語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

【本】酒席の話題にもってこいの小咄が満載 ~『魔女の1ダース』~

2015年12月27日 | エッセイ
 本書には、「正義と常識に冷や水を浴びせる13章」という副題がつく。
 プロローグによれば、旧ソ連にも『悪魔の辞典』があって、『悪魔と魔女の辞典』がそれ。たとえば、

   希望-絶望を味わうための必需品

   思いやり-弱者に対しては示さず、強者に対して示す恭順の印

のごとく、「まっとうな」世界におけるプラス・イメージの言葉がマイナス・イメージに、マイナス・イメージの言葉がプラス・イメージに逆転する定義が列挙されている。
 本書は、米原万里版『悪魔と魔女の辞典』である。辞典ほど簡潔でないが、その分実例が豊富で詳しい。酒席の話題にもってこいである。
 実例の多くは、ロシア語通訳者としての豊富な体験から拾いだされる。その体験を抽象化すると、相対主義に行きつく。相対主義を徹底すると、一方では辛辣な毒舌に至り、他方ではからりと乾いた笑い、しばしば哄笑に至る。
 ここでは、哄笑までいたらない、どちらかというとしのび笑いの例を紹介をしておく。

 ベトナム民族歌舞団が来日したときのこと。招聘元の興行会社から派遣された20代のS君、妙齢にしてとびきりの美女30人に毎日随行してウキウキ。そのうち身ぶり手ぶりに飽きたらなくなって、同行の通訳氏からベトナム語をおそわり、片言の会話をかわすようになった。
 ベトナム語には類冠詞というものがあって、たとえば樹木をあらわす名詞にはその手前に必ず樹木をあらわす冠詞「カイ」をつける。柳リュウには「カイ・リュウ」のように。
 ところで、雀はセエ、鶯はワイン、鳩はポコ、鳥類の冠詞は「チム」である。
 ふむふむ、とうなずきながらS君は健気にメモをとった。
 京都を訪れた歌舞団一行は、休演日に市内観光をした。季節は光ざわめき緑ささやく麗しき5月。ちょうど平安神宮の広場に到着したアオザイの色も華やかな集団をめがけて鳩が舞い降りてきた。S君、ここぞとばかり走り寄って叫んだ。「チム・ポコ、チム・ポコ」
 美女たち、嬉しそうに応じて歓声をあげ、唱和するのであった。「チム・ポコ、チム・ポコ、チム・ポコ・・・・」

 シモネタはいかなる言語においても豊富で、しかも短い(音節数が少ない)。よって、異なる言語間において音韻的一致や類似がたまたま生じる確率が高い、うんぬんと著者はマジメに考察するのである。
 単行本は1996年読売新聞社刊。講談社エッセイ賞受賞作品。

□米原万里『魔女の1ダース -正義と常識に冷や水を浴びせる13章-』(新潮文庫、2000)
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