語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

【本】晴れゆく空 ~谷口ジローの異界~

2013年08月08日 | 小説・戯曲
   

 (1)7月3日0時51分、府中矢川通りにて、交通事故(ワゴン車vs.二輪車)。
 加害者:久保田和広(42歳、会社員)、被害者:小野寺卓也(17歳、高校生)。

 (2)久保田和広、7月13日深夜、意識不明のまま逝去。

 (3)小野寺卓也、同日同時刻、脳波復活(微弱)、脳幹反射復活(僅少)、脳圧低下。
 7月15日、脳波回復途上(微弱)、脳圧数値安定。
 7月21日、自発的呼吸回復。
 7月22日、経過良好(脳波・脳圧・脈拍)。
 7月25日、覚醒。ただし、覚醒したのは久保田和広の意識であった(和広の意識を以後Kと略記)。小野寺卓也の身体の中に。

 (4)7月28日、Kは事故直前を回想。納品の途中だったか。会社は人手不足、製品の生産が遅れて、残業の毎日だった。ほぼ毎日12時間労働。疲れた、もう限界だった。そして、対向車の二輪車と接触。
 Kは、卓也を見舞う家族や医者に、自分は久保田和広だ、と伝える。
 両親は医師と相談する。
 医師は、脳の障害や外傷によるものとは思われない、おそらく自伝的記憶の喪失は一時的なものだろう、という。いわく、CT検査結果は問題ないし、脳圧・脳波は正常だし、脳幹の隙間も広がってきているのだから、身体のリハビリを兼ねて、あせらず、ゆっくり治療していきましょう、云々。

 (5)8月1日、病院内を車いすで移動中、鏡に映った自分の姿を見て、Kは衝撃を受ける。
 「これはおれじゃない。どうなってるんだ」
 その数日後Kは、医師と母親の会話を盗み聞き、久保田和広が死亡したことを知る。
 
 (6)あと10日間くらいで退院可能、と医師から告げられた日、沖田華織が見舞った。カオリは卓也と、近所の幼なじみで、小学校から高等学校までずっと同級生だった。当然ながら、Kは彼女を知らない。

 (7)9月2日、退院。一家で祝う中、Kは、父親(ダイニチ建設設計企画部長)の言葉のふしぶしに複雑な事情を垣間見た。後に、入院中親身に介護した母親は生さぬ仲であったことを知る。そのことに卓也がこだわりを感じ、父親や継母が心配していたことも。
 その夜の夢に二輪が登場し、少しずつ卓也の意識が目覚め始めた。
 翌3日、学校を早退して見舞ったカオリを付き添いとして、久保田和広宅を訪問。愛犬マルは、まるでそこに肉体を持つKがいるかのようにKに飛びついてきた。マルを追ってきた一子・智美もたちまちKを認めた。だが、当然ながら、妻・美智子は信じかねた。
 誰が見ても小野寺卓也でしかない身体の中にいるK(久保田和広の意識)のことを、どう美智子に伝えればよいのか。

 (8)(1)~(7)まで、まだ本書の3分の1にも達していない。しかも、細部を端折りに端折った上でのことだ。
 この1巻の漫画、意外と奥行きが深いのである。

 (9)(7)の後、久保田和広の、彼を踏みつけにした会社には知られていない(会社が知る必要のない)和広の行動が、その家族に明らかにされ、彼の妻子にとって経済的に比較的安定した将来が約束される。
 Kが小野寺卓也にその身体を返す日が、近づいてきた。
 9月4日は、とても長い1日になった。Kが借りている身体を卓也と和広が入れ替わり立ち替わりする中、Kは妻子と再会し、別れを告げる。この日もカオリが立ち会ってくれた。そして、卓也の意識が回復した。卓也の身体の中で、Kはだんだんと存在感を薄めていった)。
 それから3日間、Kは卓也の中で生きていた。そして旅立った。
 9月7日10時57分、卓也の二輪車が宙を飛び、空に一条の軌跡が走った。
 「おれは生まれ変わって生き返った」

□谷口ジロー『晴れゆく空』(集英社文庫、2009)
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