語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

【俳句時評】100歳のユーモア ~後藤比奈夫~

2017年04月04日 | 詩歌
 世阿弥は能の奥義を老木(おいき)に花咲かすことだといった。いま俳句で奧千本の花をみせてくれるのは四月に満百歳になる後藤比奈夫。代表句に<東山回して鉾を回しけり>がある。句巾(くはば)は柔軟で広やか。2006年蛇笏賞を受賞した『めんない千鳥』には斬新な現代批評詠まである。
  蟻地獄までもバーチユアルリアリテイ
 現実は仮現実に侵食され、ついにお堂下に巣食う蟻地獄(ありじごく)まで取り込まれる。スノーデンが告発したサイバー空間が地球上の見えない戦争を支配するように。
  抱えられ跨ぐ湯槽や初湯殿
 昨年の句集『白寿』は肉体の衰えを素直にあらわす。初湯は新年の季語。バスタブをじぶんではもう跨(また)げない。若い介護職員に抱えられて浸(つ)かる風呂桶(ふろおけ)は、下五で一挙に御殿のゆたかさに変容する。初湯に合体した「殿」の効果だ。ものと春をなす老艶(ろうえん)の境地といえよう。
  喪に籠もりゐても年賀は述べたかり
 長寿にも嵐はあり昨年愛息を喪った。父の夜半から継承主宰した「諷詠」を譲り四年。だが、俳精神はくじけない。
  あらたまの年ハイにしてシャイにして
 今年の新年詠。ハイは高揚する気分、シャイははにかみ。百歳のかわいさ、めでたさ、おかしみがあふれる。ハイが俳、シャイが謝意の懸詞(かけことば)なら、素顔の恥じらいすらほのみえよう。母音アの開放的な五音が、母音イの歯切れ良い連打へと変わってゆく音楽性は、俳句を「定型音感詩」と心得てきた人ならではの愛誦性に富む。なんともふくよかな上方文化の薫りだ。百歳の俳味にほっこりし、やがてシャンとさせられる。

□恩田侑布子「100歳のユーモア ~俳句時評~」(「日本海新聞」 2017年2月27日)を引用
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