 
 国が運営する公的年金にも似た問題が存在する。厚生年金は、4.1%の利回りを仮定している。
 もっとも、公的年金は積立方式ではなくて賦課方式で運営されているので、金利の影響よりは人口構造の影響が大きい。
 賦課方式は、ある世代の年金を次の世代が負担する、という一種のねずみ講である。人口が増加する社会では問題がないが、人口が減少する社会では、負担者が受給者より少なくなるため破綻する。日本の現状は、まさにこの状態にある。
 企業と国とでは、年金が破綻するメカニズムに差がある。ただし、順調に成長していいた時代につくった制度を維持できなくなってしまった、という点では同じである。

   *

 以上、『日本を破滅から救うための経済学』第4章「6 非正規雇用の年金難民化がもたらす年金の危機」に拠る。

【参考】野口悠紀雄『日本を破滅から救うための経済学 -再活性化に向けて、いまなすべきこと-』(ダイヤモンド社、2010)
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